ENo.2229 ヘッセ・ハーマンバルド

とりあえず故郷の世界の暦に倣って

Have a happy New Year!
皆々様方のこの一年が実り多きものになりますように。

ってのが楽師として腕前を披露した後の締めの言葉。

セルフォリーフでも一応暦の上じゃここが節目の季節らしいのか、
オルゼの街に滞在しているのもあって若干賑やかな雰囲気だ。
忙しそうに行き交う人も多かったから相手にされないかも知れないと思っていたが
新年に向けて祝い事の席が多くなったこともあって賑やかしにしばらく楽師として動いていた。
ダンスのための明るい一曲であったり、この一年を振り返るための酒の肴にする一曲だったり
世界が違ってもこういう事に音楽がつきものなのはどこも共通なのかな。
お陰で俺は結構楽しく過ごせている。若干喉が痛むけど、まぁ許容範囲だ。

危機の只中にあるセルフォリーフだけど一刻でもそれを忘れて楽しんでもらえたのなら楽師冥利に尽きる。
勿論そろそろ傭兵として動かないと、旅に出たい欲が抑え切れそうにない。
旅立つ準備は万端だし、いつでも出かけられる。やり残したことは無いかと確認していてふと気づいた。
節目の季節に家族に向けての手紙を書くことを忘れていたのだ。
世界が分割されてても手紙って届くのかな、とかいやでも救援依頼を出せる技術があるなら…とか
色々考えていたけれど埒があかないのでとりあえず郵便関係の施設を教えてもらった。
そこで聞いてみた所ある程度制限はあるものの手紙のやり取りは可能らしい。
素直にセルフォリーフの輸送技術に感心した。どういう仕組みなのかはさっぱりだけど。

便箋と封筒を買ってすぐ宿に戻り、筆記具を借りて手紙を書き始めてはみるが
筆の進み具合はあまり芳しくない。
経験した物事の大きさや多さは確かに伝えたいことだけれど、全部を伝えきれる自信はないし
一番大きな引っかかりになっているのは家族に対しての後ろめたさなのかなと書きながら思う。

口に出すと恥ずかしい事だからめったに言わないけれど
本当に俺は家族に愛されていたし俺も種族の違う両親を愛している。
エルフと人間が一緒に暮らすことなど双方にとって良くない結果になると散々周囲から反対されていたし
俺に対しての風当たりも相当強かったと思うけどそれでも二人と一緒に居られて幸せだったと思う。
でもいつか俺の存在が二人の重荷になるんじゃないかと薄々感づいていたし、
それが現実としてつきつけられたのは両親にとっての本当の子供である妹ができたからだ。
嬉しかった気持ちと同時に理解してしまった。
まだ生まれても居なかったけれど、彼女の存在が俺と両親の間にある時間の絶対的な差を思い知らせてくれた。
だって考えてもみろよ、生まれた妹が物心つく頃に俺はよぼよぼの爺さんか下手すりゃ死んでいるかも知れないんだぜ。
それってお互いにとって残酷すぎやしないか。

筆が荒れて文字を書き損じた所ではっとして現実に戻った。
失敗した文字列をぼんやり見つめた後、ため息ひとつ吐いて新しい便箋に書きなおす。

別に逃げ出したかった訳じゃなくて、ただ、俺の時間は家族と過ごすには短すぎた。それだけだ。

愛着が少し湧いたオルゼに別れを告げて街を出る。書き終えた手紙は封をして出掛けに配達を頼んだ。
無事届くことを願う反面、届かなくても構わないという投げやりな気持ちがよぎる。
寒空の下歩きながら故郷の歌をハミングする、これは郷愁じゃない、そうであってはならないと思いながら。