ENo.1951 メリム・ファルトリア

◆◆◆　舞台裏　◆◆◆

妖精郷ファルトリアには、雪が深々と降っていた。
そんなファルトリアの居住地の中心部に、小さな家が建っていた。

その家の一室で、人間の掌サイズの妖精がベッドに仰向けに寝転がっている。
肩にかかるか、かからないか程度の長さに切りそろえられた銀髪と、ルビーのように紅い目。
そして、黒を基調とした、ノースリーブの少しぴっちりとした服に、フリルがついたスカートを穿いている。
浮いている体のラインはスレンダーなものであり、胸の部分に膨らみは殆ど見えない。

彼女の名前はフェア・ファルトリア。
妖精郷ファルトリアの創世者にして、強大な力を持つ『変化』の妖精である。

「…………メリムちゃんが旅立って10日目、かー」

フェアの視線の先が歪み、セリフォリーフにいるメリムの映像が現れた。
フェアはメリムが旅立ってから、毎日その道程を見守っていた。
変化を司るフェアにとって、空間を捻じ曲げて異なる場所を見ることなど造作もないことだ。

「あれっ、フェアったらメリムのこと見たりしてるの？」

その時、部屋の扉が開いて１人の眼鏡をかけた人間サイズの女の子が中に入ってきた。
長い黒髪を２つに分けて三つ編みにしており、丸っこく愛らしい黒色の目をしている。

この少女の名前はミカ・ファルトリアという。
見た目は人間だが、齢1000歳を超える半妖精であり、ここファルトリアの管理人をしている。

「わーい、ミカだー！　もうお仕事終わったの？」

フェアは嬉しそうに体を起こすと、映像を消してミカのほうへと飛んでいった。

「うん、今日は雪でやることも少なかったし、全部終わっちゃった。
　それでフェアとお茶でも飲もうと思って」

「んー？　他の子たちはー？」

「ティリエは依頼されてた武器が完成したから届けてくるって。エレンはまた本を買いに行ったよ。
　だから今残ってるのは私達だけってわけ」

ミカはフェアの質問に答えながら、部屋の中央に机と椅子、更にティーセットやお菓子を作り出した。
その様子は非常に手馴れていて、あっという間に温かい紅茶とお茶請けのクッキーが用意された。

「んー♪　ミカの淹れた紅茶はおいしいから大好きだよー！」

他世界に行ったときに不自由しないように、ファルトリアでは基本的に人間サイズの家具で生活する。
フェアはふわりと浮き上がると、用意されたストローを使って紅茶を飲んでいく。

「えへへ、やっぱりそう言ってもらえると嬉しいね」

ミカはフェアの向かいに腰掛け、ゆったりと紅茶を口にする。
フェアはクッキーに勢いよく齧りつき、バリボリとおいしそうに食べていく。

「そうだ、フェア。メリムの様子はどんな感じなの？」

しばらくたって、新しい紅茶をカップに注ぎながら、思い出したようにミカが尋ねた。
フェアはクッキーに齧りつくのを止め、少し考える仕草を見せた。

「うーん、上手くやってると思うよ。
　いきなり山岳を強行軍したのにはびっくりしたけど、心配だったのはそれくらいかなー」

アップルさん撃破後に山岳で一敗したが、それ以外は順調と言ってよいだろう。
それに、たとえ戦闘に敗北したとしても殺されたり不具にされたりといった障碍が発生しない世界なのも確認済みだ。
もっとも、そうなったところで妖精であるメリムは時間さえかければ元の状態に戻ることができるのだが。

「そう、よかった……大丈夫だとは思ってたけど、やっぱり心配にはなるから……
　あっ、そうだ。メリムの様子とか見れたりするかな？」

「じゃあ折角だから、出て行ってすぐの時から見てみる？
　メリムちゃんったら、ものすごく成長してるよー」

フェアがそう言うが早いか、過去のメリムの映像が映し出される。
動きこそは危なっかしいが、戦えていないというほどではない。
もっとも、熟練の戦士であるミカから見れば、その動きは稚拙以外の何物でもない。

「んっ……？　あれ、この力……？」

しかしミカが反応を示したのは、メリムの動きではなく力だった。
５日目にメリムが初めて使った、呪詛の力だ。

「これ……もしかしてネクロマンシー？　どうしてこんな力を……？」

ネクロマンシーとは死霊を操る魔法系統の一種である。
メリムがファルトリアを旅立ったときには、有していなかった力だ。
勿論、一朝一夕に身に着けることが出来るものではない。

「そっか、なるほどね……フェアったら、これを見せるために私をここに呼んだんでしょ？」
「んー？　何のことかなー？」

ミカが質問しても、フェアは笑顔を浮かべたままクッキーを食べている。

「ティリエとエレンが２人して出かけた時にちょっと違和感があったけど……
　今日雪を降らせて仕事量を少なくしたことも、みんなを出かけさせて私とフェアだけしかいないようにしたことも、
　私がここに来たときにメリムのことを見てたことも、全部こうやってメリムのことを話題にするためだったんでしょ？」

ミカは笑顔でそこまで言い切って、少し冷めた紅茶に口をつけた。

「やぁん、ミカったら相変わらず聡いんだからぁ♪
　せっかくティリエちゃんとエレンちゃんにも協力してもらったのに、あっさり見破っちゃうだなんてー」

フェアは頬に手を当てて、わざとらしくいやいやをしてみせる。

「フェアも相変わらず回りくどいことが好きだよね。私も楽しんでるから別にいいけど……
　それで、ちゃんと説明してくれるんでしょ？」

ミカが紅茶のカップを置き、フェアがクッキーから離れると、それらが一瞬にして虚空へと消えた。
クッキーの滓で汚れていたフェアの服や体も、一瞬にして綺麗な状態へと変化する。

「そうだねー……メリムちゃんが使ってるネクロマンシーって、魔法自体はすごく複雑なものなんだよね。
　今はまだ、メリムちゃんが力を使いこなせてないせいで、結果として極々弱いものになっちゃってるけど。
　で、問題はこれをメリムちゃんがどうやって使えるようになったか、なんだよね」

先ほどまでとは打って変わって、ミカは真剣な面持ちでフェアの話を聞いている。

「今までネクロマンシーを使ったことない人が、こんな魔法を使おうだなんて、たとえ呪具の助けがあったとしても無理だよ。
　使えたとしても、これだけの死霊を操ってるんだから、下手をしなくても逆に自分が魂を食われて消滅しちゃう。
　でも、メリムちゃんはちゃんと使えてる。しかも練習なんか一切してなくて、唐突に。
　だから……きっとメリムちゃんは昔から、ネクロマンシーをよく使ってたんじゃないかなって」

「記憶がない時代でってこと？　でも、メリムは『針』の妖精だし、ネクロマンシーを使ってたとは思えないけど……」

「そこなんだよね。ミカは、メリムちゃんが『針』の妖精じゃないって考えたことはある？」

「えっ……？」

「私達はね、自分が何の妖精かだなんて、記憶と感覚と能力とを頼りに判断するしかないんだよね。
　それで、メリムちゃんは自分のことを『針』の妖精だって言ってるし、実際針の扱いは上手だよ。
　でも、セルフォリーフに行ってからのメリムちゃんの様子を見てると、どうもそれだと上手く説明できないんだよねー」

フェアの周りに、更にいくつもの映像が浮かび上がる。
死霊を操っている映像に加え、槍を使っている映像、周囲に毒花を咲かせている映像が流される。

「確かにメリムちゃんは針を使って攻撃してる。でも針以外のものも作り出してる。
　ネクロマンシーも使ってるし、大地の力も使えてる。それも、誰もが使えるような簡単な魔法ではない形でね。
　そして一番問題なのが、こういった強力な力を誰からも教わることなく、突然使えるようになってることなんだよね。
　一応、昔努力して身に着けた魔法っていう可能性もあるけど……どうもそんな感じがしないの。
　これを『針』の妖精だから、で済ませるのはちょっと無理があると思わない？」

ミカは俯いて少しの間考えると、ゆっくりと自分の考えを口にした。

「…………精神、操作？」

「じゃないかなー、と思ってるんだよね。
　実際、４日目くらいにメリムちゃんに精神干渉を仕掛けてきた子がいるの。
　随分と念入りに跡を隠蔽してたから、気づくのに時間がかかっちゃったけど。
　ネクロマンシーを使えるようになったのはその翌日みたいだし、その子はメリムちゃんの過去を知ってるのかもね。
　そういった子が黒幕なら、メリムちゃんの記憶を変えちゃうことだって簡単にできるんじゃないかなー」

それに、と一旦言葉を区切ってフェアは続ける。

「そう考えると、あのひとっていう存在自体がどこか変だよね。まるで楔みたい。
　面影すら分からないのに、100年以上メリムちゃんの心の大部分を占め続けるだなんてね」

「それで、気になるから私にも情報を集めるのを手伝って欲しいってわけだね。
　どうせもう、ティリエやエレンにも頼んであるんでしょ？」

「さすがミカだね。話が早くて助かるよー♪」

「あっ……でも、１つ気になることがあるんだけど……
　仮に記憶を改竄したとするなら、なんで『針』の妖精だなんて変なものにしたんだろう？
　別にフェアの話を聞く限りでは、『霊』だったり、もっと無難に『土』の妖精でもよかったと思うの」

ミカの質問に、フェアは首をかしげながら答えた。

「うーん、まだこれは想像だけど、皮肉……あるいはただの願掛けかも」

「願掛け？」

「そうだねー……ミカはパッチワークを作るときはどうやって作る？」

「パッチワークを作るとき？
　それだったら、いくつかの布を用意して、それから針と糸で縫い合わせて作るけど……」

「うん、だから……メリムちゃんが『針』の妖精ってことになってるのも、そういうことじゃないかなって」

フェアの返答に、今度はミカが首をかしげた。

「うーん……よく分からないんだけど……」

「あははは、まあこれはあくまで単なる想像だから。気にしなくてもいいと思うよー？
　それに、これから調べる内に分かっていくことだろうからね」

「うー……気になるけど、どうせ詳しく説明してはくれないんでしょ？
　そういうところは、意地悪なんだから……」

「もう、ミカったら分かってるくせにー♪」

フェアは手をぱたぱたと動かして、からかうように笑った。

「フェアったら……それじゃあ、私も出かけてこようかな。
　それで、私はどんなことについて調べてくればいいの？」

「んー……そうだねー、それじゃあ…………」