ENo.3339 刃皇耶　竜斗

トントントントンッ．．．．．．

あまり響かないノックが４度鳴る。
続いてかけられる、控え気味な声。

『竜斗さん、起きていらっしゃいますか？』

竜斗「ああ、開いてるから入ってくれ」

カチャッ．．．キィ――

ユエルン「おはようございます」

竜斗「おはよう、遅れちゃったかな？」

ユエルン「いえ、そんなことはありませんよ」

ユンさが入ってきてお辞儀をする。
こっちは今ようやっと準備が終わったところだ。
荷物を入れる袋の口紐をきゅっと締める。

竜斗「昨晩は眠れた？」

ユエルン「ええ、お陰さまで」

久しぶりの街に来て美味しい物を食べて飲んだ後だ。
寝るのは少し遅くなったけど、休息は出来た。

竜斗「そうか、それは良かった。あの娘は？」

ユエルン「……大分疲れてたようですね」

荷を担ぎ部屋を出ながら話を聞く。
昨晩、一度寝てしまう前にと鍵を受け取りに行った時結構危なかったようだ。
お陰で締め出しを食らう所だったらしい。
部屋に戻った時はベットの中でピクリとも動かなかったそうな。

ユエルン「少し心配になって呼吸の確認をしてしまいました」

竜斗「あはは、ユンさらしいね」

酒場兼食堂のある一階へと下りる階段に差し掛かったところで、
話題の人物が待っていた。

アキ「…………」

竜斗「お待たせ、アキさ」

アキ「……りゅーと？……ちょっと、遅いじゃないの」

竜斗「ああ、ごめんな」

アキ「全く、私を……待たせるなんて、いい度胸……してるじゃない……ぐぅ」

そのままフラフラッと左右に揺れだしたアキさの頭を見て
慌てて肩を押さえて其の動きを止めた。

竜斗「っとと、危ない。ほら、しっかり起きて」

アキ「うー、もうちょっと……眠い……」

寝たいですらなく眠いと来たか。

ユエルン「さぁ、行きましょう。朝ご飯を取らないと。昨晩もちゃんとしたものは食べてませんしね」

アキ「んー……いいよー……」

竜斗「そんなこと言わないの。ここの料理は美味しかったぞ、そら」

二人でアキさを支えるようにして慎重に階段を下りていく。

アキ「うわぁ……」

竜斗「朝食は一日の体調を決めるのに重要だからな、しっかり食べな」

ユエルン「頂きます」

アキ「いただきます！」

席に着いてからもフラフラグッタリを繰り返していたアキさだったが
目の前にふわっふわのオムレツが並んだ瞬間ピッと姿勢を伸ばして目を輝かせた。
女の子なのでガツガツ、と言う感じはないがそれでも彼女にしてはかなりの勢いで平らげていく。
飢えているはずだが、それでもちゃんとマナーを守った食べ方をする。
こういうところは育ちのよさを感じさせる子だ。

アキ「これ美味しいわねー！」

竜斗「元気でた？」

アキ「もっちろん！こんなだったら昨日の晩も何か食べてから寝ればよかったわ！」

ユエルン「フフフ、良く噛んで食べてくださいね」

アキ「分かってるわよ！子ども扱いしないでよねっふんっ」

唇を尖らせる彼女に苦笑しつつこっちも食事を開始。
昨晩ユンさと話した内容、今後の予定などを再確認しつつアキさに話していく。

アキ「ふーん、それじゃ今度はその村に食料を届ければいいの？」

竜斗「ああ、何でも物騒になったこの時分に個人でもキャラバンでも一般での運送はきついってことらしい」

ユエルン「一理ある話ですね」

もともと、この世界は動植物の巨大化が原因で外部に助けを求めてる。
そんな状態で安全に食料調達できる治安は期待できるわけがない。

竜斗「お金はその分貰ってるから、早く届けてやろう」

アキ「了解よ。なんだ、そんなの朝飯前ね！」

竜斗「今食べたから後だけどな」

アキ「っさいわねー！慣用句よ慣用句！茶々入れないでよね！」

竜斗「はいはい、さて」

予想通りの反応に笑いつつ席を立つ。

ユエルン「行きますか？」

竜斗「ああ、そろそろ出ようか」

アキ「えー？もう？」

竜斗「うん、その食料の買い物もしないとだめだけど……ほら、俺ら用のもあるから」

アキ「……それもそうね」

そう頷くと、アキさは紅茶を飲み干しほんの少しだけカチャリと音をたて、ソーサーに置いた。
冒険者であるならば、どんな道のりでも油断をしてはいけない。
準備は常に万全でなければならない。
それが自分達の生死を分けるからだ。

竜斗「よし、それじゃごっそさん」

カウンターでＰＳを払と、ウェイトレスとマスターが笑顔で送り出してくれる。
さて、がんばんないとね。

竜斗「なんか騒がしいね」

ユエルン「お祭でもあるのでしょうか？」

買い物中、やけに街の喧騒が耳に響く。
何か催し物があるのかもしれないが……。

竜斗「楽しんで行きたいのも山々だが、そうも言ってられないしね」

ユエルン「ええ。あ、この野菜を……それとそっちの果実」

慎重に痛みを確認しながら買うものを決めていく。
出来るだけ保存が効く物を買い求め、肉類などは少量に収めていく。

竜斗「何とか収まりそうだね」

ユエルン「配達分は明日までの辛抱で目を瞑るにしても、私たちの分はコンパクトに収まりそうです」

物資は出来るだけコンパクトに纏める。
冒険者だけでなく、旅をするなら基本である。

竜斗「終わった？」

ユエルン「はい、アキさんの分も大体は終わりました」

竜斗「そっか」

アキさは周囲の騒がしさに負けて様子を見に行った。
まぁ、ＯＫも出したから別に悪いことじゃない。
が、少し遅いので心配ではある。

アキ「ふぅ、よーやく辿り着いたわ。竜斗、クォ！」

竜斗「おや」

ユエルン「噂をすれば、ですね」

竜斗「ああ……こっちは大体終わったぜ」

アキ「そ、任せちゃったわね。でもこっちも分かったわよ」

竜斗「ほ？」

アキ「あれ、何で騒がしいのかよ！」

通りを指差しながら少し興奮気味に言うアキさ。
一体何があったと言うのか。

アキ「そろそろ、アレの季節じゃない？」

竜斗「あれ？」

アキ「そう、クリスマスよ！」

そういやもう年末だねぇ。
確かにそんなのもあったな。
……アレの季節って鍋のことかと思った自分は少しずれてるんだろうか。

アキ「でねでね、皆でプレゼント交換をしようってそう言う催しなんだって！」

竜斗「それはまた」

ユエルン「楽しげですね」

もうちょっと詳しい内容はこうらしい。
この世界規模でプレゼント交換会をやってしまおう。
参加者全員にプレゼントは回ってくるけどその相手はランダム！
もちろん時分が渡すのものもランダム！ってことらしい。
なるほど、これは何を贈り物にするかで皆もめてるのね。

アキ「あ、でもね。最後に重要なことがあって」

竜斗「ん？」

アキ「なんでも、送ったものは何でアレ春菊として扱うんだって」

竜斗「えっ」

ユエルン「えっ」

アキ「えっ」

なんでやねん。
まぁ、確かに春菊は最近人気の品物ですけどね。
それって、結局鍋の材料回して皆で鍋使用ってのと変わらないんじゃないか？

アキ「どう？コレだけだったら私たちも参加できるんじゃない？」

ユエルン「ええ、まぁ」

竜斗「そう……な」

この後、いらない物とかは合成で圧縮するので空きが出来るはず。
なら問題ないかな。

アキ「やったね！それじゃ何おくろっかなー」

ユエルン「竜斗さんは何を？」

竜斗「そうだなー」

って、何送っても結局春菊になるんじゃな。

竜斗「鍋セット、とか？」

ユエルン「あ、そう……」

うわ、なんか凄いジト目されたぞ！？
呆れられるような内容ではないはずなのになぁ。
春菊なら鍋でいいじゃん。
折角なのでココで買ってしまおう。
えーと、茸類とネギを追加してっと……。

アキ「あれ、プレゼントもう買ったの？なら、あそこで送れるみたいよ」

脇に、魔法陣みたいなものが並んでいた。
イベント用に特設された物らしい。
えと、『メッセージを添えてお送り下さい』か。
んじゃ、こうして……。

竜斗「ほい、転送」

アキ「はや！？」

ユエルン「もうちょっと気持ちを込めて……」

えー？気持ちは込めてるはずなんだけどな。

アキ「って、あれ？」

ユエルン「受け取り用のプレゼントがもう来たみたいですね」

竜斗「早いな！？」

アキ「あんたが言わないの」

そこには、かわいらしい文字のカードと一緒に小さい小瓶が置かれていた。
って、これ送られてきた人誰かわかるのね。
北西部に今いる人か。
えーと、なになに？

『これ使って好きな人をおとしてね〜』

ガサッ

ユエルン「……？」

アキ「何？なんで大急ぎで隠してるの？」

竜斗「いや、隠したわけじゃ……あはは。だって滋養強壮薬だし」

アキ「えー？」

ユエルン「……」

なんてもの送ってくるのさ……いや、向こうは悪気はないはずだ。
そう言う種族っぽいし。
んじゃ、コレを引いた俺の運が悪いだけか。
にしてもこれは……使うに使えないと言うか持ってるだけでいらぬ誤解を――

ユエルン「竜斗＝サン」

竜斗「にゃい！？」

ユエルン「……」

竜斗「ど、どうしたの？なんか笑顔が張り付いて怖いと言うかニンジャヘッズみたいな喋りになってるけど」

ユエルン「変なことに使わないように」

竜斗「はは、は……」

ばれてーら……