（今日も机の上に出しっぱなしの航海日誌。風に煽られ、パラパラと頁が捲れる） ■探索開始２日目 ■天候：晴れ ■体調：異常なし。 　今日は朝からいい日だった。 　朝飯も俺の大好きなヤト特製パセリたっぷりのサラダだったし、風も波も穏やかだ。 　まだ協会本部からそう遠くはないから、探索は今のところすこぶる順調。 　それにしても、このスキルストーンってのは本当にすごい。 　水中で呼吸ができるなら、いずれは協会みたいに海中での拠点を作るのもアリかもしれない。 　探索先から登録されてる拠点に帰る機能もあるし、すごく便利だけど、寝てる間もずっと海の中って いうのは憧れだよなぁ… 　人魚とか、水中で生活する種族の人たちは海中に拠点を持ってる人も多いみたいだし、そういう人 たちの拠点を使わせてもらえる機会があったらどういう感じか体験してみたい。 　問題があるとしたら食料や水分の補給かなぁ…海中で温かい食事をとるにはどうすればいいんだ？ 　そういう情報収集もこれからはしていこうかな。 　ああ、でも… 　本当に、ずっと海の中に居られればいいのに。 　*　*　*　*　* 　陽が落ちた海上は空との境が曖昧になる。 　星が途切れた水平線に、反射した月明かりと小さな明かりが点在していてかろうじて分かる程度だ。 　他の船から見れば自分が生活しているこの船もまた、海上に浮かぶ無数の明かりの一つに過ぎない。 　甲板の手すりにだらりともたれ、セルバは海へと手を伸ばす。 　海の中はまだまだ未知の領域だ。 　温かい食事の取り方も、心地のいいシーツも、水の中ではどうなるか分からない。 　そもそもセルバが海の中で活動できるのはスキルストーン頼みだ。 　もし、その効果が寝ている間に切れてしまったら、そのまま溺死である。 　溜息を一つ。 　あの素晴らしい青の世界で生きていけたら、どれほど素敵だろう。 　だが、どれだけ焦がれていても…セルバの体は海の中では生きていけない。 　生まれた街を離れる時、初めて外洋に出て目にした光景… 　どこまでも続く青、空との境に煌めく水平線。 　あの日、セルバは海に恋をした。 　胸が痛くて、溢れる涙を止められなかった。 　ただ、目の前の世界をきれいだと思った。 　その後、無表情の凪も、荒れ狂う嵐も体験したけれど、それも海の一面だと思うと不思議と納得した。 　きれいなだけではきっとこんな想いは抱かなかっただろうとさえ思った。 　そんなセルバに、船長を務めていた腹違いの兄は『お前もアドルノの男だな』と目を細めて笑った。 　アドルノ家の男は皆、海に恋をする—— 　だから、こんなに切ないのだろうか。 　手を伸ばして、触れて、その身の内に体を委ねても、決して溶け合うことはできない。 　本当の意味で共に生きることはできない。 　全てを受け入れてもらえるのは、おそらく…セルバが海の中で命を落とした時だ。 　沈んで、海の中で生きるものの糧になって、ようやく海の一部になれる。 　そうなれたらいいと思う。 　でも、そこにはきっともう、“セルバ”はいないのだ。 　溜息をもう一つ。 　伸ばしていた手をゆっくりと握る。 　焦がれても、焦がれても、きっと叶わない。 　それでも… 　浮かびかけた思考の欠片は、従者に名を呼ばれて霧散した。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
セルバ達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。