ENo.179 雑草王女

第９話『雑草王女の食いしん坊バンザイ！〜知るかバカ！そんなことよりお食事だ！〜』

　作戦行動中を除くなら、絃繰緑の１日の食事、そのカロリーの総量が１０万キロカロリーを下回ることは無い。
オリンピッククラスのアスリートですら、日に１万キロカロリー以上を摂ることは容易ではない。
おにぎりなら５００個に相当するカロリー数だ。
スポーツのレベルでは到底燃焼できる食生活ではない。
しかし、当の緑はといえば、肥満体でもなければ、巨体でもない。
むしろおにぎりの一つも食べれば満腹となりそうな、小柄な少女である。
この少女のどこが尋常ならざるカロリーを消費するのか。
この少女に何故それだけの栄養が必要なのか。

みどり「歩行雑草を生み出すためにはマナが必要。そのマナを作り出すにはそれ相応の食事量が必要になるの。」

　歩行雑草を生み出すため、緑は食べ続けなければならない。
食べても食べても燃焼されたカロリーはマナへと還元されていく。
満腹中枢などはとうの昔に麻痺している。
マナが飽和状態を迎えた時が箸を置く時だ。

みどり「さあ、攻略開始ね。」

　減少したマナを補充するため、単身ツァオベラー・フェストにやって来た緑の『戦い』が今始まる。

　　＋　　　＋　　　＋

「よう、留守番か？」

えにし「ええ、まあ・・・」

「じゃあ、こっちと同じか。」

えにし「え？」

「チャチャが勝手に飛んで行ってしまった。多分祭りに行ったんだと思うが・・・まあ、メシまでには帰って来るだろ。」

　妹が祭りの中に居る間、兄は留守番をしていた。
ＡＫＡＺＯＮＡＥの片割れたるＹＫＩＭＲＡも同様だ。

「そういえばこうしてサシで話すのは初めてだな？」

えにし「あ、はい・・・」

「お互い連れ同士はよく喋ってるんだが・・・ああ、いや、あれは喋ってるとは言えないか。何しろ会話が成立してないからな。」

えにし「はは、そうですね・・・」

　チャチャのややシュールな振りに、キャッチボールをする気の無い緑というどうしようもない組み合わせ。
放置すれば本格的な諍いが起こりかねないところだが、それを何とか食い止めているのはそれぞれの相棒だ。

「しかし、何だ、いつもチャチャが済まんな。本人に悪気は無いんだが、その、ちょっとな、妖精というのは思慮に欠けるというか・・・」

えにし「ああ、いえ、とんでもないです。こっちこそ緑がすいません。いつもあんな感じで・・・」

　二人とも今回に限らず苦労しているのであろう。
共に巨体ではあるが何とも言えぬ哀愁が漂っている。

「はは、相棒のことじゃお互い苦労するな。」

えにし「いえ、そんな・・・僕は緑なしじゃ生きられませんから・・・」

「え？」

えにし「あ、いや、その、変な意味じゃなくて・・・緑からマナを貰い続けないと、僕は生きていけないんです。だから・・・」

「そうか、なるほどな・・・」

　ある意味では似た者同士であるＹＫＩＭＲＡと縁ではあるが、別の部分では全く真逆の立場にある。
ＡＫＡＺＯＮＡＥというユニットは最悪ＹＫＩＭＲＡ単体でも成り立つが、
縁は緑なしには生命の存続すらままならない。
ＹＫＩＭＲＡは虹色天幕の正式な団員であるが、縁は準構成員に過ぎない。
主従で言うならＹＫＩＭＲＡは主だが、縁は従に過ぎないのだ。

「その、何だ、辛い時は言えよ。俺たちは一応仲間だからな。」

　見た目とは裏腹に弱々しい少年に同情を覚えたのか、ＹＫＩＭＲＡは自身でも思いも掛けないようなことを口走ってしまった。

えにし「ありがとうございます。でも、別に辛くは無いんです。そもそも緑が僕を助けてくれなかったら僕は生きてはいないし、それに、昔母に言われたんです。妹を守るようにって。」

　縁の口調は訥々と静かに、だが、いつになく強さを感じさせるものであった。
ＹＫＩＭＲＡはそこに、あの巨大な歩行雑草の姿を重ね合わせた。
この長身ながらもひ弱な少年が巨大な歩行雑草へと変化する点に今でも違和感を感じていたＹＫＩＭＲＡではあったが、
今ようやく腑に落ちた気がした。
巨大な歩行雑草の威容は、そのままこの少年の内に秘めた意志の強さが具現化したものではないかと。

　　＋　　　＋　　　＋

　さて、そんな兄の思いを知ってか知らずか、妹は・・・食べていた。むしろ、貪っていた。

みどり「（少々予定とは違ってしまったけど・・・いいわ。それならそれで・・・）」

ざわ・・・ざわ・・・

緑が皿を置くたび、起こるざわめき！

ざわ・・・ざわ・・・

消える！
消える！
店のメニューが次々に消える！

ざわ・・・ざわ・・・

山！
山！
死屍累々！
材料を失い、店員が倒された、屋台の山！

　なるべく目立たず、かつ可能な限り大量の食料を摂取する。
その計画が何故このようなことになってしまったのか。

みどり「（別に失敗ではないわ。多少計画と違っただけで栄養は十二分に摂取できる。ここからはスピード重視といきましょう。）」

　自分に言い聞かせながら、緑が集中力を高める。
今できることを最大限に最速で。
余計なことを考えればそれだけで脳が無駄にエネルギーを消費する。
意識を研ぎ澄まし、尖らせる。
そこから繰り出された早業を目の当たりにして、あるギャラリーはこう振り返っている。

　　　　　　　　，. -‐'''''””¨¨¨ヽ
　　　　　　 (.＿＿_，，，... -ｧァﾌ|　　　　　　　　　　あ…ありのままその時　起こった事を話すぜ！
　　　　　 |i i|　　 }!　}} /／|
　　　　　　 |l､{　　j}　/，，ｨ//｜　　　　　　　『奴の前に皿が出されたと
　　　　　　　 i|:!ヾ､_ﾉ／ u {:}//ﾍ　　　　　　　　思ったらいつのまにか皿の上の食べ物が消えていた』
　　　　　　　 |ﾘ u' }　，ﾉ　_，!V，ﾊ |
　　　　／´fト､_{ﾙ{，ィ'ｅﾗ　，ﾀ人　　　　　　　　な…　何を言ってるのか　わからねーと思うが
　　　　 /' 　ヾ|宀| {´，)⌒`/ |＜ヽﾄiゝ　　　　　　　　おれも何が起こったのかわからなかった…
　　　　，ﾞ　／ )ヽ iLﾚ　u' |　| ヾｌﾄﾊ〉
　　　 |／_／　ﾊ !ニ⊇　'／:} 　V:::::ヽ　　　　　　　　頭がどうにかなりそうだった…
　　　 /／二二二7'T'' ／u'　__ /:::::::/｀ヽ
　　　/'´r　-―一ｧ‐ﾞＴ´　'”´ ／::::／-‐ 　＼　　　　催眠術だとか超スピードだとか
　　 / // 　广¨´ 　/'　　／:::::／´￣｀ヽ ⌒ヽ　　　　そんなチャチなもんじゃあ　断じてねえ
　　ﾉ ' /　ノ:::::`ー-､___／:::::／/ 　　　ヽ　　}
_／｀丶　/::::::::::::::::::::::::::￣`ー-{:::...　　　　　　ｲ　もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

　種明かしをすれば瞬間移動でもなく時間操作でもなく、
ただ凄まじい速さで食べているだけという話なのだが・・・
淀み無く、無駄な動きを省き、音も立てずに食べるが故に、
超常的な特殊能力を使っているかのような錯覚を与える。
これはこれである意味で特殊能力と言えるのかもしれないが、
それこそ緑が持つ誰にも真似できない特殊能力に比べれば、
鍛錬次第で身に着けることができる程度のもので、
特技とでも称するのが相応しいものだ。
当の緑からするならば、効率を突き詰めた結果こうなっただけの話。

　とはいえ、本人以外はそうは思わない。
魔法であれ手品であれ、種も仕掛けもわからない者には区別が付かない。

　周囲の誤解がより深まったのは、ここに多くの魔術師が居たことに因る所も大きい。
魔術を使うでもなく、魔力の反応も無い。
だが常人の理解を超えるような速度で食物が消えて行く。
ということは、あの少女はここに居る誰も及びも付かないような超魔術の使い手ではないか。
はたまた誰も理解の及ばないような特殊な能力を使っているのではないか。
飛び交い行き交う、誤解、憶測、妄想、無知、幻想。
そうした混沌の中で作り上げられていくイメージ。

　大怪獣。

　さしずめそんなところか。
それこそ、今ここで緑が『我こそは雑草王女である』と宣言したならば、充分に信用を得られたであろう。

みどり「ただ食事をしているだけだというのにこんなことになるなんて・・・やれやれね。本当に頭がどうにかなりそうだわ。」

　周囲のざわめきも他所に、緑は食べ続けた。
そして・・・

　　＋　　　＋　　　＋

えにし「あ、緑・・・おかえり。どうだった？」

みどり「計画とは多少違ったけど、マナは十分に補充できたわ。」

えにし「そうか。良かったね。」

みどり「ええ、これで明日の敵もどうにかできそうだわ。」

えにし「そうだね。あれ？緑、それ・・・」

　縁は緑の持っている荷物に目を止めた。

みどり「お土産よ。」

えにし「あ、ありがとう。」

みどり「べっ、別にお兄ちゃんのために買って来たんじゃないんだからねっ！・・・とでも言った方が良かったかしら？」

えにし「ああ、いや、それは別にいいよ。でも、ありがとう。」

　緑が食べた料理が少しずつ小分けにして詰められた折詰。

みどり「ほぼ全種入ってるわ。量は少しずつだから、全部食べられるでしょう？」

えにし「うん、これなら大丈夫。ありがとう。」

　一見すれば食べ残しを入れたようにすら見えるが、
緑とは対照的に、人並み外れた巨体でありながら少食の縁に対する配慮である。

みどり「しかし、やっぱり人混みは疲れるわね。風呂に入ってすぐ寝るわ。」

えにし「そうだね、お疲れ様。」

　その晩、双子は同じ夢を見た。
幼き日、母に連れられて行った夏祭りの夢である。
それは、吉兆か、それとも凶兆か。
まだ誰も知らない。