ENo.760 イシュトロット

　外は東の空が明るくなり始めた頃合で、空気はキンと冷えていた。

「ア......隊長！」

　厩舎へ周ろうとしていたところを、男に耳馴染みの声が呼び止める。

「なんでェ、ミリア。こんな時間に？」

　隊に来て割と長く、古参と呼んで差し支えない女騎士。年は二十四だったか。
　ここの兵舎は設備が最悪とかで、彼女らは使用人の部屋へ行っていたのだと思い出す。

　旅支度済みの男のほうがどう見ても怪しいと、
　普段なら入っただろう、彼女の鋭い突っ込みはなく。
　憂いを帯びた遠くを見るような表情で、

「先ほどのハルバウト卿とのお話、聞いてしまいました...」
「......そう、か」

　風が彼女の栗色の髪を、ゆらりと揺らした。

　ミリアは僅かに気怖じしていたが、この場にいない者たちを
　納得させる理由を自分が聞き出さねばならない、と思っていた。

「勝手なことしちまって、すまねェな」

　目の前の上司は空を仰いだ。まだ星が見えるはずだ。

　この男はいつもこうだ。
　後先考えず事を起こして、人の気持ちなどまるで考えない。

「俺は居なくなるが、首都に帰るまでハルバウト卿と行動すんだぜ。
　形は解隊だけどよ... お前ェのチームは直接雇ってくれるって話ンなってる」

　しかし身分の違いで接する態度を変えることもなく、
　自分たちのことを家族だとも言ってくれた。

　それが、何故？

「...なんで謝るんです！？」

　思わず口をついて出た言葉に、彼女自身も驚いた。
　が、一度噴出た感情を抑えることは出来ず、

「自分勝手な人が、あっさり謝るだなんて、卑怯です！
　例え命令があったって、したくない事はしない人じゃありませんか！
　大事なことを成し遂げたんでしょうッ？私たち......隊より大事な...！
　それなのに謝るだなんて、本当にッ......」

　まくし立ては、様々な感情が胸を詰まらせたことで終わった。
　涙が出そうになり、思わず顔を伏せる。
　これでは何も聞き出せないではないか。しかし、言葉が纏まらない。

　男が自嘲するように微笑んだ気配がして、

「！？？」
「あァ。そーだな......解ってる」

　抱き寄せられた。
　と思ったら、頭をポンポン撫でられた。

「.........」

　子供扱いされているようだ。顔が赤くなるのを自覚するミリア。

「まァ何だ。お前たちは卿......親父を、守ってやってくれねェかな」
「...！」

　武人らしく無愛想だが、国一番の槍の使い手。
　そのハルバウトを守れとは？

「おっと、ボヤボヤしてっと夜が明けっちまう」

　その声に顔を上げると、男は見下ろしており、間近でご対面。

「うわやゃゃやっ！？」
「はっは、今の面白かったぞ」

　ミリアはすごい勢いで後ずさっていた。

「...わ、わかりましっ、た...」
「おうよ」

　まったく、最後までこの調子とは...。
　ミリアは深い溜息をつかずにはいられなかった。

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「えっほ、えっほ」

なんか砂地を走ってるのが一人。

「山から街まで、走るって、決めたけど、っほ、きちィな、こりゃ...」

それも山越えからここまで休みなし。
お察しの通り、自慢なのは体力ばかりで、頭の中は残念である。

「お？ようやく見...」

「...うォっと！？っと、と」

砂の丘を超え、街らしき影を発見した矢先、
何かに蹴躓いた。

「何だァ？ ......」

緑色の人型生物らしきものが、うつ伏せに倒れていた。
蹴られて起きないのだから、とりあえず寝ているわけではないだろう。

「オーイ、生きてるかー？」

普通に考えれば意識がないか、既に生き物ではないか。
どちらにしても、見つけてしまったからには介抱するか埋めてやらねば。
そこは元騎士、弁えている。尤もこの世界では、不必要なものであろうが。

汗を袖口で拭いつつ、やれやれといった調子で近づいて...

「アーッハッハ！引っかかったわね、今よ！」

離れた地点の砂の下から、がばあっと少女が現れた。
緑髪で年は十四程、三白眼がちな金色の瞳。
被ったフードから生えた触覚が張りなく足れているのは、待機姿勢によるものか。

「？」

ロットが怪訝そうに少女を認めると、
足元で倒れていた緑色の人型生物？が、むっくりと起き上がり...
土下座した。

「申し訳ありません、主！
　やはり、善意に漬け込んだこのような方法は...！」
「あ、あんた！またあたしに逆らおうっての！？チャンスだったのにっ」

緑の人物が上体を起こし、その虫っぽい顔を、
全身から不満オーラを出している『主』と呼んだ少女へ向けた。

「同意のない戦い... まして不意打ちなど、弱い人間がすることですよ！」
「うっぐ...」

怒鳴ったというより、言い聞かせるような叱咤。
少女は言葉に詰まり、わなわなと拳を震わせていたが、ガクッと肩を落とした。

「ったく、なんで召喚物に説教されなきゃなんないの...。
　後で触覚引っこ抜いてケツにぶっ刺すわ、二本とも」
「」

正座のままロットへ向き直る、虫顔の人。

「そして、申し訳ありません、通りすがりの方。
　街の外ではこうして、誰彼構わず喧嘩を売るような真似をしています。
　このような立場でお願いするのも恐縮ですが...」

頭を下げる。

「ここは一つ、見逃してくれませんかッ？」
「ええっ！？ちょっと、なに余計なこと...」

「あー、いいよ」

「！」

緑の人物が心なし明るい顔を上げ(表情は判らないが、そんな雰囲気)、
少女のほうはフードを目深に被り、そっぽを向いてしまった。

「か、かたじけなく思います！では、我々は立ち去...」

「あァ？いやいや」

落ち着いた調子で制する。

「デュエルしてェんだろ、構わねェっつってンだ」

「......は？」

少女が一転、ぱっと明るくなる。

「おっさん！今言ったこと、取り消しはなしだからね！」

最初に見せた、勝ち誇ったような笑みを取り戻し、ふんぞり返っている。

「え？」

未だ困惑している従者、もとい虫顔の人。

「何不思議がってンだ？
　お前ェの言い分じゃ、同意があってよーいドンなら、問題ねェんだろい」

こちらは長距離走の後だということを、忘れているかのように。
てか目の前のデュエルにリソース持って行かれて、忘却の彼方だよ！
体調『やばい』んだけど、いいのかねえ。