ENo.2831 ひなた　＆　ひかげ

「くっそー、負けたわこんちくしょーっ。
　明日から走り込み倍にするわ、わかった？ひなた。」

「はいはい、ちゃんと朝起こすからね。」

といつも通り強がってみたはいいけれど。
どうやらここがあたしの限界。
立ち上がりかけた膝が崩れた。
支えられた腕が、優しく、そして痛い。

ちくしょう。

覚えているのはあっとうてきなな力の差。
届かない思い。
レムネットとか言ったうさんくさいシスター。
ゾンビどもの攻撃をひらひらとよけていた。
それにくらべてあたしときたら。
なにもかもが、だめだめだ。

ちくしょう。
ちくしょうちくしょう。
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

「ちくしょーっ！！！！」

あれ、ここは…？

「あ、ひーちゃん気が付いた？よかった」

いつも通りのひなたの声。
最初に見えたのは木々の間から光差す青空。
周囲を見渡すと洋館らしきものは既にない。

「ここは、どこよ？」

「流石にあそこに留まるのも危険だからね。少し離れた場所に来たよ。ひーちゃん途中で寝ちゃって大変
　だったんだよ。」

「重くてわるうございましたわねっ。」

「ははは、それだけ悪態つける元気があるなら大丈夫だよね。あ、ほかの皆もすぐ来ると思うから。」

「他の…ああ、フィアとこおりね。あいつらはどうだったの…その…。」

「ん？ああ、こおりさんはゾンビ倒したらしいけどフィアさんは駄目だったみたいだね。」

「そう…。」

あの緑あほ毛も駄目だったのか…。
ってなに考えてるあたしっ。
これじゃまるで負け犬仲間がいたこと安心してるみたいじゃないっ。
弱いのは自分だけじゃないって。
だめだだめだだめだめだ。
こんなことで折れてどうするあたし。
こんなんじゃまた。

「でも変だよねー。」

ひなたがいつもの調子でのんきに話しかけてくる。

「なにがよ？」

自然、不機嫌な返しをしてしまう。
ひなたなりに気をそらそうとしてくれているのもかもしれないのに。
もっとも、じっさいなにを考えてるのかはあたしにはよくわからないんだけど。

「今回バラバラで行動したよね。」

「それがどうしたのよ。」

「それがね、あのシスターさん。レムネットさんって言うんだっけ。」

「なによあんたあれ可愛くてよかったなーまた会いたいなーとかそんな話？」

「いやそうじゃなくて。第一可愛いのは変なことじゃないし。」

「可愛いってのは認めるんだ。で、なによ。」

「みんなのとこに現れたんだって。」

「へー、そうなの。」

「そうなのって…驚かないの？」

「そんなの別にどうでもいいでしょ。シスターが何人いてもおかしくもなんともないわ。」

「でも同じレムネットさんだよ？」

「同じってどうやって決めつけるのよ。三姉妹かもしんないじゃない。レムネット一郎、レムネット二郎、
　レムネット三郎、ほれ三つ子の完成よ。」

「いやレムネットさん女の子だったし。」

「うっさいわねーレムネットいっ子、レムネットに子、レムネットさん子、レムネットよん子、レムネットご子、
　中略してレムネットひゃっ子でどうよまいったか。」

「楽しそうだねひーちゃん。」

「どこが楽しそうよっ。あんたのくだらない話に付き合ってやってるこのやさしさがわかんないのばかひなた。
　いいこと？考えるのはあんた、ぶん殴るのはあたしそういう『約束』でしょ。」

「そうだけど…。」

「なによなんか文句あるわけ？」

手をにぎられた。
優しく、あたたかい手。
その時ようやくあたしの腕にほうたいがまかれていることに気が付いた。
腕だけじゃなく。
体のあちこちにもほうたいやらしっぷやらばんそーこーやおいぶつがはりつけられてる。
なによりひなたがあたしのすぐそばにいたということに驚いた。
今の今まで全く気が付かなかった自分に驚いた。
なぜだか泣きそうになった。
歯を食いしばって涙をこらえる。
よほど変な顔をしていたのだろうか。
いや、顔が変なのはいつも通りなんだけどね。

「ひーちゃん、痛いの？」

「い、いやそうじゃなくて。」

顔をのぞきこまれて思わず目をそらした。

「我慢しなくていいからね。」

「い、いやほんと痛くもかゆくもないから。」

半分本当で半分うそ。

あたしは、なんでだかしらないけど、昔から痛みに強かったんだと思う。
怪我をしても、気づかないうちに（ものの例えではなく本当に）治ってたなんてことはしょっちゅう。
けんかでうでの骨を折った時、変な角度で回る自分のうでを振り回しながら家に帰ったら怒られた。
おおじーちゃんとちいじいちゃんに本気で怒られた。
あの時はななぜ怒られたのかよくわからなかったけど。
それ以来そういう行動だけはしないように心がけては、いる。
そういえばその時もババアはいなかったけな。
ああ、ババァじゃなくてオカアサマって呼ばないといけなかったわねそういえば。
口に出してないからババァ呼ばわりでもいいよね。
ババァといえば、あたしは生まれてひと月だかそこらの時にこんしんの頭突きを食らわせたらしい。
気絶して横たわるババアの腹の上で勝ちほこったような笑顔のあたし。
覚えてないのが残念でならないわ。
ともかく、その当時のあたしの頭突きはそりゃもうようしゃなしの威力だったらしい。
ドアぶち破ったっていつわもあるが…さすがにそれはあたしもドン引きよ。

などと、時間にして一瞬。
そうまとうのように昔のことを思い出す。

だから、身体の怪我はたいして痛くない。
けど。
痛いのよ。
心が。
胸のあたりが。
ぺったんこでも胸はあるのよ誰にでも。
その、一応だれでもあるらしい胸の、おくの方がずきずきと痛いのよ。
あたしが怪我をしたとき。
心配そうにあたしを見るその顔。
そんな時でも笑っているようにしか見えないその顔を見るとき、すんごく痛いのよ。
出来れば顔を見せないでいてくれたらどんなに気が楽だろう。
けどそんなことは今まで一度もなかった。
必ずその顔はあたしのすぐそばにあった。
いつでも笑顔で。

「本当に大丈夫？涙、出てるよ。」

「えっ、うそまじでっ。いや涙じゃないし汗が目に入っただけよ今日は暑いわねーっ。」

「冬だけどね。」

「ふ、冬だって暑いもんは暑いのよっ、ほれついさっきまで戦ってたわけだしゾンビだし。」

「ん。頑張ったねひーちゃん、ゾンビとか苦手なのに。」

「う、うっさいわね。今はもう苦手じゃないのよほんとうよっ？」

「…怪奇現象の番組とか始まると部屋に逃げるのに？」

「そ、それはねえあんたっ…なんだ、やることがあるのよやることが。たとえばそうねえ、宿題とか。」

「へえ、僕に押し付ける以外に宿題なんてあったんだ。知らなかったなあ。」

「あるのよあるのオンナノコだけの特別限定すぺしゃる宿題ってぇのがね。ちんちんついてるひなたにはわかんないでしょうがねっ。」

「ん。そうだね。ひーちゃんは頑張った。大丈夫だよ、もう。」

「な、なにが大丈夫なのよっ、てかところでレムネット一郎あらためレムネットいっ子はどこ行ったのよっ？」

「ひーちゃん倒れた後も頑張ってくれたんだけど…目を離してる隙にいなくなっちゃった。お礼を言いたかったんだけどね。」

「そう、残念だったわね…ま、えんがあればまた会えるわよそのうち。」

「そうだね。それでね、ひーちゃん。」

「なによ？まだなんかあるのあたしは疲れてるのよほんとよ？」

「もう、ひーちゃん一人だけが頑張るの…やめにしない？」

「はぁ？？なに言ってるのひなたあんたばかなの？あたしだけってなによフィアやこおりだっているじゃないの今回はたまたま分かれて行動しただけでしょうに。」

「そういう意味じゃなくてね。」

「じゃ、じゃあどういう意味だっていうのよっ！？」

あたしは知っている。
どういう意味かを。
ひなたがなにを言おうとしているのか、ずっと前から。
聞きたくなかった。
耳をふさぎたかった。
けど、あたしは聞いてしまった。
その答えを。
ひなたの気持ちを。
それが、そのあととんでもなく大きな後悔につながるなんて。
その時のあたしは知るよしもなかった。

「僕も、ひーちゃんと一緒に戦いたいんだ。一緒に、強くなりたいんだ。」

「はぁ？」

われながら間抜けな顔で間抜けな声が出でた。
とあきれつつも感心したしゅんかん、世界は色を失った。
白と黒とその中間の色だけでぬられた、まるでまんがのような世界。
その中であたしの手を握るひなただけが色つき。
握られているあたしの手色つきってことはたぶん、あたしにも色がついてるんだと思う。
まんがの巻頭カラーで間に合わず一部だけ色がついてるとかそんな状態。
あたしは疲れすぎて頭がおかしくなったのかもしれないと思った。
その時、聞こえてきた。

　　　お前は何故強さを求める？

夢の中でいつも、あたしを責めるあの声。
ああよかった、いつのまにかあたし寝てたんだわ。
だったらおう面倒だから寝るわ。
お説教はまたこんどねーおやすみ。
　　
　　　おいおい、大事なとこで寝るなよおでこ娘。いくらなんでもそのリアクションはあんまりじゃね？

む、寝かせなつもりね。

　　　うっさいわね。毎度毎度つまらない話に付き合ってあげるほどあたしもひまじゃないのよ。
　　　文句があるなら今度まとめて聞いてあげるからじゃーねばいばい。

　　　いいのか？お前の大事な大事なにいちゃんは覚悟決めたって顔してるぜ。お前との約束破ってでもな。
　　　お前はこのままシカトくれようってのか？

　　　何言ってるのあんたどこのだれか知らないけど夢でしょどうせっ、夢ならあたしがどうしようがあたし
　　　の勝手でしょっ。ひなたがそんなこと言うわけないじゃないのまったく。

　　　ひーちゃん、僕はここにいるよ。

なんでだかわからない。
その、いつもの通りの笑顔を浮かべてるのが本当の本物のひなただって気づいたの。
あたしの夢の中だっていうのに。