夜。 　海上の酒場。 　奥の壇上にいる男が弦楽器を流麗に操り、、隣に立つ詩人がそれに合わせて歌っている。 　俺は真っ直ぐカウンターへ向かうと、店の主人らしき男に話しかけた。 「失礼。俺は名は愛作だ。少し聞きたいことがあるんだが」 「・・・・・・」 　店主は俺を一瞥したが、何も答えない。 　洗浄したグラスを拭き続けている。 「店主、聞きたいことがあるんだ。少し時間を割いてもらえないか？」 「・・・・・・」 　店主は一瞥するが、やはり答えない。 　新しくグラスを取り出して、再度水滴を拭い始める。 　と、その最中に────。 「・・・・・・ごほん」 　店主は喉を鳴らしながら、店主はテーブルを人差し指で二回叩いた。 　・・・・・・ああ、なるほど。 　どうやら非礼を働いていたのは俺のほうだったらしい。 「何でもいい。オススメのをひとつくれ」 「畏まりました」 　拭い切ったグラスを手にして、店主は背後に佇む酒樽のもとへ行く。 　蛇口を捻り、流れてきたブラウンの液体を豪快に注ぎ、間もなく俺のもとへ戻ってきた。 「これは・・・・・・ラム酒か？」 「ええ。腕の良い醸造家より取り寄せている自慢の酒です」 「それは素晴らしいな。しかし、こういうのはてっきり瓶で出てくるものだと思っていたが」 「以前は瓶で提供しておりました。ですが────」 「ああん！？ もういっぺん言ってみやがれッ！ このクソ野郎ッッ！」 　突然あがった大声に、店主の声は掻き消されてしまう。 　俺は反射的に声のしたほうへ視線を移すと、横長のテーブルを挟んで二人の男が口論していた。 　テーブルの上にはラム酒の入ったグラスがふたつ。 　足の親指ほどの大きさをしたコインが危ういバランスで積み上げられており、そして古ぼけたカードがその辺りで散乱している。 　おそらくカードを使ったギャンブルなのだろう。 「おうおう、何度でも言ってやらァ。おまえのようなイカサマ野郎に出す金なんて持ち合わせてねえ！」 「結果を受け入れろよ、クソ野郎。そもそも俺がイカサマしてるなんて証拠はあんのか、ああ！？」 「んなもんはねえ。ねえが、ありゃ絶対にイカサマだッ！ おまえの手札が途中から急に強くなりやがった。まるで牧童が書き溜めてるつまらん小説みたいだ。あんな都合の良い引きが何度もあってたまるかってんだッ！」 「何を言うかと思えば、ただの言いがかりじゃねえか。オラ、いいからさっさと金出しな。今の妄言は水に流してやるからよ」 「イカサマ野郎に出す金はねえ」 「まーだそんなこと言うのかよ。約束は守れって教わらなかったのか、ああん？ あんまり俺を怒らせるんじゃねえよ。実力行使することになるぜ？」 「ほう。それはこんな風にか────ッッ！」 　金を寄越せと迫られていた男が、突如ラム酒の入ったグラスを投げつけた。 　イカサマ呼ばわりされていた男はグラスの直撃を受けて、全身にラム酒を浴びる。 　 「・・・・・・やりやがったな、この野郎ッッ！」 　今度はイカサマ呼ばわりされていた男がグラスを投げつけた。 　投擲したグラスは相手の男の顔面に命中し、ラム酒の行水をすることとなる。 「ふ、ふふふ・・・・・・」 「へへ、へへへへっ・・・・・・」 　二人の男が急に笑い出す。 『ぶっ殺す────ッッ！』 　和解などするわけがなく、案の定殴り合いに発展。 　イスやテーブルを倒し、やがて周囲の呑兵衛たちをも巻き込んで、非常に見っとも無い大喧嘩となった。 「と、いうことでございます」 「・・・・・・すまない。何の話だったか」 「私が酒瓶を使わない理由でございます。グラスは酒瓶よりも安上がりですので」 「ああ、そうだった。だが・・・・・・」 　俺は大乱闘を繰り広げている店内を、カウンターから眺める。 　地面には戦いに敗れた男たちと原型を留めていないグラスが仲良く転がっていた。 「・・・・・・グラスも止めたほうがいいんじゃないか？ こんなアホどものために苦労する必要はないだろう。こいつらに出す杯など割ったココナッツで充分だ」 「そうですね、考えておきます。真剣に・・・・・・」 　店主は深い溜め息を吐いた。 　俺は口をつけていなかったラム酒を味わってみることにする。 　飲酒するのは初めてだったが、俺はさして緊張せずに喉に流し込んだ。 「いかがですか？」 「・・・・・・なるほどな。いいぞ、中々好みだ。店主、もう一杯貰えるか？」 「フフ・・・・・・お口に合ったようで何よりです」 　店主は微笑みながら追加のラム酒を持ってきた。 　空になったグラスと交換し、俺は再び喉へ流し込む。 「ところでお客様。先ほど、私に何か聞きたいことがあると仰っておりましたが・・・・・・」 「おっと、そうだった。ひとつ、探し物をしていてな」 「探し物、ですか・・・・・・？」 「ああ、船を捜している。それも漁船や小型ボートの類ではなく、長期の航海に耐えられる大型の船を」 「・・・・・・」 　店主は僅かに逡巡して答えた。 「率直に申しますが、お客様の切望されるような船はありません」 「ひとつも？ これだけの海に囲われているのにか？」 「海に沈んだものをカウントして良いのであれば、もうすぐ2桁はいくかと」 「結構だ。・・・・・・いや、待て。今、沈んだと言ったか？」 「・・・・・・はい」 「・・・・・・」 　船が沈んだとはどういうことだ。 　ここへ来るまでに色々な人に話を聞いてきたが、どの人もこの辺りの海域は穏やかで平和だと言っていたのだが・・・・・・。 「沈んだというのはハリケーンか？」 「いえ」 「では事故か？」 「・・・・・・いえ」 「・・・・・・そうか。人災、か」 　俺の呟いた言葉に、三度目の否は訪れなかった。 「・・・・・・その、この話はあまり公になさらないようお願い致します」 「ああ、わかったよ」 　海を往く船に訪れた人災────十中八九、海賊による劫掠行為だろう。 　海上で起きる人災など、海賊以外の誰が起こすというのか。 「船が無い理由は理解した。だが、俺はどうしても海に出たい。どうにかならないか？」 「海賊がいます。お止めになったほうがよろしいかと」 「承知のうえだ」 「命を失うかもしれないのですよ？」 「それも承知している」 「・・・・・・何が、お客様をそこまで駆り立てるのですか？」 「くくっ、そこにある海がただ美しかった。それだけなんだよ」 　俺は虚偽無き思いを打ち明けた。 　長いこと沈黙を保つ店主だったが、ついに笑みを含んだ口調で語り出す。 「・・・・・・ハァ、してやられた気分です。今になってお客様の数々の言葉を振り返ると、私に案があるのを見抜かれていたみたいですが」 「くくくっ、気のせいだ。それで、俺はどうすればいい？」 「明日、こちらへ行かれると良いでしょう。そこから先はお客様次第です」 　店主が一枚の紙切れを取り出して、一瞬ペンを走らせる。 　それを丁寧に二つ折りにすると、俺に差し出しながら告げた。 「なに簡単な話ですよ。船が無いのなら、造ってしまえば良いのです」

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

愛作は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。

愛作は体力を訓練した。
愛作は体力を訓練した。
愛作は敏捷を訓練した。
愛作は魔力を訓練した。
愛作は器用を訓練した。

目的の決定