むかしむかし、あるところにいた誰かさんが、すてきなすてきな瓶を作りました。 　きらきら光る、人間みたいにおしゃべりなその賢い瓶には、りっぱな名前も付けられました。 　けれど瓶は自分のことを、いつだって「小瓶」と呼びたがりました。 　なぜなら小瓶は、賢いすてきな瓶だったのですから。 ——小瓶のおはなし　#04 ＊　　　＊　　　＊ 　今日の小瓶は、なんだかとっても不思議な場所にいました。ふわふわとお空を飛ぶ、しゃぼん玉の中に入ることができたら、どんなにすてきなことでしょう。小瓶が今いるのは、そんな、まるで夢みたいなわくわくする場所です。 　でもここは、なんといっても《テリメイン》ですから、もちろんお空の上ではありませんよ。海の下に、ぷかぷかしている、大きな、大きな泡の中にあるのが、海底探索協会の、テリメイン最先端探索拠点でした。 　ちょっと、こむずかしい名前ですね。 　小瓶だって、ちょっと面倒くさいなあと考えました。 　でも、ここが海の宝探しをしている海底探索協会というチームの、一番海の深いところにある基地だということが分かれば、小瓶には十分です！　それだけいろいろな人が、がんばってがんばって、この泡のおうちを作ったのだと小瓶は思います。そりゃあ、こむずかしくって、かっこいい感じの名前にもしたくなるでしょう。小瓶は心の中で、うんうんとうなずいてみました。 　小瓶は、基地の窓の外をのぞいてみます。 　窓の向こうには、もう一つの窓みたいに泡の表面がゆらゆらとしていて、その向こうには、魚たちが泳いでいます。 　なんだか、水族館みたいですね。しゃぼん玉の中の水族館だなんて、とってもロマンチックです。でも、ここへやってきたばかりの頃は、随分とこの海が、暗いブルーに見えたものでした。何故って、基地の中がとっても明るかったからです。 　おんなじ明るさでも、暗いところから見れば明るく、明るいところから見れば暗く見える。そんな当たり前が、小瓶にはあらためて、ちょっと不思議なことでした。なにせ、この間までの小瓶ときたら、今いる海よりもずーっと深くて、くらーい海の底で、ふつうに暮らしていたんですから。 　でも、明るかった基地が、今は海よりも暗くなっている理由は、簡単なことです。 　今は、基地のみんなのお休みの時間です。お日さまが上っても沈んでも、ずーっと青い海の底で、明るさまで一緒だったら、みんな困ってしまいますから、働き者と夜更かしさん以外のみんなは、お部屋を暗くして、お休みしているのです。 　じゃあ、今起きている小瓶は悪い子？　それを言われると小瓶も困ってしまいそうでしたが、小瓶はなんといっても、お月さまと大の仲良しです。夜が大好きなお月さまに免じて、小瓶のことも許してほしいと思います。 　それに、小瓶には、夜のうちに済ませておきたいことがいろいろとありました。目立たず、騒がず、なんだかちょっぴり特別じゃない瓶っぽく。それが、おなかの宝物を守らなくてはいけない、昼の小瓶の、だいじなだいじなルールです。ですから、みんなが寝静まっている、静かな夜の間に、まとめてやりたいことを済ませておくのが、小瓶の大正解というわけなのです。 　ここで夜に、一緒に人間たちとおやすみしてしまうのが普通のゴーレムでしょう。でも、小瓶は「できる」ゴーレムですもの。夜にてきぱき仕事に当たって、おすまし顔でお昼を過ごすのが、きっとできるゴーレムなのです。何せ、ゴーレムはエネルギーがなくなったり、なくなったから足してもらったりすることはできますけど、疲れたり、眠くなったりなんてことはありませんからね。 　ここで、まわりに「ながされて」、なんとなく休んでしまうなんて、それはとってももったいないことです。もちろん、ゴーレムが大好きな人間たちと一緒に寝ることが、そのゴーレムのお仕事であるなら、それでまったく正しいわけなのですが。 　小瓶のお仕事は、いつだってすてきで賢い、世界一特別な瓶でいることと、おなかの宝物を守ることです。 　誰かに、それこそ誰かさんにそうしなさいと言われて育ったわけではないのですが、小瓶は生まれたときから、なんとなくそういう気持ちでした。 　それが、小瓶が生きていく理由であって、ちゃんとそれがうまくいくと、心と体がいきいきとして感じられるのです。 　人間にも猫にも犬にも、そういうものってあるかもしれません。だから、あんまりむずかしいことは考えずに、小瓶がだいじだと思うなら、それがだいじなんだと思います。家族がだいじな人、お金がだいじな人、このいっぱいがだいじな人、いろんな人間を小瓶は見てきました。でも、どれもみんなにとってだいじなことですし、それを取り換えっこしたって、きっとうまくいきませんからね。 　ですから小瓶は、この宝物を守ることにいつだって一生懸命でした。でも、とりかえっこのきかない宝物なのに、どうして人間はこの宝物がみんな、欲しくなってしまうんでしょう。小瓶は小瓶の宝物が大好きで、いつだって自慢で、それはとっても当たり前のことなのです。それでも、小瓶だけの宝物をみんなが欲しがることが、たまに不思議になる日もありました。 　宝物の守り方は、そんなに大変なことではありません。 　まず、汚れた体をきれいにきれいに磨き上げます。小瓶の体は、ちょっとやそっとのことで傷ついたり、ひびわれたりなんてことはしませんけれど、海の中で過ごしていると、ぬるっとしたこけがへばりついたり、塩のかけらがぽつぽつ、小瓶の透明な足やおなかにくっつきます。それをきれいにしてから、こまかい傷をちょっとずつ直していく方が、ごみを「まきこんだり」しないので、お手入れが楽ちんなのです。 　それにほら、体がきれいになると、ただそれだけでも、元気で、うれしい気持ちになります。小瓶はなんといっても、すてきで賢い瓶なのですから、ちゃんと毎日すてきでいるために、体だってきれいにしておくべきなのです。そうした方が、気持ちもすっきりして、賢さだって保たれるのです。なんて、「さえた」方法なんでしょう。 　さて、普段ならここでおしまい！　なんですが……。 　小瓶はこんこんと、大きな自分の手のこうで、ぴかぴかになったおなかを叩きます。そうして、ちょっと前のことを思い出していました。 　小瓶はこう見えて、ものすごく物覚えがいいんですよ？ 　えぇ、自分を作った誰かさんのことも忘れている小瓶の物覚えの、どこがいいですって？ 　小瓶は誰かさんが大好きだった気がしますが、誰かさんと楽しく生きることは、小瓶の生きる理由ではありません。それは、今眠っている子守りのゴーレムたちのお仕事であって、小瓶のお仕事ではないのです。 　小瓶のお仕事は、おなかの宝物を何が何でも守り通して、誰かに奪い取られたり、ひどいことをされてしまわないことです。ですから、小瓶の頭だって、そのためになら普段の何倍でも、すっきり動くのです。小瓶はそのために生きていますから、小瓶のお仕事をちゃんと果たせるなら、ほかのことはたまにうっかり忘れてしまっても、ささいなことなのです。 　小瓶は、一緒に冒険をしている女の子に、おなかを触られました。 　あの女の子は、とっても賢い女の子です。もしかすると、小瓶より賢いかもしれません。小瓶は瓶の中であれば、誰よりすてきで賢い自信がありましたが、さすがに人間とかしこさ比べをしたことはありません。それにどうも、小瓶を作った誰かさんも知っていた技術——錬金術に詳しい気がします。 　小瓶はぐるぐる、これからどうするかを考えることにしました。 　これは書いたとおりです。小瓶はとっても物覚えがいいので、そのときの景色だとか、女の子の指先の感じだとかを、何度でもそのまま思い出して、考え込んでいました。 　あんまりにも小瓶の物覚えがいいので、後ろの方でテリメインバニラの三段盛りアイスクリームをうっかり落としてしょんぼりしている男の子の姿も、小瓶の頭の中ではぐるぐると繰り返されていました。真面目な考え事を続けながら、小瓶はすごく、普段は動かない心がちくちくと痛いような気持ちになりました。 ——ああっ、もったいない……！

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
小瓶達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。