ENo.744 クトネ・シリカ・虎杖丸

虎杖丸珍道中

Episode ”Itadorimaru”

暗転する世界

流転する記憶

混沌と一体化する意識

夢幻―――それとも現（うつつ）――――？

「んっ……んん……夢……であるか？」

虎杖丸は目を覚ました。
とはいえ此処は何も無い、ただの空虚。
無限に続く闇、深淵など無い。
ただ在るのは暗い、暗い、闇――――――

「夢を見るのは――何時ぶりであったか。」

そもそも自分がどれぐらいの間此処に居るのかも判らないが。

「――某もまだ夢を見れたのであるな。」

己は剣。
己は盾。
己は狩人。
己は守人。
唯の道具に意思が宿っただけのちっぽけな存在。
そんな自分が夢を見たというのか。

「……愉しそうであったな。多分。」

夢の内容は覚えていないが。
だが胸に残る滾りは感じている。

「――――某が封印されている間、外界はどうなっているのであるか」

何百年も前に封印され、目覚めても闇、そして再びすぐ眠りにつく連鎖。
外界の事などとっくの昔に気にすることは無かった。
――のだが、夢のせいか。
外界に再び思いを馳せた。
あの方が、護った世界は、まだ在るのだろうか？
神の鎧は今も天にあるのだろうか？
黄金のラッコは何処へ行ったのだろうか？

「――某には、永遠に識る事はできないだろうが――」

想像するだけなら――いくらでもできる。

「リワクカムイ・ネ、リワクピト・ネ……」

ぼそりと、呟く。
主と共に旅に出た時を思い出す。
主と友になった事を思い出す。
主と朋として戦った事を思い出す。
主と供に―――

「フッ――止めよう。某にはもう―――」

闇から己が出る術は無い。
此処はただの闇ではない。
己の力を恐れた人々が封印を施した処。
ポンヤウンペ亡き後に生み出されし暗黒。
己に宿る神々ならば、封印は解けるだろうが―――

「――とはいえ――某のような抜け殻に彼の者らが応えてくれようか―――」

白狐のウパシチロンノップカムイは口煩かったが未熟な英雄と己を導いてくれた。
銀狼のレタル・セタ・カムイはお調子ものであったが、その心配りと弓の腕には助けられた。
雷神の夫婦らは――終ぞ名を教えてはくれなかったが、主を厚く護り、有事の際には手を差し伸べてくれた2人には感謝しきれない。
彼らいたからこそ、主との冒険は上手く――――

「……止めだ。何故今更某はこんな過去のことを――」

虎杖丸は膝を抱えて目をつぶった。
闇が深くなる。
何も無い。
何も在りはしない。
時間が止まる。
鼓動が止まる。
ゆっくりと視界が止まる。
思考が止まる。
緩緩と、沈む――静む――底の無い黒曜の海へと――
さあ、再び眠ろう。
次眼が醒めるのは、何時だろうか――――ピシッ

「―――？」

音が聞こえ―ピシッ―た。
在り―ピシッ―得ない事の筈だが、今はっきり――ピシッ――と音が耳に届いた。

「な、何がおきているのであるか――？！」

虎杖丸はあわ――ピギッッ――てた。
とうとう狂って―――グギッッ――しまったのだ―バヂッ―ろうか。

そして、光が、見えた。
深海の底から観える太陽のような、輝かしく、皓い＆#30365;りが――

「―――」

虎杖丸は眼を細めながら、その光に腕を伸ばした。
何が在るかは判らない。
若しかしたらその先はこの永遠を終わらせる毒かもしれない。
だが――夢を見てしまったこのツルギは、その光があまりにも暖かくて――――――

「にゃ？なんじゃこのふるぼけた剣は？」
「……剣にしては随分小さい」
「とはいえ我が持ち上げれるものでも無いがのう」
「フッ……母上、この程度持ち上げれなくては英雄《ヒロイックソート》には成れないぞ」
「いや、我は成りたくは無いのじゃが」
「どないやー？」
「つんつん……こんな辺鄙なところにあったにしては随分小奇麗じゃな？」
「クッ、真坂……」
「知ってるのか雷電！」
「……間違いなくこれは神剣、しかも英雄に成るべく俺を待っていたに違いない！これこそが運命《デスティニードロー》！！」
「何か色々間違ってると思うのじゃが……ならおぬしが持ってみるかえ？」
「フッ、そもそもこれを持ち上げれるのは俺ぐらいしか居ないだろう重くてもてません母上どうしよう」
「だめじゃこいつ」
「……ダメ弟」
「あきまへんやー」

虎杖丸が外に出て聞こえたのは和気藹々とした数人の声。
どうやら彼らが封印を解いてくれたらしい。
どうやって解いたのかは知らないが、つまり彼らが新しい主となるのかもしれない。
虎杖丸は外界の澄んだ空気に触れつつ、思った。
嗚呼、世界は――まだ美しいままだ。
ならば、己のすべき事は唯一つ。

「某の名はクトネ・シリカ・虎杖丸！！汝らの名はなんであるか！」

―――――ハッ。

「クトネ！！目が覚めた……！？」
「…………ぺしぺし」
「おっ……？そ、某は……」

なにやら懐かしいものを見ていた気がする。
だが思い出せない。

「樫の木の化け物の群れにやられたんだよ」
「……じゅーす……」
「あ、嗚呼……そうであったな……」

まだ朦朧とする頭をしっかりさせながらクトネは立った。

「大丈夫……？」
「……もっもっもっ」
「うむ、心配御無用である。……イロコイもソリーリャも無事で何よりであるな。」

クトネは2人の頭を撫でた。

「えっ、あぅ……」
「……蒲焼……たべるー？」
「はっはっは、体力回復の為に頂くとするのである！……セシリア殿らは無事であるか？」
「あっちで休んでる――はぅ」

見れば、セシリア、小霧、アノーサの三人もボロボロのようだ。
どうやらお互い相手が悪かったようだ。

（……敵がどんどん強くなってきてるのである。このままだと……また二の舞であるな）

クトネは2人を撫でるのを止めずに思慮に耽った。
街に向かい、補給をし、訓練をしなくてはならない。
己らには目的があり、ここで挫折するわけにはいかないのだ。
クトネは天を仰ぎ見た。

（……今は亡き主よ。某を見守っていてくれなのである……）

雲は唯流れるだけ。
だが、その雲が一瞬柔らかな笑みを向けたように見えたのは、クトネの錯覚だろうか？
彼女らの旅は――まだ始まったばかりだ。

貴方は何も無い場所で　どれだけ居続けれますか

空虚に包まれて　闇に包まれて

……そのような経験が無いので答えようが無い　のが正解とも言える

はてさて　敗北した虎杖丸一行

無事に街へとたどり着けるのでしょうか？

次回　『虎杖丸珍道中』　お楽しみに――

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