ENo.1774 募集中

「やれやれ、戦力の減退は否めないな」

ジルがため息を吐いた。
僕達は今、海からの襲撃者を撃退した所だ。
どこかの冒険者にワカメマンとか呼ばれていたか。

「…いつもなら、そろそろ全快してても良い頃なんだけど……面倒をかけてすまない。」
「終わったことをいつまでも言うつもりはない。せめてこれからのために回復に専念すべきだろう、が手段は限られている…」

ワカメマンの撃退に時間が掛かったのは、僕の怪我がいつまでも回復しないせいだ。
ジルが肩をすくめながら言った通り、いつまでもこんな状態でいる訳にはいかない。

「…治療はして貰ったから、あとは寝るか、食べるか…」

ふと、ワカメマンを振り返る。

「どうした？これが何か？」

随分昔の話だが、こんな物体の浮いた料理を食べた事があるのを思い出した。
しかし目の前に倒れているコレを見ても食欲なんか沸かない。寧ろ減退しそうだ。

「…いや、…この世界に来る前、東の国ではこんなのが料理されていたな、と…」
「料理？東の国の料理といっても種類が豊富だが、君が指しているのはどれかね？それとこれと何の関係が…」

ジルが可愛らしく首をかしげながら言う。

「よく覚えていないんだけど…味噌スープとか言ったかな…。
　僕は今、君と共に居て満たされている筈だけれど、それでも回復力が衰えているのは食料が足りないから…かも知れない。
　君の料理は素晴らしいし、今まで不足は感じなかったが、怪我を治すにはやっぱり栄養が必要なのかと…」

ジルの料理に不満があると思われてはいけないと語った僕の言葉を

「相変わらず君の賛辞は冗長だな。もっと簡潔に言えないのかね。時間の無駄だ。」

ジルは一刀両断した。
さすが刀使いだ。

「…ふむ、味噌スープか…」

ジルがワカメマンを見つめている。

「ぜんぜん言い足りないぐらいだけど…」

ぼそっと訴えてみるがジルは聞いてくれない。

「とにかく君に今必要なのは休息だ。
　さっさと今夜の野宿の支度をしておきたまえ。こいつの後始末は私がしておこう。」

肩をすくめる。
思わずした動作だったが、今のちょっとジルっぽかったかもしれない。
ジルの為にも僕の為にも、今はジルの言う通りにするのが良さそうだ。
荷物を拾って夜営し易そうな場所を探す。

次の朝、いつもとは違う類の匂いに目を覚ました。

「…おはよう、ジル…？」
「あぁおはよう。感謝したまえ、君のリクエストに応えたぞ。」

ジルは湯気の立つ鍋をかき回している。

「リクエスト？」

僕、何か言ったっけ。
ジルにして欲しい事はいっぱいあるけれど、心の中でしか言っていない筈だ。
ちょっとだけマリアに言ったかも知れないけど。
考えながら、鍋を覗き込んだ。

「………ジル、昨日の「後始末」って…」
「なんだ、何か不満が？君の言う栄養のあるものだぞ。」

ジルがむっと顔をしかめる。

「いや、凄くとても嬉しいが、思いもよらなかったせいでちょっとビックリしただけさ！」

鍋を満たす、つぶつぶの黄土色の液体に浮かぶのは、ぬるっとした、とても見覚えのある深緑色の物体。
まさかのゲテモノ料理、しかしこれの製作者はジル、
そして不機嫌そうになったジルを何とかしなければ…と考えた僕が多少混乱した事ぐらい許して欲しい。

「”凄く”と”とても”はどちらかにしてから喋りたまえ。
　…それはさて置き今の食材で栄養のあるものには限度があるからな、
　食べられそうな野生の食材があれば積極的に取り入れて見ることにした。」

言いつつ、液体を器によそってくれる。もちろん、１人分だ。

「…ありがとう、とても嬉しい。……ジルの分は？」

器を受け取る。
ジルが僕に作ってくれた料理だ。
例えどんなゲテモノでも食べないと言う選択肢は無い。

「いつもの奴で充分だ、気にせず食べるがいい。」
「い、いただきます…」

ジルが僕を見ている。
心の準備に多少は間をおいたが、スプーン一杯を口に含む。
その瞬間、僕は新しい世界の扉を開いた。

「…ッじる、美味しいよ！とても！凄く美味しい！」

奇跡かも知れない。
いや、ジルの料理が美味しいのは当然だが、これほどの味が存在するなんて！

「これはジルも食べた方が良いよ！」

もしかしたら、何億分の一の確率で出来る超最高傑作かもしれない。
僕の態度がジルを驚かせてしまった様だが、これを食べればジルも納得するだろう。

「あ、あぁそうか。良かったな…いや私は遠慮しておこう海藻アレルギーだからな。」
「何だって！？それは勿体無い、凄く…。」

何と言う事だ…この奇跡を味わう事が出来ないだなんて…

「おかわりもあるから…全部食べていいぞ…？」
「今までの料理も美味しかったけど、これは…ありがとうジル、絶対に残さず食べるよ！」

ジルと共有する事が出来ないのはとても残念だが、せめてこの奇跡を無駄にする事など絶対にしない。

「おいネフィル…ワカメマンが来てるぞ」
「戦闘準備は万端だよ！」