ENo.1519 ブルートシュタイン

もうすぐ新年というある日の午後。
いつものお茶の時間に、ルーシュ達の故郷からお茶のテーブルが召喚される。

「お、今日はずいぶん甘い匂いがするな」
「ザッハトルテをリクエストしていたんだ。エリックはこのケーキは初めて？」
「かもな〜。ふつうのチョコケーキに比べるとずいぶん品のいいケーキだな」
「俺の故郷の代表菓子だ。うまいぞ〜」

合流して間もない頃はテーブルが召喚されるという現象を不思議がっていたエリックも最近は追及する事を諦めたのか、それについてフリードを質問攻めにすることもなくなった。
当たり前のように三人で仲良くテーブルを囲み、和やかなお茶の時間を過ごす。

「お、そうだ」

ルーシュがポケットから封筒を取り出し、ポットの下にそっとはさんだ、

「それは？ルーシュ」
「新年を故郷で過ごせないことの、まあ詫び状かな。フリードは学校がらみでのんびり故郷に帰っている場合じゃないだろう？俺一人で帰ったりしたら叔母上に怒られそうだし…」
「うーん…帰れない事もないんだけど、確かにドタバタして大変かも…」

クリスマスから新年にかけて、毎年フリードと叔母を招いてルーシュの屋敷で過ごしていた。今年はエリックも招いて大人数で楽しく…と考えていたのだけれど、思いの他フリードの学校行事が忙しそうで、彼の体調を気遣いこの街でささやかに新年を迎える事にしたのだ。

（母上達は寂しがるかもしれないなあ…）

故郷に帰れない寂しさと、初めて子供だけで過ごす事へのかすかな解放感を感じながら、ルーシュは故郷へと帰還していくテーブルを見つめていた。

その数日後。
定刻に召喚したテーブルに、いつものお茶セットと一緒に大きな箱が乗せられていた。
面白そうにエリックが箱を持ち上げる。

「今度は何をリクエストしたんだよ？茶菓子にしては妙にデカイなあ」
「エリック…何かわからないものにうかつに触るのはどうだろう…」
「お、手紙があるぞ？」
「どれ？」

箱を飾るリボンの間に、青い封筒が添えられていた。かすかにスミレの香がする。
ルーシュの母・サフィーロが愛用している香水だ。
手紙には、新年をともに過ごせなく残念に思う、ついては新年のパーティ用に用意した衣装を贈るので、せめて着飾った姿を魔法映像で送ってほしい、と綴られていた。

「出入りの行商人が持ってきたんだとよ。キモノ、だって。エリック知ってるか？」
「ん〜オレの故郷のじゃないな。魔法映像かあ…フリード使える？」
「学校で習ってるでしょ！着物は本で読んだよ。東の方の衣装だね。あ、三人分ある」

フリードが箱の中身を広げる。幾何学模様の青い着物と深い紺色の帯、華やかな花模様の深紅の着物と紫の帯、そして可憐な小花柄の翠の着物と若草色の帯がそれぞれ綺麗に畳まれ、薄い紙に包まれていた。

「母上の事だから、瞳の色に合わせて衣装を選んでくれているんだろうな。青は俺、赤はエリック、翠はフリードってとこか」
「これがオレのか…ふうん、悪くないな」

エリックがさっそく羽織ってみる。白い肌に深紅がきれいに映えた。馬子にも衣装…そんな言葉がルーシュの頭の浮かぶ。
ふと傍らをみれば、フリードが翠の着物を前にわなわなとふるえていた。

「フリード、どうし…」
「わー！ルーシュのバカバカ！！！」

突然フリードが暴れだす。杖を振り回しルーシュをタコ殴りにする。
わけもわからず猛攻にひたすら耐え、隙を見てルーシュはフリードの腕を抑え込んだ。

「とりあえず落ち着け。…いったいどうした？」
「僕の着物…振袖なんだ…」
「へ？」
「女の子用ってこと！」

見れば青い着物と、深紅、翠の着物とでは袖の長さがまったく違う。
フリードの説明によれば、袖の長い着物は「振袖」というもので、若い女性が着るものなのだそうだ。

「母上の事だから、そんな外国の衣装の知識ないと思うけど…偶然、選んだ色の着物が女物だった、って事じゃないのか？」
「サフィーロ様に悪意がないのはわかるけれど、だから余計になんだか腹立たしいんだよ！」
「だからってなんで俺が罵倒されて殴られないといけないんだ！」
「八つ当たりくらいさせてよ！」
「おまえなあ…」

そんな騒動にまったく構わず、エリックは着物を羽織ったままテーブルにつき、さっさとお茶の支度をはじめている。

「お？おーい、フリード、ルーシュ。箱の中に髪飾りも入っていたぞ。」
「へ？」
「二つ。一つは間違えなくおまえのぶんだな、フリード」

エリックがいい笑顔でつまみ上げた髪飾りは、フリードの誕生花、ブルースターをかたどったものだった。
フリードとルーシュの周りの空気が一気に凍りつく。

「…母上、本当はわかっていてお前に女装させたいだけかもな…」
「…ルーシュ、もう一回だけ全力で殴らせて…」
「えええー！？」

逃げ腰のルーシュの背後からエリックが羽交い絞めにする。

「よしきた！ルーシュはオレが抑えていてやるから、思いっきりいけ！」
「ええええー！！！」

その後、ルーシュの顔の腫れが引くまでに数日かかり、母上の待つ故郷へ着物姿の映像を届けられたのは年が明けた後になってしまったのだった…（笑）