ENo.1337 コルト・イサキリ

この世界に来てしばらく。
日付の感覚が正しければたしか正月あたりなのではないかと思う。
そんなわけで、実はこの世界の果実を使って果実酒を作ってみた。
……できるのか、と試したところできたという代物なので、味についてはあまり言及したくない。
ひとまず、まずくはない、という一言しか言えない。

「ま、気分が大事だからね、こういうものは」

イベントものになると張り切りだす自分の兄弟……元自分の別人格を思い出して苦笑する。
彼がいたら絶対に無駄に凝ったものになっているだろうなぁと思う。

「さて、と。月子さん、ちょっといいかな？」

さすがに一人で、ということはしない。
同行者もいることだし、コミュニケーションは大事だろう。
……我ながら、前はコミュニケーション不全だったのにここまで変わったなぁと思う。

「はい、なんですか？」
「ん、ほら。そろそろ暦上では一月一日かなって思ってさ。さすがに醸造酒は造れなかったけど、祝い酒でもどうかなって、ね？」

手にしたビンを揺らす。
と、月子さんの目が何かちょっと怖い。

「……イサキリさん、年はいくつぐらいです？　私と同じ程度と予測はしているのですけど」
「16だけど？　何か問題でも？」

うん、15歳で成人扱いで酒も結婚もどっちも可能になる。
問題はないはずだ。

「未成年は飲酒してはいけません」
「いや、15過ぎてたら成人じゃない？　ってああ……」

ここで思い至る。
そういえば目の前の少女は自分とは違う世界の出身だった。
うん、うっかりしていた。
共通項が多いから、ついつい失念してしまう。

「いつの時代の人ですか？　というわけで、私は遠慮させていただきます」

月子さんの年齢を聞こうと思ったけれど、やめておく。
女性に年は聞くものではないと、文字通り痛感しているから。

「ふむ、ならこっちはどうかな？」

とはいえ、酒が飲めないという可能性も考えていたので問題はなく、再び別のビンを取り出す。
ある世界にて保存用として取っておいた酒粕を使って作った甘酒。
こういうとき、自分のサバイバル的な思考がありがたく思う。
ちなみに、味はまともである。

「甘酒は、嫌いかな？」
「それなら、大丈夫です。ありがたく、いただいても？」
「どうぞどうぞ。そのために作ったわけだからね？　逆に遠慮されるほうがこっちとしては困るかな」

さて、ここまで来て問題は座る場所である。
平原であるため、正直何もない。
さすがにあの格好の月子さんを地面に直接座らせることはできない。
どうにかできないか考える……うん、ちょっと辛いかもしれないが我慢してもらおう。
そう考えて、コートを脱いで地面に広げるように置く。
もちろん、ナイフのある内側を下側にしている。

「んじゃ、狭いし、ナイフのせいでごつごつしてるけれどそこに座ってよ。僕は慣れてるし地面でも問題ないけど、月子さんの場合その格好だとそれはちょっと辛いでしょ？」
「いいのですか？」
「いいよいいよ、気にしないで」

そう言って、適当に火を起こす。
十分に火が強まったのを確認して、ポケットの中から立方体の黒い石を取り出して、その近くに置く。
きちんと綺麗に洗浄済み、かつ抗菌抗汚れ対策の魔法までかかっている石である。
魔法の練習として兄弟が作ったものだけれども、案外役に立っている。

「ん、少しだけ待ってくれるかな？」

座っている月子さんにそう声をかけて、自分の荷物の中から金属製のカップを二つ、取り出す。
取っ手の部分にはゴムが巻いてあるので、そこまで熱は移らないだろうと判断して、それらを手に月子さんの隣へと腰を下ろし、カップを一つ手渡す。

「はい、どうぞ」
「準備、いいのですね？」
「んー、六年ぐらい旅を続けていたからねぇ。さすがに慣れたよ」

そう笑いかけて、月子さんの持ったカップに甘酒を注いでから、焚き火近くの黒い石をナイフで摘んでその中に入れる。
甘酒からほんのり湯気が昇ったのを見て、一つ頷く。
ちょうどいい具合に温まったようだ。

「……今のは？」
「ん、僕の兄弟が作った抗菌加工済みの石でね。こうやって暖かいものがほしいときに重宝しているんだ。衛生面では安全だと思うよ？　魔法だから原理なんてわからないけどさ」

そう言って自分も手にしたカップに果実酒を注ぐ。

「さてと、本当に年が明けたのかはわからないけれど……乾杯」
「乾杯」

互いにカップを打ち鳴らす。
まさに口を付ける、といった様子で飲む月子さんに対して、僕は一気にあおった。
……そうでもしないと、この酒絶対に消費しきれない。

「どうかな、味は」
「おいしいです。ありがとう、ございます」
「いえいえ。ま、こっちとしても一人で飲むのはさすがに気まずいしね？」

しばし沈黙。
と、ふと疑問に思うことがあるので聞いてみる。
ちょっと踏み込むことに、なるかもしれないけれど。

「ああ、そうだ。月子さん、言いにくいことだったら申し訳ないんだけど、月子さんがこの世界に来た理由って、何かな？」

特に知らなくても問題はないかと思い聞いてはいなかった、けれどこの世界はどうやら厄介の集まりどころらしい。
ならばその厄介を把握しておくのも、悪くはないと思った。

「私、ですか……」

何か迷うように言葉をさまよわせる月子さん。
それを見て、僕は思わず口を開く。

「ごめんね、忘れて……」
「わからない、です」

その口ぶりと、今まで過ごしてきた経験から察する。
彼女は誤魔化しているわけではなく、本当に理由がわからないのだと。

「いきなり、気がついたら。この世界にいましたから。……イサキリさんは、どうしてです？」
「んー、ちょっと前の世界でね。女の子二人ほど死にそうになってたの助けたら、世界の機嫌を損ねちゃってねぇ。ここに飛ばされちゃったんだよ」

ぽかん、とした様子を浮かべる月子さん。
まぁ、無理もないかな。
正直、あの世界はひどかった。
でもまぁ、そういう理由なら。

「……まぁ、あの世界は自分が決めた物事が守られないことが許せないらしかったからね。死ぬ予定だった二人がそうならなかったからお冠になったんだろうね。……その分、この世界は寛容だといえると思うよ。ある意味ここで生き続けるのも選択肢の一つかもしれないしね」
「それでも、私は帰りたいですけどね」
「ま、僕は帰るのが目的ってわけじゃないからね。帰るのも手段の一つ、って感じだしね。だから……」

僕に何かがあっても、月子さんだけは元の世界に帰さないといけないだろう。
原因が、何もないのにこの世界に来ているのであれば……。

「もしものときは、僕を見捨ててくれると良いよ。僕は僕で、適当に生き延びるからさ」

少なくとも、自業自得である僕より、帰るべき存在だろうと思う。