ENo.2332 セロ＝テスタメント

六命\x87A出会い編2

「着いたぞ。旅に必要なアイテムの品揃えも充分。話題の装飾屋だ。行列が出来る程の人気でな」
「装飾ですか？武器とかが欲しいんですけど」
ヨシュアが眉根を寄せてセロを見上げる。
おもむろに近くの装飾品を手に取ったセロは、ヨシュアにどーだとばかりに見せつけた。
「マナの力が宿った装飾ってのは、それだけ生死を分けるんだ。ほら、このブタのアップリケとか可愛いだろ」
「いや、ブタのアップリケなんていりませんからっ。それ手芸ですからっ」
「かわいい……」
「可愛いねっ！買っちゃおうかな」
「わかりやすいね、君」
呆れたように息をついたセロは、手を挙げて店員らしき女性を呼ぶ。
「まぁ冗談はさておき、とりあえず攻性魔法に耐えられそうな護符を二つ、見繕ってくれるか？」
「冗談なんだ……」
半眼をセロに向けながら、拳を握るヨシュア。
「こちら等いかがですか？」
出された装飾は、ごくごく一般的なタリスマンだった。
厄除けと大安を願って作られたお守りに、魔法的な防御術式を施して、襲い来る攻性魔法から身を守る。
円形の輪っかを重ねてピンクで色づけされた女性用の物と、ベルトやバックルに取り付けできる角張った男性用の物、どちらも品の良いデザインだ。
マリーエルとヨシュアには丁度良いかと、セロはそのまま購入した。
そのまま旅に必要そうなアイテムをどんどん注文していく。
オイル。厚手の布、携帯食料に、消毒液等の衣料品。
お嬢様ルックのマリーエルには履き物を見繕う。
「うっ」
その背後でヨシュアは固まっていた。
まるで頭蓋を叩かれたような衝撃がヨシュアを襲う。
「美しい……」
店員の女の子に目を奪われて動けなかったのだ。
流れるような金髪。すっと通った鼻先。年は自分と同じくらいだろうか１７，１８といったところだ。
きびきびとした動作で、テキパキと仕事をこなしながらもパーフェクトスマイルを浮かべている。
恐らく人生でそう何度も出会わないであろう、超絶美女であった。
「謎は解けた……」
この店が行列が出来るのは明らかにこの女性店員目当てに違いない。
「あの、お、お名前は……」
気づいた時には声をかけていた。
「はい？エリナ・ポートマンです」
「エリナさんですか……」
ふと殺気を感じてヨシュアは振り向いた。
「……ヨシュアさん？」
何故か不機嫌そうなマリーエルが鋭い視線を向けている。
本能的な恐怖に身を固めながら、ヨシュアはぎこちなく後退した。
「い、いえ、何でもないです」
エリナが、ありがとうございます、と元気に言うのを聞きながら、なんとかひねり出したのが、そんな言葉だった。
「なにやってんの、ヨシュア君」
萎縮して縮こまっていたヨシュアに渡されたのは、使い込まれたショートソードだ。
「こ、これは？」
「この店で扱ってる中古品。質の良い鋼使ってるから、それなりに重さはあるが、扱いやすいだろう」
「あざっす……あれ？依頼主僕じゃないか？」
ヨシュアが頭にはてなマークを出してる間に、セロはマリーエルへと視線を向ける。
「マリーエルは、もう持ってるな。何かあったら俺が捌くから、あんまり前には出るなよ」
「あ、はい。良く分かりましたね？」
「それ、フェルガナン工房産の魔石だろ？市販品じゃけっこうな値打ちものだ」
腰に下げたアミュレットを挿して言うセロに、手に取って見せる。
「家にあったのを持ってきたのですが、駄目だったでしょうか？」
「ちょっと扱いづらいかもしれないが、品質は保証されてる一級品だ。使わせずに済むように頑張るよ」
微笑みを向けてくるマリーエルに、笑み返してセロが続ける。
「で、具体的に言うと、どっちに向かえばいいんだ？」
「待って下さい。これからすることは他言無用でお願いします」
「クライアントの秘密は守るさ」
懐中時計を取り出しマリーエルが魔力を込める。
懐中時計にはめ込まれた宝石から、立ち上るように淡い光が粒となって漏れ出すと、やがて懐中時計の上で形となって集まり、南東の方向を指した印となって浮かび上がった。
「……ほぅ」
セロの目が細められた。
「何度見てもすごいな……」
呆然と呟くヨシュア。矢印の様な印は複雑な文様で形作られており、そのものが芸術品のようである。
魔力を秘めた道具は数あれど、魔力そのものが形を取るということはあまりない。
「あちらです」
指さすマリーエルの先には小高い丘があり、街の出口へ続く道が続いている。
その先に待っているのは、鬱蒼と生い茂る原生林だ。
この世界にあって、人の手があまり入っていない森は、獣や亜人種の領土である。
危険を承知で歩むのを決めているのか、マリーエルの表情は硬かった。

その様子を、装飾屋の前に並ぶ宿屋の2階から見下ろす陰が一つ。
「へぇ、あれってアークライトの秘宝、緑神の涙よね……。この新聞、あながち嘘じゃなくなるかもね……」

その様子を、旅行斡旋所から装飾屋への曲がり道、壁に身を寄せ、隠れながら見る影が一つ。
「うん。時計だ……必ず奪ってみせるよ」

客足も落ち着き、静けさを取り戻した店内では、ほっとエリナが一息ついていた。
なんの前触れもなく、唐突に横から声がかかった。
「やっほ」
ビクンっと驚いて視線を向ければ、背中に流れる艶やかな黒髪に、シスターの服装を崩したような服装の女性が立っている。
服の各所にデザインされた十字架やアクセサリーは、聖女というよりはロックだった。
「……クレアさん。もぅ驚かさないで下さいよ」
「お久しぶり、エリナ。元気にしてた？」
そう言ってカウンターの上にお土産らしき物体をストンと置く。
「元気だけが取り柄ですから」
「またまたご謙遜を。私が認める絶世の美女。この街一番の美人は間違いなく貴女よ」
「そ、そんな大げさなぁ」
ほっぺたに手をあてて頬を染めるエリナを、つんつんと指でつついて窓の外を指すクレア。
「男共が毎日列を作って買っていくのも、貴女を見たいからなのよ？」
エリナに熱い視線を向けるコアなファン達が手を振る。
すっかり日常になってしまった非日常の光景にクレアは苦笑する。
「おばあちゃんの装飾が使いやすいからですよ」
そう言ってニコニコ微笑むエリナを急に抱き寄せるクレア。
「あぁ、あんたの笑顔見てるだけで癒されるわ」
「もぅ、く、クレアさん」
ちくちくと頬に当たるアクセサリーに眉ねを寄せながら、過剰なスキンシップにもすっかり慣れたエリナは、やんわりとクレアを押し返す。
「いけずぅ。そうそう、エリナこの子知ってる？」
言ってクレアはポーチから透明な水晶を取り出した。
「マジックビジョンですね……綺麗……」
クレアの魔力に反応して、過去や離れた場所の様子を映し出すマジックビジョン。
映像を投影する前の虹のような輝きは、何度見ても見る者を飽きさせない。
やがて、うっすらと姿が見える。
金髪のツインテールの少女が映っていた。字幕でマリーエルと表示される。
なんでこんなに高機能なんだろうと頭の端で思いつつ、映った少女に直ぐに思い当たる。
「この子ですか？ついさっき買い物に来た子ですね。覚えてますよ」
「何処行くとか言ってなかった？」
「森の奥に行くみたいなので、護符を買って行かれましたけど」
「そっかぁ。街の外なんだぁ。どうしようかしら」
「クレアさん？」
顎に手をあてじっと考えるクレアに、エリナはほわんとした趣で首を傾ける。
「エリナ、最近テイマー学校の方はどうなの？」
「え、あー。そうですね、課題の猛獣のテイムがなかなか出来なくて、どうしようか困ってます。
卒業単位は順調に取得してるんですけど、実技がなかなか追いつかなくって……」
「そっか、んじゃ、今からあたしと捕まえに行こっか」
思わず、いいですね、と答えそうになって、目を白黒させるエリナ。
「え、えっ、い、今からですか？」
「あたしの護衛付きなら森の中でも怖くないでしょ？」
言って指を鳴らすクレア。
パチンとした音と共に、お土産だと思っていた包みが弾けて、中から小さな女の子のぬいぐるみが飛び出す。
高度な魔法で編み込まれた、絹を使ったリビングドールだ。
フリフリのドレスで着飾った衣装に、思わずかわいいと両手を組む。
立て看板のようなものを掲げて誇らしげに胸を張る。「クレア様最強！」と書かれていた。
「また、手の込んだもの作りましたね。リビングドールですか。可愛いですよこれ」
「一応私の感情の一部を複写したから、どっちかって言うと遠隔操作ね」
「今度はどんな薬品を使ったんですか……いえ、いいです。聞くのはやめておきます」
以前に聞いた気味の悪い薬品を思い出して身震いする。
「それはそうとして……どうしようかな」
「んっふっふつ。みんなが驚くような魔獣を仲間にしちゃいましょう」
またパチンと指をならすと、『魔獣ペットで街中大行進計画！』と文字が書き換えられる。
「魔獣ですか？嫌ですよ……羽ウサギとか、シマシマぶたさんとか、ふぁんしーなのがいいです」
「良いわね、それ私も欲しいかも」
「でしょっ、さすがクレアさん話が分かるっ。もぅあの羽のふわふわ感とか最高ですよね」
同意を得られたことに急にテンションを上げて喜ぶエリナ。
そんなエリナの頭をなでながら、学校ではこんなノリなんだろうなとクレアは目を細めた。
「シマぶたとかだっこしたいなぁ」
「通です、クレアさん通です」
頬を上気させて賛同するエリナに、微苦笑を浮かべて、これなら良いだろうとひとます安心するクレア。肝心なのはここからだった。
「テイム手伝うかわりに、ちょっとだけ私の方も手伝ってくれない？」
「手伝うって、何をですか？私がクレアさんのお手伝いできることなんて、あるとは思えませんけども」
「この水晶に映ってる子にちょっと用があってね、後を追いかけたいの。あなたトラッキング使えるでしょ？」
「追跡技術はテイムの基本ですからね。多分一時間以内なら後をつけるのは出来ると思いますけど」
「それって多分プロ級だと思うんだけど……いいわ、助かる。じゃ、お願いね」
「いつもお世話になってますし、クレアさんの頼みなら頑張ります」
言ってエリナは微笑むのだった。
そしてクレアは、あぁやっぱりこの子可愛いわ、と思うのであった。