ENo.701 男

書いてたら締め切られた前回分の日記。
文字数超過の為、いくつかのセクションを省略。
http://sicxlives.jugem.jp/?eid=1#sequel（省略分）

【届くアテのない手紙――我が友Ｘ君に宛てた】
（省略）

【躍動の世界セルフォリーフ】
　……さて、私の方は一向に変わりない。忌々しいことに、“変わりない”のだ――あの世界を離れても。
　この私が今居る“世界”は、人々に『セルフォリーフ』と言われている、緑豊かな美しい世界だ。
見た目はね。
　結論から言えば、今私がいる場所は、我々が期待していた理想郷であるとか超宇宙であるなどという事では決してなかった。
もちろん、我々の世界の常識が通用しないところは当然ある。
だが、動物は草や肉を食わねば生きていけず、植物もまた土や水が無ければ生きていけない……その根っこの部分は、何も変わっていない。
　わかるね。重力があり、喜びがあり、悲しみがあり、ヒトがあるのだ。我々の世界と何も違わない（侮辱だ、この世界もやはり侮辱に溢れている）。
　ただ唯一興味深いことは、魔法（そう、魔法だ――わかるね？炎の玉を指先から出したり、空を飛んだり。そういった類のシロモノのことだ）が存在する世界であるということだ。
私の現在の協力者二人は『魔法使い』であるし、私自身もこの世界を訪れてからはそのような力を操れるようになった。（驚くかね？いや、君は驚くまい）
　しかしね、まあこれも大した話ではないよ。魔法のある世界といっても、
そんなのは放射能に汚され見捨てられた惨めな土地に生まれるか、新首都の喧騒と欲望の中に生まれるかだ。
その程度の違いでしかない。
　おそらく、この世界の住民をとっ捕まえて我々の世界へ送れば、携帯音楽プレイヤーを見て驚くだろう。
そう、驚くだろう――アプローチの仕方が異なっていることにね。その行き着く先ではなく（それは、暗黒として同じだ）。
　結局、この世界もエントロピアの内側にある。我々はこの枷から、そう簡単には逃れられないということだ。

【“分割世界”について】
（省略）

【セルフォリーフの“異変”】
（省略）　

【“分割世界”について――その二】
　「分割世界は二つだけではない」と私は言った。「分割世界は一つの台の上にある」とも私は言った。
それぞれの分割世界のどこかに、私たちが望む理想郷があるかもしれない――……君はそう思うかね？
いや、思わないだろう。全ての世界は“本質として同じ”だからだ。
“本質として同じ”なのだ。変わらない。
当たり前だな。エントロピアという“台”は全ての世界に共通なのだから。
　以下にそれぞれの分割世界の特色を記すが、これを読めば“分割世界”の特色なぞ、
オセアニアかアフリカか程度の違いでしかない事がわかるだろう。

（以下、セルフォリーフ以外の分割世界について、男が知る情報をまとめたものが書き連ねてある……）

【否定の世界アンジニティ】
　……さて。わかったと思うが、このようにその他の分割世界もまた、エントロピアの枷から離れてはいられぬもので、我々の目的に何ら与するものが無いように思える（それとも、学者の君とってはどこか興味深い世界があったかね？）。
　……しかし一つ、私の関心を引く分割世界があるのだ――それはセルフォリーフと隣り合って存在する『“否定の世界”アンジニティ』だ。
アンジニティは他のどの異世界に比べても極端なまでに閉ざされた世界で、情報は非常に少ない。
だが、聞こえてくる情報の中から受け取れる特色はたいへん面白い。
『各分割世界において、”罪を犯したものたち”が送られる流刑地としての世界』――……

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【森を往く男――ある三下の語りで】

「流刑地としての世界――それがアンジニティなのだ」
　……ハゲの男は自分をヨハネと名乗った。ご大層な名前だ。どう見ても日本人のクセによ。
同行してた女二人とはいったん別れ、いま俺と奴はオルゼへと至る森林地帯を歩いてる。
　獣道とすら呼べねぇ、気色悪い原色のキノコや空を葉で九割覆う木々たちのある森の中を、ブツブツと独りごとを言いながら奴は早足で歩いてく。
「アンジニティは罪人が集まる世界だ」
……ブツブツと独りごとをいいながら。気持ち悪い奴、と俺は思うね。

「ここで浮かぶ当然の興味は、“罪”とはなにか、という事だ」
　草が行く手を阻んでも、ヨハネは足を止めることなく刀で道を切り開いて、進んでく。
　俺はその後をドでかい電子キーボードを入れた袋を背負って続く。
　この荷物はヨハネのものだ。コキつかいやがるクソハゲだ。
「人殺し、略奪、強姦……罪とは、そのようなもののことか？」
　ぶうんぶうんと低い羽音が聞こえたと思ったら、俺の頬に20cmくらいのでかい蚊が止まった。
それを素早くぐしゃり握りつぶすと、大量の血が指に付いて、俺は「うぉお！」とでかい声をあげてしまった。
　……が、前を行く男はこの俺の声なんざ気にもしない。
「……そうではあるまい。社会における罪はその社会が裁く。禁固、懲役、死刑。どの世界も変わるまい。社会が無ければそのような罪は存在しない」
　ヨハネは俺のほうをちらりとも見ずに独り言を続け、暗い森を進んでゆく。
「社会にとって不都合な者を社会は裁く。では“流刑”に処される罪人は誰に――むッッ！」
　瞬間、木の上から巨大な猫のような動物が爪を立ててヨハネに襲い掛かった。
　ヨハネはそれを察知すると、刀を振り上げて正確に猫の首を刺し、無慈悲に裂いた。鮮血が迸る。
　ペッ、と奴は口に入った血を吐き、浴びた返り血をぬぐうと死体を顧りみずに再び歩き始めた。
「……誰に裁かれるか？決まっている――世界だ。世界にとって不都合な者を世界が裁くのだ」
　俺は猫の死体を避けるようにしてヨハネに続く。
か細くニャアと鳴く声。上を見れば心細げな瞳が二つ、木の葉の間にわずかに光っていた。
ヨハネは気が付いているのだろうか。奴は布で刀を拭っていた。
「世界自身、あるいは世界を管理する者――支配者と呼ぼう――が定めたルールに違反した者が、アンジニティには集まっている――そういう事になると思わないかね、エドゾーくん」不意に振りかえって奴はいう。
「そうーッスね」俺はよくわからないままそう頷いた。なんの話してたんだっけ、コイツ？
　しかしヨハネは　頷いてまた歩きを続けた――と思ったら、不意に立ち止まった。
「……どうしたんスか、ヨハネさん？」
　奴は答えない。
「世界のルール――Law――法則に反する……それはまさしく、私たちの目的だ」
　気付けば、何時の間にか森は終わりに近づいていたようで、木々の隙間から漏れる光の量は多くなってきていた。

「ここでひとつセルフォリーフの場合を鑑みてみたまえ。“災害”“異変”“問題”。それは何者か――それは人間でなくてもいい――が、この世界の法則に抗おうとしているというあらわれではないか」
「それは分割世界の一つであるセルフォリーフに抵抗する事で、分割世界の総合としてのエントロピアを出し抜くという我々の目的に比べれば瑣末かもしれない」
「だが、その何者かは間違いなく、我々よりもずっと“抗い方”を知っている――アンジニティにいる罪人たちもだ！」
「接触する必要がある！いや、それだけではない！大いに協力すべきではないか！“抵抗者”の目的は超越や突破そのものでは無くとも、その礎と成り得る！」
「そして“旅行者”は、“抵抗者”の敵だ！彼らはセルフォリーフを救援しようと――つまり保全しようとしている！世界のルールの中に甘んじようとする者たちだ！」

「（うるせぇなコイツ……）」
　耳クソをほじりながら見ていると、ヨハネは再び歩き始めた。
　暗い緑の世界の終わりに目の前をふさぐ藪を三太刀で切り開き、そしてヨハネと俺は葉の天井を覆い茂る森から、日の光の照る草地へと抜けた。
　森の暗さに慣れた眼が、一瞬、眩む。
「“彼”の邪魔をしようとする者たち――それは私の邪魔をする者に同様だ！私はそれを捻じ伏せねばならない！」奴はまだ何ごとかを言っている。
　もう少し歩けばオルゼの街だ。
　そこには人も多く居るだろうし、もしこいつがそこでも喋り続けていたら恥ずかしいな、と俺は思った。
「……もちろん可能であれば啓蒙すべきだ――我々の目的に共鳴する者があるならば。世界律に従い生命すること、つまり他の否定によって為される肯定に罪を感じる者があるならば」
　オルゼへと近づくにつれて、薄く人影が見えた。
　先に向かっていたゆうことフィネだ。手を振っている。俺も手をあげた。ヨハネは気付いているのかいないのか、まだ喋り続けている。
「一つには、この世界から戻る方法を見つけ、我々の世界に居る同志に伝えること。一つには、“抵抗者”と接触すること」
「一つには、“抵抗者”の目的を助けること――それは人狩りによってなす事ができるだろう」
「一つにはやはり、啓蒙によって同志を作ること」
「そして一つには、アンジニティにいる罪人、いや、彼らも“抵抗者”だ――彼らと接触するために、セルフォリーフとアンジニティの間に一つの“扉”を作る事」
「それが重要である理由は二つある。アンジニティはまさしく“抵抗者”の集う世界であり、多くの同志を募れると思われるから、ということと」
「“閉じた世界”であるアンジニティは分割世界の総合たるエントロピアによって作られた。それを“開く”ことは、一つの分割世界への抵抗に終わるものではなく、エントロピア全体に対する“抵抗”だからだ！」

「……そこに我々の道がある。分かったかね、エドゾーくん？」
　え？なに？俺に話しかけてたの？
「あー、すんません、よくわからなかったっス」
「そうかね？ならもう一度話そうか」
「いや、もうフィネさんとゆうこさんと合流しますし、今度にしません？」
「ふむ」ヨハネは残念そうに声を落とした、が、その次の瞬間、奴は指先をフィネたちの方へ向けた。
　いや、正確にはその後ろ遥かを指差していたようだった。
「……どうしたんすか？」
「見えんか？“旅行者”だよ。われわれの目的に照らしてみろ。見逃す訳にはいくまい？」
　そういうと奴は、突然にでかい声を張り上げた。「フィネ君ッッ！ゆうこ君ッッ！再会早速だがッ！次はそこの三人組だッッ！！用意したまえッッ！！」
　そして、俺の背中から電子キーボードを剥ぎ取ると、こう言った。

「ゆけっ！エドゾー君！前列待機だ！１ターンで戦場を離脱しろ！」
　いつか殺してやる、と俺は思った。

【今回分の日記】
ないです