ENo.604 ツキノメ

【我々の”選択”は誤りだったのでしょうか……】
［今からでも方針を変えるというのは？まだ指示系統のネットワークは死んでおりません］
星の民が一方的な破棄を申し出、作業を始めた姿を見つめる私に二人はそれぞれ意見を述べた。
姿はない。星の民が真っ先にそちらのシステムを落としたため、実像構成がキャンセルされてしまった。
しかし根底のネットワークは切断されておらず、そこから意志だけが流れてくる。
「私達は彼らが選択する時まで、護るという役割を与えられていたに過ぎない。選択と決定がなされた今、私達の役目は終わりなのだろう」
星の民が『柱』周囲のシステムを順番に落としていく。私へのアクセス表示が一つ、一つと消えていくのを確認しながら、二人の声に機械的に答える。
『……それが、あなたの意志ならば』
［我らは従うのみです］
その言葉のあと、ネットワークが途切れた。
星の民から何名か、技術交流という形でこの地にて学んだ者達がシステムを遮断し、いよいよ『柱』まで到達したようだ。
彼らはあれを欲しがっている。
技術交流をしているうちに欲が出たのか、それとも初めから狙っていたのかは定かではないが。
しかし、『柱』は動かすことはできない。
アクセス権を持っているのは私だけで、それを移譲することはできない事を私は知っている。
そういう風に『柱』は作られている。

何故か。

「……何故カニ……」
「今更何を疑問に思っておるんじゃ」
「そうそう、諦めが肝心っていうし、いいにおいしてきたよ？」

森で大敗したあと、傷を癒してからハムスター退治に向かった私達は、拍子抜けするほどあっさりと大きな毛玉を退治した。
依頼主はあんなクッションになりそうな毛玉よりも、あのパンダと虎の討伐依頼を出すべきだろう。
報酬金を得て、私達は新しい街にやってきた。
街と言えばこのメンバーであれば当然。
「宿を取ったら早速宴会じゃな！」
「ここには最初の街と違う旨い酒があるかのう」
酒豪の二人が、意気揚々と皆の先頭を行く。
「街に着いた途端に飲み会の話カニ？」
「二人とも元気あるね、ここまで歩きずくめなのに」
私のやや呆れた声に、レンが楽しそうに続く。
「レンも飲み会好きなのカニ？」
「ん〜、まあまあ、かな？でもタオたちと飲むのは楽しいから好きかも」
レンはタオのセクハラの標的になっても楽しんでいる節があるので、問題はないようだ。
私はというと、酔うのは嫌いではないのだが……ただ。
「レンが楽しそうでうらやましいカニ」
「ツキノメも楽しめばいいのに〜」
「そうじゃ、何事も楽しまねば損じゃぞ！のう？」
「タオの言うとおりじゃ。辛気臭くしとると酒がまずくなるぞ？」
ややどんよりとしている私に、レンのほかにタオと琥白が乗ってくる。
「……努力してみるカニ」

どうやらこの世界では、新年の節目というものがあるらしい。
それが近づくにつれ、街には人が増え、賑やかになっていく。
私達もその雰囲気を楽しもうという事になり、しばらくこの街に滞在することになった。
一年という区切りで時間をカウントし、規定時間が経過するとまた1から数えなおす事で新年という形を認識するようだ。
私にはそういう習慣はないため、非常に新鮮だ。
知らないことを知ることは糧になる。
この街は最初に訪れた街よりも規模が大きく、店も豊富に存在している。
長く宿に滞在する事になったおかげで、『柱』の欠片へのアクセス状況も徐々に改善してきている。
この調子なら、彼らを呼び戻せるかもしれない。

「ねえツキノメ、そろそろ晩御飯だよ！」
「わかったカニ。今行くカニ」
部屋の扉ごしに、レンが呼びかけてきた。
今日は一年の最後の日らしく、宿の夕食も豪華なものとなるらしい。
欠片をしまい、食堂へと向かう。

豪勢な食事に、大量の酒。

宿の利用者はそれぞれに盛り上がり、新年へと時間がシフトする瞬間。

私は鍋に入れられていた。

「何故カニ！？どうしてこうなってるカニ！？」
「暴れちゃだめよ、出汁がこぼれちゃう」
「おーい、こっちにネギ持ってきてはくれんか？」
熱い。とても熱い。しかし縛られていて身動きが取れない。
前回は囮として木につるされたが、今回も同じパターンで縛られ、今度は鍋に投入されてしまった。
この数日の飲み会すべて逃げ切っていたというのに、今日に限って……。
「ネギを入れるなカニ！熱いカニ！！誰か出して欲しいカニ！！」
「そろそろいいかのう。このままだとツキノメが出汁じゃなくて具になりそうじゃな」
「りょーかい！」
縄を引かれて鍋から引き上げられた。この前は浅い鍋だったのに、こんな巨大な寸胴鍋をどこから持ってきたんだ。
また誰かの私物なのか？何故鍋だけグレードアップするんだ。
縄を解かれ、床におりる。
熱さでフラフラである。
「うー、もうダメカニ……」
部屋に避難しようとしたところで、床に落ちていた空の酒瓶を踏みつけて盛大に転んだ。
そこで私の記憶は途切れた。
目が覚めた時には部屋のベッドに転がっており、部屋のテーブルに「おいしかったです」と書置きが。

体力をつけたほうがいいのかもしれない。
もはや鍋に入るのを前提とした思考が私の中で組み立てられていた。