ENo.151 黄羽宏司

＊前回の日記のナンバリングは02ではなく03でした。ここにお詫び申し上げます

黒羽孝司の知識は、雑多で役に立たないものが非常に多い
しかし、それは総量があまりに多すぎるだけであり、ちゃんと使えるものもあるにはあるのだ

「しかし、まさか電車の振動対策がヌードル職人の漫画に載ってるとはね」

そう言いながら黄羽宏司が顔少し蒸気させつつ組み立てているものは、出前品運搬機を改良したものである
オートバイに岡持を吊るしたり載せたりするやつ、とでも言えばおわかりいただけるだろうか？

「ついでに言えば、この列車内にこんなものが売ってることが驚きと言えば驚きか」

何故こんなものを買ったかと言えば、コージが列車内で顕微鏡を使いたいと考えたからに他ならない
それを抜きにしても運行中の列車内においてガラス製のプレパラートだのカバーグラスだのを使いたいだの
無茶無謀の極みでしかなかったが、この研究バカも多少はものを考えていたらしい

「アラクネはどう思う？」

と、コージは先程ドアの開いた出入口に声をかける
そこには。呆然と立ちつくす一人のアテンダントがいた

Episode04@yellow「無謀でくくればいいってもんじゃない」

「あ。いえ。お客様に快適な旅を、がモットーですので」
「それでも電車内でバイク用品が売っているのは首を傾げざるを得ないかな」

営業スマイルを浮かべるアラクネと呼ばれた金髪のアテンダントに対し、
その顔に苦笑といくらかの汗を浮かべながら作業を続けるコージ
デスクワーク派を自称するだけあって、その顔は既に結構な疲労を抱え込んでいるように見えた

「あの。コージ様、お忙しいところ申し訳ないのですがご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか？」
「ん？　用件は既に言ったと思っていたけど」
「残念ながら、私は派遣センターの方から整備部のアテンダントを派遣してほしいとだけ……」
「それは申し訳ないことをしたかな」

アテンダントに来てもらったものの、
動く様子のない彼女を訝しげに見ていたコージはその言に合点がいったらしい
非が彼女にない事を理解し、一旦作業を中断する

「で。用件なんだけど、部屋の改装を手伝ってもらいたくてね」
「承りました。たしかにこの規模の改装ですと、
　客室乗務員よりは整備部や工務部の担当になりますね」
「そういうこと。あ、工具箱を持ってきて欲しいという話はそっちに届いているのかな？」
「そちらの方は確かに承っております」

そうそう。彼女はいわゆるヒューマノイドタイプのアテンダントではあるものの、
ある一箇所において明らかに人型のソレをは異なった
（追記しておくに、そもそもアテンダントはすべてヒューマノイドタイプである）
これが小説ではなく漫画、もしくはアニメーションの形式をしていれば一目瞭然であるが、
彼女の腰の後ろ側と思われる部位から生える二対のトラ柄の節足。どうやら彼女はクモとの亜人種らしい

で。その節足の先っぽで工具箱を持っていた彼女は、実ににこやかな表情でコージの部屋の”改造”を手伝い始めた
手始めに内装を全部取っ払い、壁をめくり床を外し、ついでに後々の事も考えて廊下と部屋の間の壁も分解する

「あのー……。最近負け続きのようですが大丈夫ですか？」

使わないもしくはいらないと判断した資材を防音材に錬成しなおしていると
アラクネは不安そうに（節足で金色のショートヘアをいじりながら）
最近のトラベラインの運行状況について尋ねてきた
（なお、アテンダントは固有名を持たない。アラクネの名はむしろ種族を指し、
　個体名を指すならば「アラクネ=ENG=003」がそれにあたる。
　蜘蛛亜人種のエンジニアアテンダントの3番目の個体。以上を略したものが個体名となる）

「大丈夫ならスティルフに戻ってはいないね」

それに対してコージは素っ気ない顔で決して明るいとは言えない答えを返す
明るくはないが、紛れも無い事実である。そう、顔に書いてあった
嘘をつかないにしても言いようがあるにはあったが、黄羽宏司は率直な事実を言う事を好んだ

「それにしてもこの付近は来た頃と変わっていない、呆れるぐらいに
　正直な事を言えば、森を過ぎてからが別世界すぎる
　東の生き物が西へ来たらあっという間に食物連鎖が崩壊するだろうなあ、これ」
「それもそうですね。……失礼な事をお聞きして、申し訳ありませんでした」

アラクネは表情を戻してコージに謝罪する
すると、コージは一瞬呆けた顔をして、一瞬考え込み、
できる限りの無表情でアラクネに声をかけた

「……。一つお願いしてもいいかな」
「はいっ！？　――なんでしょうか」

（あの質問を負けた当人にしたのは流石に無遠慮すぎたかなぁ……？）
等と考えていたところに声をかけられ、一瞬声を裏返らせて応対するアラクネ
少し心拍数を上げながら、コージの次の言葉を待った

「客とのやりとりってのは苦手でね。できるだけ気軽な返しを頼みたい」
「そういうことでしたら。わかりました、コージさん」

コージの「お願い」に対して、アラクネはにこやかな顔でスカートの両端をつまみ
それを持ち上げながら礼をすることで「了解」の意志を表示した
その姿に面食らったコージではあったものの、それはほんの一刹那
コージは先程と変わらない無表情でアラクネを見つめていた
アラクネがその変化に気づいたかどうかは、定かではない

「……」

それでも、少しだけ。そう、ほんの少しだけ。微笑み始めの入りのような表情で、
コージはアラクネに聞こえない程度の小声で呟いた

「当面は、さんづけのままで、いいかな」

「まぁ。なんだ」

さて。アラクネがこの後どうすればいいんだろうと思い始めた時に、
コージはわざとらしい咳払いをしてから口を開く

「少なくともスティルフ近辺は大丈夫だ」

そう言って再び口を閉じたコージをたっぷりと凝視した後、
アラクネは一瞬破顔しそうになり、それを抑えようと努力はしたものの、
結局は笑いをこらえるのに失敗した

「アハハッ！　流石に、ハハハ！それぐらいならっ　わかりますよー、ハハハッ！」

コージは無言で顔を赤らめながら壁に防音材を詰め込み続け、
ニコニコしながらアラクネもコージの手伝いをし始めるのであった

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防音材を詰めたり敷いたりが終わるまでが荒らしの前の静けさとすれば、
釘打機と電動ドリル・ドライバーの音の響く今は嵐の最中といったところか
もっともその嵐も一端終わりを迎えるところであった
黙々と二人で（通路との間を除く）壁を貼り直した結果、既に太陽は高い位置に昇っていた

「この後壁紙を貼って、諸々を搬入してその後通路との間の壁を作りなおす
　……今日中に完成させるのは難しいか」
「あのー、コージさん。もう少し人手を用意した方がいいと思うんですけど」
「……。あっ」

アラクネが投げかけた疑問に対し、
指折り数えていたコージは阿呆のような声をだした

「防音材を錬成した後で呼ぶつもりだったのを忘れてた……」
「防音材を――あっ」

コージはアラクネの茶色がかった瞳を、アラクネはコージの碧眼を、
互いに少しの間見つめ合い、やがてどちらからともなく笑いだした

少しの間小気味良い笑い声を互いに響かせてから、
白衣の汚れをはたきながらコージは切り出した

「とりあえず人手を用意するのは後でも大丈夫だろうし、お昼でもどう？」
「できないこともないのですが……」

ちょっと困った顔のアラクネにしたり顔でコージは聞く
アラクネのこの顔は心底困った顔じゃない。そんな気がしたからだ

「どうすればいい？」
「コージさんが『昼食の話し相手が欲しい』と打診さえしておいてくだされば」

満面の笑みで「お願い」をするアラクネに
コージは笑みをこぼして「了解」した

「成る程ね。それなら、行きがてら伝言でも――」

と。突然コージの胸元から「荒野の果てに」が大音量で鳴り響き
――二人の事なぞ知ったことかと――その場の空気を木っ端微塵に粉砕した