ENo.593 ダナ

　
食事の支度のためにパンを切り分けていると、ふいに空から小鳥が降りてきた。
ダナの膝上に広げられた布の、その上に散らばるパンくずを躊躇いがちに見つめながら、首をくるくる傾げている。
ダナはそれを見てすこし口元をほころばせて、パンを一欠け草の上に投げてやった。小鳥はすぐにそれに近寄って、一度、二度とついばんではチチチと鳴いた。
するとどこにそんなに隠れていたのか、そうこうしているうちに一羽もう一羽と小鳥が次々に降りてきて、あっという間にダナの周りは小鳥だらけになってしまった。

ふいに、ミシリ、と草が重く踏みしめられる音がした。小鳥が飛び立つ。
ダナが顔をあげると、飛び立つ鳥の数羽を目で追いながら、わいらがダナの隣へ立っている。

「何だ。パンくずやったのかよ」

「――ごめんなさい」

「別にいいけどよ…」

むっつりと言うわいらのその広い肩に、飛び立ったはずの小鳥が一羽戻ってきた。
ダナがそれに気づくのとほぼ同時に、わいらの髪の上に何かの粉がわっさりと降ってきた。
途端、小鳥達が一斉にわいらの頭を目がけて飛んできたので、わいらは面喰ってその大きな身体をすくめて上を見た。

「んなっ」

「なんだ！鳥の巣か？」

高いところから声がした。わいらの背後に立った木の上で、イルマリが笑っている。
片手には、先程小腹が空いたといって持ち出した緑豆のパンを持っている。

「イルマリてめぇ」

あっはっはという高い笑い声が響くあいまにも、次々小鳥がわいらの頭に飛んでくる。
わいらがイルマリの座る木をぶん殴って揺らしたが、イルマリはひらりと木から舞い降りると、何のことはないという様子で小鳥とわいらとダナとを順繰りに眺めた。

「ダナは動物好きなのか？」

「え。…ええ」

「ふーん」

…

――おまえに犬を一匹やろう。

その言葉に、ダナが思わず顔をあげる――足を組んで座るそのひと。ふせがちの目。傍らに佇む美しい蛇が、その目の代わりにダナを見た。

大きな獣が伏せっている。灰色の毛並み。大きな手がそれを撫ぜる。節くれだった手。
石で草の実を磨り潰していた手を止めて、ダナが言葉の続きを待つ。
蜜蝋の溶けるにおい。揺れる影。ジジッ、虫が燃え落ちる音。

――おまえはよくやっている。

獣を撫ぜていた手が止まる。獣が目を開けた。ダナを見る。
ゆっくりと手が離れる。それに合わせて立ち上がる犬。爪が地面に触れる定期的な音。ダナの前で獣が止まる。青い目。

顔を再び上げるダナ。伏せられていた瞳がゆっくりと開いて―

…

――だれがわたしにささげたのか、わたしが報いなければならないほどに。天の下にあるものはみな、わたしのものだ。（ヨブ期　４０章）