ENo.1415 レア＝シュテンベルク

年も明けて大安吉日。
三人は「之も祝い事」とのレアの言で、和式での新年のお祝いをしていた。

シフォン「新年あけましてっ」
ミドリ「おめでとうございまーす」
レア「本年も宜しくお願いするぞ」

挨拶もそこそこに、三人は何時ものように談笑を始めるが、
何時もと違い、レアとミドリは振袖に簪と、純和風の装いに身を包んでいた。

レアは、黒の振袖に金糸や金駒、牡丹や南天などがあしらわれた、どちらかと言えば壮年の女性が着て映えるような、上品な深い色合いのもの。
方やミドリは、赤の振袖に同じく金糸で描かれた檜扇が彩られた、二十歳頃の女性が好んで着るであろう、艶やかで明るい色合いのものである。
（どちらも、レアがこの日の為にと用意しておいた振袖だ。）

「何だかごてごてする」とはミドリの言葉だが、根となる文化こそ違えど、
異なれど似た文化圏同士、華やいだ衣装である事は彼女にも認められるらしく、
次第に振袖の着心地にも慣れたように、和らいだ表情を見せていた。

シフォン「それにしても、レアちゃんは着付けが上手ですねー」
レア「お婆様に躾けられたからな。良家の子女として、これ位は当然だ」

無論そんな振袖を、ミドリが上手く着る事が出来る道理もない訳で。
散々迷った末に、レアに助け舟を出した、というのが話の流れだ。

シフォン「お婆さんが、そちらの文化圏なんですか？」
レア「うむ。祖は大江の鬼童子らしい」
ミドリ「…すごいの？」
レア「真であればな。あのお婆様の事、何処まで本当かは分からぬが」

大江の山の鬼童子と言えば、日本で最も有名な鬼と呼んでも過言ではないだろう。
そんな鬼を祖とのたまう祖母の言葉は、果たして狂言か、あるいは真か。

父は「sternをシュテンと読む辺り、あの方の戯れだろう」と言っていたが、真実は祖母の腹の中だけである。

レア「それにしてもだ……」

が、そんなレアがじっとりとした視線を送る。その先には――

シフォン「んぅ？」

フォークに刺したケーキをうまうまと食べているシフォンの姿が。
彼女もまた、新年の衣装をその身に纏っていた。

纏っていたのだが。

レア「……その奇抜と言うか面妖と言うか。それは何とかならんのか？」
シフォン「えぇぇー……」

不満げ、と言うよりは不審げなレアの言葉に、シフォンは首をかしげる。
彼女もまた、二人と同じように自前で用意した振袖を着ていた。

着てはいたのだが。

ミドリ「……よく分からないけど、なんかぜったい、ちがう気がするわ」
シフォン「そ、そんなことないのにっ。かわいいのにっ」

彼女の着ている振袖には膝下がなく、その裾からは白地のフリルのスカートが覗いていた。
袖の丈も短く、帯に至ってはもはやリボンと呼んだ方が正しいだろう、それは。
いわゆる、『ミニ振袖』と言うジャンルである。

古式ゆかしい和風文化を好しとするレアと、素朴ながらもやはり和の精神を理解するミドリ。
そんな二人にシフォンのそのミニ振袖は、理解の範疇を超え、頭痛に近い代物だった。

レア「新しい物が悪いとは云わぬ。だが、そのはしたない足元は如何にもいただけんぞ」
シフォン「に、ニーソックスだから恥ずかしくないもんっ」
ミドリ「素材もなんだかキラキラしてて、おかしい」

二人とも悪気はないのだが、結果として散々な駄目だしを食らうシフォン。
そんな二人の言葉に、ついシフォンは思わず、

シフォン「そ、それに和服って胸がきつすぎてっ…」

などと、決して言ってはならない事まで滑らせてしまった。

レア「……ほう？」
ミドリ「…ふーん…？」

二人の瞳に暗黒の焔が点る。

シフォン「！」

気づいた時には、既に遅し。
幽鬼の如く立ち上がり、シフォンに向かって手を伸ばすレアとミドリ。

そそくさと逃げようとするシフォンだが、逃げるには一手遅く。
レアの万力のような手に、その足をぐわしと捕まれてしまう。

レア「なぁシフォン……姫初めという言葉を知っておるか……？」

レアの口が三日月の形に歪む。
さても愉快そうな口元だが、その声は何一つとして笑ってなどいなかった。

シフォン「ぴっ？！…え、えと、新年最初のお洗濯をする日でっ…！？」
ミドリ「……なら、今すぐあらおっか、それ……」
レア「そうだな。ちょっと血濡れになるから、しっかり、洗わんとな……」
シフォン「はぅ、はぅ……」

じたばたとその場でもがくシフォン。
しかし、レアの手から逃れる術もないまま、二人に馬乗りにされてしまう。

シフォン「あ……あっ……うあっ………ああっ………」

そして――そのまま二人の手が――。

……。

頭上から、声が聞こえる。

レア「――、――ン」

声のする方へと注意を向け、意識を覚醒させる。

レア「おお、シフォン。やっと起きたか」
シフォン「……う？」
レア「シフォンが遅いのが珍しくてな、起こしに来たのだが。…まだ眠いか？」

言われて、シフォンは今までずっと眠っていた事に気付く。
どうやら先程のは、シフォンが見た今年の初夢らしい。

……最後の顛末は覚えていない。
或いは忘れているのだけかも知れないが、忘れていた方が幸せに違いない筈だ。

と、そんな風に考えるシフォンに向かって、

レア「折角の新年だからな。シフォンの分も用意しておいたぞ！早く準備するのだ！」
シフォン「んぅ？準備ですか？」
レア「うむ。ほら、これだ」

言ってレアが見せたのは――振袖。

シフォン「ひぃっ？！」

思わずその場で竦み上がるシフォン。
レアの手にあるのは黒の振袖と、赤の振袖。

その模様は、夢の中のそれと全く――

レア「一応シフォンのも用意したが着るか？自分の物があると言っておったから、不要かも知れぬが……」
シフォン「き、着る！着ます！着させてっ！」

シフォンは答えた。即答した。マッハでオフコースでサーイェッサーであった。

レア「……？何だかよく分からぬが、それなら早く行くぞー？」

そんなシフォンの事情など露知らず、レアは着物を持って奥へと下がっていった。

シフォン「……ふぅ」

一息ついて、シフォンも起き上がる。
一年の計は元旦にありとはレアの言葉だったか。それならば――

シフォン「く、口は災いのもとっ」

シフォンの一計は、まさにこの言葉に尽きるのであった。