ENo.1911 オーラム＝ビロード

黒。変わらぬことの象徴。不変の色。
また、変われぬことの象徴でもある。変わってしまったが故に、もう変われない。
黒。それは子ども時代の終わりを示す、大人の色。

猫の世界でも次のような言葉で讃えられている。
『ただ一つ真理があるとすれば、白猫は黒に染にゃれ！』

その真理を信じたかどうかは知らないが、ここにも一匹の黒猫がいる。オーラム＝ビロード。雌。歳の頃は10猫歳。二足歩行して道具を操ること以外には取り立てて注目すべきことの無い黒猫である。
そんなどこにでもいる黒猫は、のんびりと夜を過ごしていた。
と、そこへ澄んだ声が響いた。

？？？「ようやく見つけましたよ、駄猫」

びくんと猫の肩が跳ねる。
ギリギリと音を立てるゼンマイ人形のように、ゆっくりゆっくり首だけを後ろに向ける、、、誰もいない。
目をひしと凝らし、ぐるりと辺りを見回す。誰もいない。
黒猫は自分の幻聴に安堵した。気のせいだ。そりゃそうだ。黒猫が考えた声の主はまったく別の世界にいるのだから。

？？？「気のせい？私の声も忘れましたか。本当に無能だこと。」

黒猫の肩がびくんびくんと揺れ、さあと汗が吹き出す。猫に汗をかく器官は無いから雰囲気だが。
黒猫は、震える声で暗闇へと言葉を投げる。

「ま、マス、タァー……？」

master「ええ。どこをほっつき歩いているのかと思えば、そんな場所で何をしているのです、アナタは。」

「い、いいい家で、い、家出にゃ！」

master「家出……？また珍妙な……。ああ、まだあのことで怒っているのですか。」

「あ、当たり前にゃ！マスターがいけにゃいのじゃにゃいか！アタシのとっときのプリン食べたのそっちにゃ！！」

master「だから謝ったでしょう。それに、代わりにドーナツも買っておいたはずですが。」

「『あぁ食べましたから。ごちそうさま。』って言われて謝罪だと思うかにゃ！あとあたしがドーナツ嫌いなの知ってるはずにゃ！！」

master「なるほど。伝わっていなかったのですね。『ごちそうさま』は私のクニの言葉で「美味かった。では腹切って詫びよう」という意味も含んでいるのですよ。」

「意味わかんにゃいし！文脈繋がってにゃいし！にゃによりマスターとあたしの故郷は一緒じゃにゃいか！聞いたこともにゃいわ、そんな意味！！」

master「うるさい。ドーナツ食べさせますよ。」

「やっぱりわざとじゃにゃいか！」

master「仕方ありませんね。あの件は私が悪かったとしておきましょう。さ、済んだことはこれで終わりです。行きますよ、駄猫。」

「にゃ？」

master「行きますよ。ほら、さっさとしなさい。同行者を待たせているのでしょう？」

「いや、夜だしアイちゃん達寝てるにゃ。それに、見つかっちゃたにゃらそっち帰ろッかにゃーっと。」

master「ダメです。客が来ています。駄猫の居場所はありません。」

「客が来てるならそっちの相手しろにゃ！」

master「彼女がやってますから。」

「手伝いしたらいいんじゃにゃい？」

master「面倒です。つべこべ言わず従いなさい、駄猫。」

そういうわけで、猫に監視が付いた。