ENo.2531 リノア=セラフ

私は先ほど戦った珍平を踏みつけていた。昨日は束子を蹴飛ばしたし、どうやら相当足グセが悪い人間らしい。

リノア「どこで、見つけたの。このペンダントさぁ」

手に持っている革紐が付いた銀燭のペンダントを魅せつけるようにかざす。
もう一度、強かに内蔵を打ち付けるスタンピングをした。汚い音を出して、珍平がコールタールのようなどす黒い血を吐き散らす。

『拾ったって言ってるだろうが、返せクソババア』

トゥーキックで脇腹を打ち付ける。くの字に折れて悶絶しているようだ。

リノア「拾ったのは知ってんだよ、私が落とした物なんだから。これは元々私の物だ、弄ってないだろうな。あと……」

リノア「誰が、ババアだって？」

今度は腕を踏みつける。手は、私の左手に巻いて合った手錠で繋いでいるためか、珍平は勿論抵抗できない。
手応え、もとい足応えがある。骨ぐらいは折れたみたいだ。

別にペンダントを拾われた事に腹を立てている訳じゃないし、珍平自身に恨み辛みがあるわけじゃない。
ババア発言は肝要できないが、それ以上に見知らぬ土地と生活、焦りでイライラが溜まっていたから発散したかっただけだ。
汚い声で呻いている。気色悪い、呻くぐらいなら泣け、泣いて許しを乞え。
SnakeRipperを足に巻きつける。暴れようとすると刃が食い込んで肉を削ぐだろう。
今度は脇腹をストンピングする。肉の不躾な感触と骨の折れる感触が気持ちいい。気持よすぎて不快だ。

無意識に顔だけは避けて痛めつけていた。そのことに気づいたのは、珍平がボロボロになって声も発せず、ただ口からヒューヒューと音を漏らしている用になってからだった。
恐らく、1時間程度は蹴り続けた。

リノア「すっきりしねーな…」

最後に一蹴り、鳩尾に叩きこんで、その場に放置した。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

さて、早速首に掛けて蓋を開ける。ロケットペンダントの様な構造になってて、開けると操作盤と液晶画面が出てくる。
スタートアップ画面から、OSが立ち上がって、直感的でわかりやすいユーザーインターフェースが姿を見せる。
はずだった。

非常に、見辛い。
モノクロである。やけに白飛びしている。きっと本来は色が付いていて見やすい物だったのだろう。色弱が使う事は想定されていない。
とりあえず、大事なのは、脳波設定と蓄積データ、後はSnakeRipperの管理。最低限この三つが見られればいい。

幸い、文字は潰れていない。操作事態はそんなに難しい事ではなさそうだ。
どれから設定する？　データから閲覧するか？

/*　アクセス　*/

http://www8.ocn.ne.jp/~asato/sicxlives/

/*　管理者権限　... クリア */

管理者権限？　私がそんなの持ってるのか？

リノア「なに、これ……」

てっきり、私のデータが詰まっていると思っていた。恐らく見なくてもいい体調管理から脳波、記憶遡行に役立つ物から、不必要な生理周期とか、そういう諸々を想像していた。
全部、乗ってた。
私のじゃなくて、施設の全容が乗ってた。さすがに驚いた。鬼か蛇が出ると思ってつついたら、龍が出てきたみたいな感じだ。

リノア「ノーレア……、セラフ」

ニックネーム、ノエル…。
長い…髪…。色は判らないけど、きっと銀髪だ。
淀んだ目…。白いクタクタのワンピース…。持っている、ナンバープレート…。

ENo. 2055
http://sicx.x0.com/result/k/k2055.html
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この子が、ノエルだ。
死海で逢ったのも、この子だ。
略歴を読む。セラフはペットネーム。私と同室……。ヘッドフォンの修理…。

男性職員との淫行。

思い出したことがある。本文に書かれている通りにノエルと私は昔一緒の施設にいた。その時に、ゲス野郎たちがヒソヒソとノエルに淫猥な事をしようと画策していた。
偶々、それを聞いた私は、ノエルに手を出さないという約束で、自分の身体を捧げた事があった。
嫌な事はいっぱいされた、何より望んでいない抱擁は苦痛以外の何者でもなかった。でも、ノエルをこれで守れると思えば、耐えることが出来た。
肉体的な面より、精神的な痛みの方が、苦痛であることと、ゲスな男どもは、身体を乱暴にするのが好きだというのを学んだ。

リノア「あ…のっ、クソ野郎ドモが！！」

足元の岩に武器を叩きつけた。粉々に砕ける。
物に当たるしか、なかった。それ以外に壊せる物がなかったからだ。
やり場のない怒りは、足元にぶつけられる。元凶がいたら細切れにしているような怒りを、小一時間ぶつけた。

ひとしきり暴れた後、そこには極小さなクレーターができていた。
中心の隆起（私が立っていた場所）に腰を下ろして、ペンダントの液晶に写った続きを読んでいく。
どうやらこの権限ってヤツは相当ランクが高いらしくて、閲覧には何不自由なくすんなり見ることが出来る。
閲覧どころか、操作まで出来るらしい。この端末から何でもできるな、おい、どんだけランクの高い権限だよ。

でも、遠隔操作はしない。それは何か違う。
自分だったら良い。鬱の時にボタン一つ押すだけで治るなら、押す人は多いかもしれない。でも、知り合いが或いは身内がネガティブだからと、ポジティブに豹変するボタンをキミは押すだろうか。そういう問答だ。

スティモシーバーはそういう事が出来る。あたかも自分の意思であるように人を動かす、水槽の中の脳が見る夢だ。
倫理感の是非を問われる次第だ。他人を操るボタンが存在する、それはキミの目の前にある。相手を思い通りに好き勝手に性格を変えることが出来るボタンだ。それをキミは押すのか。
私には、押せない。それが大切な人なら尚更だ。
そっと、×マークを押して、ペンダントを閉じた。

実際、ノエルのデータを見ていて彼女に関する事だけはそれなりに思い出せた。
現状までデータとして載っていたソレを見て安堵の息を漏らしていた。

リノア「よかった、無事に逃げられたみたいだな」

そう、逃したのだ。私がこの持っている権限を使って逃走のお膳立てをした。この権限をどうやって手に入れたか、それは思い出せないが、ノエルを逃がす為に手に入れたのは確かだ。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

遠く離れた施設に移された私は、権限を手に入れた後、必死に空き時間を作ってコンソールを叩いては、メモリに保存を掛けていった。
空き時間を作るのにも、ノエルを守る時と同じ手段を使った。つまり、抱かせてやるから少しの時間見逃せ、という事だ。
そうして少しづつ少しづつプログラムを組み上げていく。幸か不幸か、知識だけは日々の実験から脳にながされてくる膨大なデータから身につけていた。
世の中には分からないことが山ほどある。実体験を伴わない錯覚体験。

プログラムを組み上げると同時に、決行日を決めるための行動予定もチェックする。多少は、この権限で操作することが出来るとは言え、大きくは代えられない。
真直ぐ行く道を右へ曲がらせる事は出来るが、歩かないということは出来ないのだ。

経路もチェックして、行動操作のプログラムも完成して、さて決行日という所で、どうやってノエルに気づかせるか、という問題に悩んだ。
直接伝えることは出来ない。端末から動くように仕向けたいが、そもそも部屋の中ではIEもペンダントも一切剥奪されているし、スティモシーバーも阻害される。
信じるしかなかった。私の思惑通りに動いてくれるはず、と願うしかなかった。

IEとコントローラーを入手させる。通信端末を入手させる為に、IEの近くに置いておく。逃走経路は端末に送信。いくつかのルート候補を提示させる。私はボタンを押すだけだ。
そう、ボタンを押すだけで、人の人生を変える事が出来る。
このボタン一つで、ノエルの未来が変わる。

願わずには居られなかった。
目を閉じて、ボタンを、押す。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊

リノア「ハハ……、ハハハ…、何が倫理感だか。思い出してみれば、私はボタン一つで妹の運命を変えてるじゃないか。」

リノア「馬鹿みたい……」

まあ、無事なら無事でいい、逃げれたなら逃げたでいい。そこから先の人生はノエル自身の物だ。
逃げるお膳立てはしたけど、実際に逃げたのはノエルだ。だから、あの子が彼処から逃げたがって居たんだと、思うしかない。

リノア「元気でやりなよ、私の可愛い妹（ノーレア）」

おもいだしたことでえたものは、しょうじょへのけつべつ。
これからたどるのは、わかれたじぶんのいきるみち。
きざむさきは、たぶら・らさ。
あるいは、ここからはじまるぎゃくさいせい。