ENo.44 黒鷺天地

それは数日前…、クリスマスが終わり、次の年を迎えるまであと二日の時のことだった。
博士が丁度いい練習試合の相手を見つけてきた、という連絡をくれたので、一度研究所へと向かった。博士はせっかくなのでユフィも練習試合に参加するといいと勧めるとユフィも久しぶりに練習試合をすることを考えていた為、すぐに参加を決めた。
指定された場所の記された手紙を手に俺はユフィと共に指定場所である闘技場跡ヘと向かった。数年前から残り続けていたこの跡地は現在も練習試合の場所としてよく使われており、たまにここで真夜中に真剣勝負が行われているという噂もある。あたりはそのこれまでの戦いの傷跡が残っているかのように、かつての闘技場とは思えないほどに荒れていた。風も激しく吹いていて、何か予感させるような雰囲気を漂わせていた。

「場所はここで間違いないんだよね？」
「ですね…、そのはずなのですが、まだ相手の方が来ていません」
「だねぇ…、少しはやく来ちゃったかな…」

念のため俺はスマホで時刻を確認する。…うん、ちゃんと時間通りだ。
ということは、相手側の遅刻だろうか？いや、そうとは限らない。この近くで既に準備をしているのだろうか。
考えているとその時、目の前の土埃がふっと消えていくとそこに一人の影が見えてくる。先ほどまで気配を感じなかったはずが、それを目にした瞬間に恐ろしいほどの気配を感じていた。

「うふふ…、来たみたいだねェ…」
「「――ッ！？」」

俺達の目の前にいる一人の影、次第にその姿がよりはっきりと見えてくる。岩で出来たような大きな不格好大剣を手にした少女が一人。
首元の水晶体も、タキオン・オブ・アズールのものと似た形状をしている。…いや、あるいはそのものかもしれない。どういう訳か同じタキオンの光を、あの目の前の少女から感じていた。

「何故、その光を君が持っているんだっ！？君が身につけているそれは…、――ッ！？」
「そうだよっ、紛れも無く決闘着さ。君と同じ、タキオン・オブ・アズールだよ。久しぶりだね、天ちゃん」

ようやく素顔が見えたその時、俺は一瞬己の目に映るものを疑った。目の前の少女…、それは俺が幼い頃に色々と面倒を見てくれた一人のお姉さんだった。
お姉さんは俺が十五の頃に亡くなったはずである。何故こうして俺達の目の前にいるのか…、別世界の存在なのか、あるいは別か。
けれど博士と関わりがあるのは確か。ならば、考えられるのはお姉さん本人しかいないはずだ。

「どうしてあなたがここに…。俺達が中学卒業した頃に亡くなったはずのあなたが何故！？」
「ちゃんと私のこと、覚えていてくれてたんだねっ」
「当たり前だよっ！あなたは、俺にとって本当の姉のような人だった。俺を本当の弟のように親しんでくれてた頃を、俺は今も覚えてるっ」
「嬉しいこといってくれるねぇ、こうしてまた君の前にやってきた甲斐があったってもんだよ。出来ることならまた街に戻って平和に暮らしたいものだけど、あたしはもう一度死んでるんだ。もうあの頃の自分としてあの街で生きていくことはできそうにないよっ。どうしてあたしがここにいるかって？それは後で話すとして、君達が資格者としてどれだけ成長しているか確かめさせてもらうよ。あたしは…、その為にここへ来たんだからっ。二人まとめてかかってきな、軽くひねってやんよっ」

お姉さんは剣先を俺達へと向け、真剣な眼差しでこちらを見ている。相手はかなり本気だ、それも相当。…なら今はやるしかないっ、終わったらお姉さんに全てを聞いてやる。
俺とユフィはスフィアに秘めた力を解放すれば、俺は蒼の決闘着を、ユフィは漆黒の決闘着を身に纏う。そして互いに武器を喚び出せば、それを手にする。
俺はゲッコウブレードで近距離から、ユフィは弓モードのディオスクーロイで遠距離から攻める形で仕掛けに行く。お姉さんはディオスクーロイから放たれる黒き矢を軽々と回避し、こちらへと距離をつめる。
リーチに入ればお姉さんは大剣を大きく振るい、俺は目の前に迫るその刃をガードする。軽々と振るわれる重量のある刃は今まで相手をしてきた大剣使いとは違い、ものすごいパワーを感じる。ガードをした時の衝撃は大きく、俺の腕にもそれ相当の負荷がかかった。
そしてこちらを攻めている間の隙を狙い、ユフィは再び黒き矢を放つ。お姉さんは既に把握済みと言わんばかりに矢を回避すれば、今度はユフィに攻撃を仕掛けに接近する。
ユフィはお姉さんの大きな縦振りを回避すれば側面にまわり、ディオスクーロイを双剣モードへと変えて二振りを決める。怪我が無いよう力は加減されており、直接的な斬撃は与えず刃はお姉さんの身体をすり抜けるとそれ相当の体力だけを奪った。

「結構やるじゃない…、でもここまでされたらお姉さんも本気出さないといけないかなぁ！」

お姉さんは構えをとると、大剣には大量の光が集う。激しい蒼の光の大きさは、それだけでも強烈な威圧感を感じた。
そして蓄えた光を一気に放出させたそれは、まさに巨大な剣。お姉さんが大きく振るえば巨大な刃が確実にこちらへと迫っている。

「きゃああああっ！」
「ユフィ！」

最もお姉さんの近くにいたユフィが巨大な刃に身体を大きく投げ出され、上昇した身体はゆっくりと降下し、速度を上げて地面へと落下する。ある程度の加減はされていたが、やはり一振りのダメージは大きい。身に纏った漆黒の決闘着が解け、ユフィは元の姿に戻ってしまう。
そして刃はまだこちらへと迫っている。巨大な脅威は俺に触れるまではまだ終わりを知らない。

「どうしたどうしたぁ？その様子じゃ、まだまだだよっ」
「くっ…！」

俺は巨大な刃を回避しつつ、お姉さんとの距離をつめる。確実に一撃をぶつけにいかなければ、あのデカブツはまだ続くだろう。
接近しながらゲッコウブレードに光を集め、蒼き光の刃を形成する。後は決めれる距離で一撃決めれば…、いけるッ！

「俺はまだ終わらないよ、これからだっ！」

ようやく射程に入れば、俺は蒼き光の刃を大きく振るった。必殺のエーテルストライクで、大きく削りにいった。
蒼き光の刃はお姉さんに大きく直撃すればその身体は後方へと飛ばされ、壁へと激突する。めり込むほどに激突した身体は、再び電源が入ったかのように突然と恐ろしい速度でこちらへと距離をつめる。先ほどまでとは明らかに違う速度で迫る彼女に、俺は再び蒼き光の刃を形成して迎え撃つ。

「せいやああああああっ！」

巨大な一振りと、それに対して至近距離で放つエーテルストライク。お姉さんの一振りはそれを軽く打ち消し、その巨大な刃がこちらへと迫る。
不味い…、この一撃をもらえばやられるっ！

「しまっ――」

お姉さんは大剣の刃が俺の身体に触れる寸前で止めた。触れるまでの距離はざっとあと数ミリ程度とおそろしくギリギリである。仮にこの一撃が触れていたら、確実にこちらがお陀仏さんだった。
あの急速接近だけでも…、せっかくの一撃もほとんど通用していないと思わせるほど速かった。そしてこの一振り…、これで実際の本番戦闘だったら確実にこちらが死んでいる。

「ふぅ…。まぁ、結構やるのは確かだねっ。けど使い始めて一年でこの程度じゃ、まだ合格とはいえないなっ」
「あはははは…、…完敗だねっ」
「力の適正自体には問題はないよっ。むしろ適正の高さは完璧だ。ただ今のままじゃ、せっかくの適正も無駄になるよっ。かつての資格者が言うんだ、きっと間違いないっ」
「お姉さんは…、俺よりも前から決闘着を？」
「そう…、あたしが先代資格者だ。でもあたしが今つかってるのは偽物。あたしの力で姿と能力だけ限りなく近いものにコピーしただけのねっ」

お姉さんは大剣を封じ、んーっと身体を伸ばしながらユフィのもとへ向かった。回復術を使い、ユフィの身体の治療を行えば、俺達のことを改めて確認した上で全てを明かした。
お姉さんがタキオンオブ・アズールを手にしたのは俺が中学入りたての頃。友人達との下校途中に、彼女は異型の獣と出会った。あの一年前の大規模な出現より前から、獣は既に麗入茄街に姿を現していたのだ。獣が偶然にも蒼のスフィアを口に銜えていて、お姉さん達が襲われた時にスフィアが光り、獣の身体を引き離せばスフィアは彼女の手元に渡った。
それから頻繁に獣は姿を見せて、その度にお姉さんは獣との戦いを続けていた。戦い続けているうちにお姉さんは遠い世界からの声を耳にした…。それはそう遠くないに脅威が訪れるというものだった。それがセルフォリーフからのメッセージだったのかは不明だが、その言葉通りにセルフォリーフで環境変化が起き、そして麗入茄街にも再び獣は姿を見せた。
その頃、お姉さんの身体にも変化が現れた。当時のお姉さんの身体は普通の人と違って魔力の成長が遅く、一定の時期に急激に成長する体質だった。タキオン・オブ・アズールを手に出来たのも、ちょうど伸びる時期の前で魔力量も限りなく小さかった為である。
時期がくれば恐ろしいペースで魔力は成長し、成長すればするほどお姉さんの身体は魔力キャパシティのオーバーによる影響で蝕まれていく。心臓の動きが乱れたり、味覚を失ったり、身体中に電気が走るような痛みを感じたり…。症状が悪化すればついには倒れ、病院へと運ばれた。事実を知らない医者が看ても当然原因不明の病としか言いようがなく、お姉さんの死期は確実に近づいていった。
せめてスフィアと獣に関することを他の誰かに伝えなきゃ…、そう思っていた時に突然見舞いに来たのがヴィトン博士。決闘着に関する研究をしている博士ならたぶん信じてくれると思っていたお姉さんは博士に全てを話し、最後に蒼のスフィアを博士に託した。いつか新しい資格者が現れたら渡して欲しいという思いを告げて…。

「一度死んでからのあたしは神々の世界に魂が召喚されて新たな肉体を与えられたんだ。そして神様にセルフォの異変と同時に起きた各世界の異変の調査ならびにその原因に対する処置を命じられた。まぁ…、その後にアンジの壁の一度がぶっ壊れると共にセルフォにも影響が出たのも発覚して、今はアンジへ向かうよう指示されてるけどっ。既にあたしよりも前から調査を行っている使者もいるから休憩は自由なんだけど、壁が見つかれば即呼び出しものさ。壁の修復には大勢の使者の力が必要とされるし、一人でもかければ成功確率もその分小さい。まぁ…、ともかく今は麗入茄街ではもうこの姿では生活できそうにないし、専用の仮の姿をしてる」

ぽんっとお姉さんは自らの姿を別の姿へと変える。
その姿は…、紅い髪と懐かしいコスチュームを身に纏ったゲートボール少女…、タマコ＝カネヤマである。

「「タマコ！？」」
「そうだよぉ。つまり既にあたしゃ、天ちゃんと久しぶりに出会ってたって訳だ。悪いねぇ、今まで騙すようなことしちゃってさ。でもそろそろ話してもいいかとは思ってたから、今日全てを明かしたんだよ。まぁ、ネタバレもこうしてすんだところでこれからもよろしく頼むよっ、二人とも」