さて、如何したものかと困った顔を浮かべている私など、 気にした風もなく私の方へ向き直りロザりんは言葉を紡ぐ。 「実は、 　この世界には危険な動植物がたくさん生息しているんです。 　まだまだ生態が判明していないものも居ますし…… 　ある程度は探索者協会がバックアップをしているんですけれど、 　この世界にいらした皆さんでも自衛していただきたいということで…… 　それで、 　簡単な実力テストを行うことになったんです」 言ってる意味は分かるし、 その理由も、 やる意味も理解出来て納得も出来る。 だけど、 私が困っているのはそうではなく—— だが、そんな私の様子もどこ吹く風。 まったく意に解することなく話は進んでいく。 「そういうことだ。 　その実力テストは俺が直に担当する」 オークに至ってはドヤ顔で有無を言わせない気迫を感じる。 拒否権はないどころか、 こちらをぶちのめす気満々である。 私が戦闘に関して素人なの分かってますよね？ といいたいが、 いっても聞かないだろうので、 溜息を吐いて、 話を流しつつ、 スーツの機能についての確認をする。 心構えくらいは戦闘態勢に今から移行しておかないと、 何もできずにぶちのめされる気もするし。 しかし…… 「というわけで、 　この野蛮な豚さん…… 　じゃなかった、 　オークさんに実力を見せて差し上げてくださいね。」 何故ロザりんはオークにこんなにも辛辣なのだろう。 別にいいのだけど—— 「酷いぜロザりんちゃん……」 オークから哀愁が漂ってくるが、 一体二人に何があったのか、 少し気が散ってしかたがない。 まぁ、人と話しているときに他の事に集中しようとする私が悪いのだけど。 「そうそう、 　この世界は、 　一人では困難な場面でも、 　パーティを結成して乗り切る事も出来るんです。 　丁度、 　あなたと同じくここに来た方もいらっしゃいますし、 　あなたを含めて３人まで 　今回は無理ですけど、 　オークさんを倒した後にでも組まれてはどうですか？」 しかし——パーティとは…… 良いかもしれない。 間違いなく私はソロでの探索は無理。 協力者を勧めてくるという事は他の探索者も勧められてはいるのだろう。 ならば組みやすい環境にあり、 比較的楽に協力者を募る事が出来そう。 とはいえ——あのオークを倒せるだけの力が探索者にあると考えると、 戦力に関しては私が突破できるかどうかであり、 とすれば、 優秀さとかよりも、 その性状が善かどうかでパーティの相手は選ぶべきだろう。 少なくとも真っ当な服装であればあまり気にする事でもないのだが、 不可能な事は考えるのはやめよう。 等と思考を巡らせている間に—— 「１人でも、 　２人でも……」 「１人でも２人でも３人でも、 　冒険はもちろんできますよ。 　もしパーティを組むなら、 　事前にパーティ結成用の合言葉を決めておいてくださいね。」 オークが口を開いた瞬間、 かぶせるようにロザりんが言葉をかぶせ、 オークがいおうとしていた言葉を潰す。 なんというか—— オークは一体何をしたのだろう。 ものすごい悪意を感じる。 無論—— 「オレの台詞……」 流石に寂しそうにへこんだ顔で抗議しようとするオークではあるが、 流石のオークもロザりんには勝てないらしい。 「なにか？」 その一言で全てをあきらめたように、 気を取り直して気合いをいれなおし、 「……まあいい。 　それでは、 　実力テストを始めるぞ」 力を溜めはじめるオーク。 なんというか恐ろしいほど勝てる気がしないのだが—— 「さあおまえの力を見せてもらおう」 そういわれてしまうと逃げることもできず。 どこまでやれるか分からないが、 スキルストーンが取り込まれている事を確認し、 戦闘プログラムを起動する。 とはいっても出力が足りないのか、 機能のいくつかが封印されているようだが、 なんとかやれそう……だろうか？ しかし—— 不安なのは、 プログラムを起動したからといって特に変動がない点。 科学に加え、 様々な異能・魔術的な要素も組み込んで作られたものだから、 スペックを事前に見た限り大丈夫だと思うが、 相手は未知。 実際の機能に関しても私にとっては未知では、 不安な要素しかない。 が、やるしかない。 「頑張ってくださいね。 　私は汗臭いのは苦手なもので、 　控えておりますから」 残念ながらロザりんは完全に観戦モードで、 どうにも助けにならなさそう—— 等と思っていたのだが、 どうも様子がおかしい。 「……」 何か考え込む様子をみせ—— 「あ、オークさん。 　待ってください。」 不意にオークを呼び止めた。 呼び止められたオークは、 「ん？ 　なんだ？」 構えを解くことなく聞き返すと—— ロザりんは外を指さし、 「ちゃんとこちらの水中で戦ってくださいね。 　探索者の皆さんは、 　海の中で戦っていただくのですから。」 水の中で戦え、 との事で、 これからの事を思えば実践的にはなったが、 相手は人魚。 なんというか、余計状況が悪化したか—— と思ったがそうでもないらしい。 「それとこれ……オークさん。 　実力試験用のスキルストーン、 　付け忘れてますよ。」 と思ったのがそうでもないらしい。 どうやら—— 相手も手加減はしてくれそうである。 それがどれくらいのものなのかは分からないが—— 多少は楽になるかななんて思っていると、 「ん？ 　そんなものあったか？ 　まあ良い…… 　うむ、これで１個か？」 相手もそういう話があるなんて初耳だったようで困惑している。 ——大丈夫なのかなと心配にはなるが、 これが吉と出るか凶とでるか…… 「ええ。 　新規探索者さんへのスキルストーンの使い方の指導でもありますから、 　お願いしますね。」 とりあえず建前はそんな感じではあるらしいので、 多少手を抜いて楽になるはず…… 少しほっと心を落ち着ける。 それならきっとやれる。 なんとか切り抜けれる—— そんな私の淡い願いは—— 「うむ…… 　だが、 　手は抜かんぞ！」 一瞬にして打ち砕かれる。 こうなったら自棄るしかないと、 覚悟を決めて水中に飛び込む。 息は大丈夫。 視界も大丈夫。 身体も自由に動く処か、 思ったように動ける。 これなら安心できる。 とはいっても、 急激な運動や緻密な動作を行うには、 こちらからのコマンド入力が必要だが—— 戦闘中そんな事に構っていられる気がしない。 というか怖い。 非常に怖い。 相手はオーク。 非常に鍛えられた体躯をしており、 戦いなれしている相手。 「さて、 　待たせたな… 　始めるとしよう。 　何、 　遠慮はいらんぞ。 　全力でかかってこい！」 仁王立ちで海に飛び込んで、 ここまで余裕見せられると、 遠慮してる余裕もないし、 全力を惜しむ余裕なんてさらさらない。 というよりどう戦えばいいのか。 これが分からない。 「がんばってくださいね！ 　わたし、 　応援することくらいしかできませんけど……」 ロザりんは 『探索者さんガンガン行こうぜ♥』 のプラカードもってるけど、 ガンガン行きたくても、 ガンガンやる方法が分からない場合どうすればいいのか。 その上私にさらなる悲報が入る。 「ああ。 　万が一でも、 　巻き込まれたら危ないからな。 　下がっていてくれ」 周囲を巻き込むような大技を使うといわれて、 本当に困る。 非常に困る。 こちらに取れる作戦…… いえ、 作戦というか、 もはや手がないというか。 これ…… バリアで耐え忍んで、 そもそも直撃したら治療も何もあったものではないので、 緊急治療システムのエネルギーも バリアエネルギーが減ってきたらそっちに回しつつ、 自動照準によるメスの射出で押し切るくらいだろうか。 レーザー系の武器やその他の兵器類もあるらしいが、 出力不足だと効果が望めないらしいので、 使用不可能。 ないない尽くしで泣きたい。 が、無いものをねだっても仕方がない。 「始めましょう。 　——研究データを取らせてもらうわ。 　仕事ですもの。」 精いっぱいの強がりをぶつける。 先手必勝—— まずはこちらからと思って、 相手を見据えると、 相手の姿はもう既にそこにはなかった。 え、どこに——？ なんて疑問を浮かべる暇もなく—— 「ゆくぞ！ 　鍛え抜かれた我が肉体の一撃！！」 そんな言葉と共に、 ドゴォン！ という鈍い音と共に、 走る衝撃。 「——ッ！」 ダメージはない。 痛みもない。 だが、 その衝撃に思わず痺れ、 意識が揺さぶられる。 恐ろしいまでの破壊力を持つ一撃。 一切の対応が出来なかった私は直撃を食らうしかできず、 直撃を受けるという事は、 通常よりも大きなダメージを受ける事にほかならぬことに、 気づかされる。 いや、理解させられる。 「甘い、 　そんな動きではこの世界でやっていけんぞ！」 しかし、 動こうにも相手の動きが見えないし、 動く前には攻撃されてる現状ではどうしょうもないのである。 確かにやっていけないといわれても仕方がない。 しかし、しかし——だ。 「……戦闘経験に乏しい私が避けれるわけなかったわね。」 私はその一撃に対して、 素直な言葉を告げる。 当たり前のその言葉。 ただの強がりに聞こえたかもしれない。 そして—— 「ロックオン。射出——！」 システムによる自動照準により 即座にオークへと照準をあわせ、 虚空より瞬時に展開されたメカニカルアームから、 数本のメスが射出される。 「——！？」 棒立ちで何の反応も出来ない相手から、 即座な反撃。 流石に驚いたのだろう。 素早くかわせば避けれるはずのそれは、 オークに突き刺さる。 それに対してオークはやるなという表情を浮かべるが、 私は正直何もやってないし、 それ喰らってやるなって顔になってるだけのオークに戦慄しか覚えない。 ぶっちゃけた話、 これは私の力ではなく、 テクノロジーその他もろもろ。 いうなれば私の装備の力であって、 私自身の力では決してない。 なので…… やるなって顔をされてもどうしょうもない。 「ならばもう一度——ゆくぞ！ 　鍛え抜かれた我が肉体の一撃！！」 そして、 二回目の高速突撃をされても、 私に対処法はない。 いや、動きが悪いといわれても—— 見えない動きに対処しろといわれる方が無理がある。 自動回避プログラムもあるらしいのだが、 流石にそれが反応する為にはデータ不足の上に、 相手が早すぎる。 故に反応する前に直撃である。 二度目だからとてそれは変わらない。 だが、二度目と違うのは—— 喰らうと分かっていれば、 衝撃に耐えきる事が出来るという事。 「次弾装填、射出！」 ケロッとしている様子に驚いた様子のオークめがけて、 次の弾を放つ。 どんなに早くとも隙をついて硬直した状況への精密射撃は避けれない。 再びメスを当てた処で—— 「ま、まさか……！」 顔を真っ赤にして息苦しくしているオーク。 何か不具合でもあったのだろうか？ 私にとっては好都合。 その甲斐もあってか完全によけきる事は出来ずとも、 三度目の突撃は自動回避プログラムにより直撃を避ける事が出来たが—— バリアのエネルギー残量が５割を切った警告表示が宙に浮かび上がる。 即座に虚空に浮かび上がったキーを操作し—— 「危ない時は、 　なるほど、 　これね。 　——気休めにはなるかしらね。」 そういって治療ではなく、 緊急治療のエネルギーをバリアのエネルギーに回す選択をし、 補充した処で—— 「むうっ！ 　だ、騙したなロザりん！！」 そんな悲痛な叫びと共に水上へと逃げ出すオーク。 追いかけるように水上へと出た私が見たものは—— 「ぬうっ……！」 ものすごく悔しそうに息を整えていたオークの姿。 なるほど。 どうやら—— 発言その他を思い返してみるに、 最初に渡されたスキルストーンには細工がされてあったらしい。 正直あのまま延々と戦っていても、 オークの攻撃の苛烈に押し切られていた可能性を考えると、 少しほっとして胸をなでおろす。 しかし、 これで二つ分かった事がある。 それは—— スキルストーンのエネルギーが切れた場合の、 呼吸が出来なくなるというのは、 かなり不味い状況であるという事。 バリアのエネルギーもそうだか、 スキルストーンのエネルギーもきちんと管理しないといけない。 もう一つは、 私は戦闘のせの字も知らず、 動体視力も人並みなので、 高速移動できる相手だとどうにもならないし、 バリアも絶対でない事を考えると、 早急に私自身も戦闘技術……とまではいかなくても、 戦闘における勘くらいは養っておかなければいけないという事。 課題は多く、やることも多い。 だが—— 命の危険性がないこの段階でわかったのは喜ぶべき事だろう。 気合いをいれなおさないといけないと、 私は両手で自分の頬をぱぁんと叩き、 心を引き締め——審査の結果を聞く体制に入るのであった。

綾歌はアイテムNo.11 SSシェルボックス（低） を使用した。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
綾歌達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。