ENo.757 パン製造機械と少女

『文化比較祭』(前)
※今回の日記には
ENo.66 マリナ＝ルイーズ＝スペクトラさん
ENo.458 ジェイ・ジークムーアさん
ENo.2121 カラット・カラットさん
をお借りしております。感謝！『ツァオベラー・フェスト参加中！』

焦りは焦りを呼ぶ
焦りで人は悩む

じりじりとした焦燥の中、フィルンは賑やかな校内を一人あても無く歩いていた
辺りは祭り特有の熱気に溢れており、呼び込みの声、イベントを告げる校内放送、浮ついた様子の学外の参加者、そういった明るくも騒々しい様々なものでごった返していた

ここは魔法学校『カメーリエ』分校
そして今は「文化比較祭ツァオベラー・フェスト」。日も僅かに傾きだし、一日目もそろそろ終わりにかかろうというそんな頃合いだった

「あぁ、しまったなぁ。何にもしてないで今日になっちゃったよ…」

唇に爪を当て今にも舌打ちをしそうな様子で、多様な催し物を横目でチラチラと見ながらうろついている
左手には何度もめくられたであろう端の曲がったパンフレットを持ち、足早に歩くが何処かに入るわけでもなく、ただ色んな所をさっと見ているだけだった

普段は割と鷹揚に見えることの多いフィルンでも、焦りに眉をしかめることがあるというのはある意味新鮮な光景であった
彼女の焦りのワケがとても情けないものであったのも、眉の山がより高くなっている理由であるのだろう

「祭りの出し物の申請に締め切りがあったなんて思わなかったなぁ」

無いはずは無いのだが、そこに思いが届かないあたりはフィルンがフィルンたる所以であろう
いずれにしても、事ここ今に至っては出来る事など何も無く、ただ指を咥えて周りを眺めているしか無いのであった
せっかくなら何か楽しんでいけばいいものだが、一人では水も飲めず魔法のことも無知極まりないパンのゴーレム一体では何かをすることもできないのであった

「…はぁ。こうしてても仕方ないか…。アトリエにでも行ってびしゅむぅに慰めてもらおうかなぁ。明日の夜は、フィ…じゃないリンディさんとの食事もあるし」

そうしてトボトボと正門へと足を向ける
声を掛けられたのはそんな時だった

「あら、あなた暇なのかしら」

たまたま、だとは思うが周囲にはちょうど人がおらず、自然フィルンは自分が呼び止められたのだと気付くことができた。声はまだ若い女性のもので、振り返ると確かにこちらに向かって話しかけてきているようだった

「はい？えぇまぁ、暇といえば暇ですけど、どうかしましたか？」
「ちょっと手伝って欲しいことがあるの、いいかしら」

いいも悪いもない誘いだったが、悪い人には見えなかったのでフィルンは話を聞くことにした
女性はカラット商会のカラット・カラットと名乗った。商会名と同じ名前だということに軽く驚きながらフィルンも自己紹介をする
名乗り方はいつもどおり「パン製造機械のフィルンです」だ
相手の顔に余計なハテナを作りやすい自己紹介だったが、今日の相手はそういったことにはさほど興味がないようで、話しをさっくりと進めていく

「ジュースバーの手伝い、ですか？文化比較祭の？」
「えぇ、急に人手が足りなくなりましたので手伝ってくれる人を探していますわ」

話しによると、カラットはジェイという男性と一緒に２層体育施設内・一階屋内施設の一角で『Miniature Garden』というジュースバーをやっているとのことだった
普段は街でバーを営むジェイの学園用喫茶ver.ということらしい。ジュースバーの客の入りはほどほどで、それほど忙しいという事も無いらしかった

しかし、困ったことにその当人であるはずのジェイが明日バーを開けなければならないという。そこでカラットは急遽代わりになる人を探している、とのことだった

「まぁ、うちの使用人達にやってもらうことが出来ればよかったのですけど、生憎誰も都合がつきませんでしたしね」
「ん？　誰かいらっしゃるんですか？」
「いえ、こちらの話ですわ」

何か思う所はあるらしいが、とにもかくにも手伝いが欲しい、ということに変わりはないようだ。聞けばやることもホールの手伝い程度で大したことはなく、パンの話をしたらパンを売っても別に構わない、とのことだった

「それならこちらこそ是非お願いいたします。ちょうど何か出来ないかと思っていたところだったので助かりました」
「あら、そうだったの？　じゃぁ、お願いいたしますわ」
「えぇ、祭りの一助になるようにやれるだけやってみますね」

―　○　―

翌日

開店前のジュースバーのカウンターでは、フィルンがジェイから道具の操作方法等を一通り聞いているところだった

「…という感じだ。機械の使い方の説明はこれだけかな。レシピはそれぞれ付箋でメモにさせておいてもらったから都度見てもらえればわかるとは思う、大丈夫かな？」
「えぇ、大丈夫そうです。私の所のミキサーと似たようなものですね」
「それはよかった。こちらの都合で迷惑をかけてすまないが宜しく頼むよ」

ジェイという男性は年の頃40前後ぐらいだろうか、渋く年を取ったという感じでオジサン好きには堪らないハードボイルドな雰囲気を漂わせる壮年だった
突然カラットが連れてきた初対面のフィルンにも、最初驚きはしたものの丁寧に対応してくれていた

「一応、最初の方は少しはいるつもりだから、その間に気づいたことがあったら何でも質問してくれ」
「大丈夫ですわ。昨日も閑散としていましたしこの程度は私達だけで問題ありませんわ」

なんとなくケンのある様な言い方で、カラットがジェイの言葉に反応する
ジェイが説明している間、カラットは机に布を引き直したり、看板を立てたりとちゃくちゃくと準備を進めていた
今の言葉も二人の方を振り返って、ではなく、机の方を向きながらのものだった
そんなカラットの様子にジェイが申し訳なさそうに頬を掻いて謝る

「そんなに機嫌を損ねないでくれ、カラット嬢は分かっていると思うがマリナ嬢のたっての頼みだ、無下に断ることもできんよ」
「えぇ、わかっていますわ。でも頬が、にやけてますわよ」
「うぉっ！？　やっ、そんなことは…っ」
「冗談ですわ。マリナのこと宜しくお願いしますね」

なんだかにやけてしまいそうなテンポのいいやり取りをしている
フィルンは今出た人の名前に少しひっかかりつつも、さらっとひやかしてみる

「もてる男は大変ですねぇ。デートだったんですね」
「…うっ、すまないな。手伝ってくれて感謝してるよ」
「いえ、私は構いませんけど」

そんなこんなでパタパタと準備を終え、開店15分前といったところで待ち人がやってきたようだ

「Bonjour。今日はありがとう、宜しくね」

そこにいたのはフィルンのパーティメンバーであるはずのマリナ、マリナ＝ルイーズ＝スペクトラその人であった。思わずフィルンが目を丸くする

「マリナ？　どうしたのこんなところで、ってあれ、ジェイさんのデート相手ってもしかしてマリナなの？」
「デート相手…って、ちょっと一緒に見て回ってもらうだけのつもりだよ」

見た所マリナに浮ついた様子は無い。きっと本当に他意はないのであろう。これでスカートなど履いてきていたりしたら怪しさ抜群だったのだが、残念ながらいつものパンツスーツのままだった
まぁ、それでも後で他のPMとの話のネタにはなりそうかな、などと仲間に話した時の様子を想像してクスリと笑みを浮かべるフィルン
そんなフィルンを横目にしつつ、マリナは中に入り他の二人と何事か話した後、客の振りというわけではないだろうがカウンターに腰を下ろし店内の様子を見渡している

「それにしてもフィルンが手伝ってたとは驚いたよ。昨日からやってたの？」
「あぁ、ううん。昨日はお祭りぶらぶらしてただけかなぁ。そこのカラットさんに昨日呼び止められてさ、やることになったんだ」
「そうだったのか。ほんとは私の方もこれに手伝ってもらえないかお願いしようと思ってたんだ。大事な人手を借りてしまうのは悪いなとは思っていたんだ」

丸椅子をくるりと回してマリナが振り返り、グラスに注がれた炭酸に口をつける（お金はちゃんと払ったようだ）

「あ、マリナが聞いてきた今日の予定ってこれのことだったんだね」
「Oui。暇ならお願いしようと思ってたんだけどね。とりあえず良かったよ」

昨晩あった小さなやり取りをお互い思い出しながら話をする
そんなやり取りをしつつちょうど会話が途切れた所に、天井や校庭の方角から賑やかな音楽が一斉に響き渡る

ツァオベラー・フェスト二日目開催の合図だった

「さて、こっちはいつでも準備万端ですけど、お客が来るのは少ししてからかしらね」
「うむ。ここにお客が入りだすのは、ある程度他に客がいってからだろうな」
「あれ、でも私の所はメイド喫茶やっていたけど、初めから結構忙しかったよ？」
「他に楽しめる要素があれば別ではないかな。ここはどちらかといえば休憩してもらうのを目的にもしているからな」

スタッフと客もどきが早速だべっているが、それでも特に問題はなさそうだ
３人が話している通り、前を素通りする参加者はいても中に入ってくる人はまだいなさそうだった
やはり他の催し物を見るのが優先されているようだ

それでも、３、４０分もすると足を止め、普段口にすることのないジュースの看板に引かれて入ってくる客がちらほらと来るようになってきた

「いらっしゃいませーっ。こちらがメニューになります。…えぇ、はい。はい。カラットさーん。『味噌煮込みグァバジュース』一つお願いしまーす！」
「ありませんわよそんなもの！ちゃんと注文取ってくれるかしら？」
「はっ、つい癖で。えーと『フレッシュブラッドグァバジュース』ですね。お願いします」
「はいはい」
「…よろしく頼むよ？お二方…？」

カラットが軽く溜息をついてトマトとグァバとその他をレシピ通り機械に放り込んでジュースを作る。フィルンはそれをトレイで受け、客の元へと持っていく。渡すときには何故かパンがセットになっていたが、それは気づかなくてもいい小さなことであった

しばらくジェイも店のことをやっていたが、ある程度しても落ち着いたままなのを確認すると、カウンターから出て出発の支度を始める

「これなら大丈夫そうかな。客の入りも昨日とはそう変わらないようだから我々はそろそろ行くことにするよ」
「あ、はい。じゃぁ、楽しんでらしてきてください。後はやっておきますので」
「いってらっしゃい。片付けは手伝ってくれるのよね？」
「あぁ。ライブが終わったら戻ってくるつもりだから、十分間に合うはずだ」

マリナも立ち上がり店の外へと向かう

「Je suis desole。じゃぁ、ジェイを少し借りていくよ。フィルン、また後でね」
「カラット嬢。フィルン嬢。後は宜しく頼む。ではまた後で」

（続く）