【イッチー君の独白1】 ＜ぼくとイコについて＞ ぼくには名前がなかった。IDも生物学上の呼称も、ぼくをぼくだと識別するものがなかった。ただの自我のある個体だった。 それは、とてもとても寂しいことだった。自分以外の個体がぼくだと認識して、ぼくを呼んでくれることがないんだもん。 そんなぼくに名前をくれたのはイコだ。出会ってすぐにつけてくれた。 『あなた、名前がないの？うーん、それは何かと不便ね。自我があるならなおさらよ、あなたにとっても良いことではないわ。』 『感動的な未知との遭遇が台無しだったけれど・・・かわいそうだからイマイチに格上げして・・・イッチー君ね、決まり！』 イコと出会った時、ぼくは鉄板ネタだと思ってウチュウジン挨拶をしたんだけど、イコはもっと知的なセンスを求めてたみたい。 笑ってそう言ってた。喜んで欲しくて頑張ったネタは滑ってしまったけど、素敵な笑顔だなと思った。この時、イコは一人で テリメイン探索に行く決意をしていたから、同行させて欲しいとお願いをしたんだ。 イコが戦闘に向いているとはとても思えない。ぼくには不思議な力があったから、戦闘のサポートができるはずだ。ぼくはウチュウジン なんかじゃないけど、名前をくれたイコと一緒にいたくて嘘をついた。母星のエネルギーがピンチだからテリメインの可能性に賭けて、 救星の為に来たんだよって。艦が故障して母星と連絡も取れないから、仲間が来るまで同行させて欲しい。利害は一致してるでしょ、と。 イコはとても頭がいい。そして、損得勘定と決断が早く、時にとても冷ややかだ。だから、もしかしたらぼくの嘘を見破ってたのかも しれないけど、二つ返事でOKしてくれた。意外だった。それ以来、寝る時もイコと一緒にいる。 『アナタの存在が嗅ぎつけられたら、マスコミに追い回された挙句研究者の実験生物になってしまうわ。』 『絶対に悟られてはダメ。私と話すときは注意深くね。テレパシーは疲れちゃうけれど、ふふ。』 イコは、とても研究熱心だ。好奇心が強くて行動力がある。若くして数々の論文を発表、ちょっとした有名人だ。そんなイコだけど、 ぼくのことを調べようとしたことは一度もない。それどころか、珍しいぼくの身を案じて、普段はクラゲのぬいぐるみでいるように 言った。特別に思ってくれているのかな・・・とても嬉しい。 イコは、自分のことを話さない。内面を見られたくないみたいだ。他の人と話している時、雰囲気も笑顔も薄い感じなんだ。これが イコの処世術？なのかな。きっと、関わりを軽くして、見透かされないようにしてるんだ。イコは言わないけど、ぼくはイコの たくさんの記憶がないことを知ってるんだ。 ・・・ぼくは、知ってたんだよ————————————

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
イコ達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。