「探索者が新しい海域を発見…ね」

ここはテリメイン観光地区のカフェテリア。 あたしは道端で配られていた号外新聞を読みながらパインジュースを飲んでいた。 なかなかに興味深い話ね。 やっぱり新しい魔物なんかも出るのかしら？ 後は、目ぼしい遺跡なんかがあればね……。 金になりそうなトレジャーとか、あとは…… 頬杖を付きながら咥えていたストローからふっと口を離し……

「……何やってるのかしら、あたし」

呟きと一緒に溜息が漏れた。 テリメインくんだりまで来て、やってることは結局いつもの冒険者稼業。 本当はバカンスに来たはずだったのに……。 一番腹が立つのは、そんな日常にすっかり馴染んでしまった自分自身よ。 もし、あたしのお金を盗んだ奴を見つけたらただじゃ置かないわ。 生きていることを後悔するほどの責め苦（具体的には思い浮かばないけど）を与えて…… お金を取り返して、さらにたっぷり慰謝料をせしめて…… そして、今度こそ豪遊してやるわ。 絶対、見つけるまでは何があっても死なないんだから。もう死んでるけど。

「ぞ～ぇ」

もちろん、1人でね！！ … …… ………

「あによ、いつの間に付いて来たのよ」

唐突に新聞を覗き込むように現れたぞぇあ。 再び溜息をつき、浮遊する水球を横目で見ながら新聞をたたむ。 よくここが分かったわね…… あの安宿を出るときは一人で出てきたし。 コイツのことも…… ＊＊＊

『ちょっと外すからその子を頼むわよ』

『任せて欲しいです、ユディナと違って完璧に面倒を見るですよ』

＊＊＊ ……ノナめ。 ま、大して信用してなかったから、そこは別にいいけど。

「結構遠くまで歩いてきたつもりだったけど……よく見つけたわね」

「ぞぇっ！　ぞぇあーぞぇ！」

何事かを訴えるぞぇあの頭に軽く手を置く。 相変わらず何を言っているのかはわからない。 けどなぜか喋ってしまうのは、コイツがちゃんと反応してくれるせいかしら。 こちらの言葉は通じているのかしら…… 　ざわ・・・ 　 　　　　　　ざわ・・・ 周囲の客が俄かにざわつき始めた。 キワモノ探索者は多いみたいだけど、それでもこういうイキモノは珍しいのかしら。 1人で静かに過ごそうと思ったのに……居心地が悪い。早く店を出てしまおう。 音を立ててしまわない程度に急いでジュースを飲み干して（行儀が悪いから）席を立つ。 ぞぇあが空のグラスをじっと眺めていたので、残っていた氷のブロックをつまんで差し出してみた。 どうやら正解だったようで、氷を勢い良く咥えると身体を左右に揺らしながら口の中で転がし始めた。

「さ、目的の場所に行くわよ……」

と、誘うように声をかけてしまって自己嫌悪に陥る。 一緒に行動することが当然になりつつあるみたい。 今日出てきた主目的は、少しでもバカンス気分を味わうためじゃない。 この死人（しぬんちゅ）Tシャツ以外にも探索に使える服を買いに来たのだ。 普段着もあるけど動きづらそうなのと、なんか濡れそうで嫌じゃない？ スキルストーン……だっけ。良くわからないアレの効果で、ある程度は濡れないみたいだけど、やっぱり気分はよくない。 隣で飛んでるコイツのこともあるけど。 なんかやけにくっついてくるから、濡れるのよね。水球で。

「ありがとうございます。　パインジュースとシーフードチーズサンドですね」

「えっ？　あたしが頼んだのはパインジュースだけなんだけど……」

会計を済ませようとして、覚えのない注文を読み上げられる。 店員は別のテーブルの方を指差して言った。

「あちらのお客様が……」

あちらの？誰？ 今のところここに知り合いと言えるほどの知り合いはまだいないし。 まさか他人に会計をツケて、タダ食いしようっていう輩？ 時々、観光客狙いでそういうのがあるって聞くけど…… 一体どこの誰だか知らないけど、今のあたしに金銭関係のトラブルはタブーよ。 文句言って、燃やして…… そう思いながら店員に言われた方向を睨みつける。

（ぶいっ）

そこには呑気にシーフードチーズサンドを食べながらあたしにピースサインを出すノナ。

「…………」

あいつ……… って待ちなさいよ、それ何皿目？ 積み上げられたお皿の塔が真横から見て正方形に見えるんだけど？ っていうか客がざわつきだしたの絶対あんたのせいでしょ！ 心配して損したわ！

「……他人です」

あたしとぞぇあは店を後にした。 当然、支払いはパインジュース分だけである。 … …… ………

「で？　どうやって追ってきたのよ」

結局店を出てもしれっとついてくるノナ。支払いはちゃんとしたのかしら……。

「どうもなにも最初からです。　ユディナも無防備な背中は気をつけるべきです」

「あ、そう……」

ノナの言葉を何時も通りさらりと流す。 尾行される経験が人生でそう何度もあってたまるもんですか。もう死んでるけど。 ノナとぞぇあを適当にあしらいながら少しばかり歩いて、服を扱っているらしい店に来たけれど。 どれも観光地補正で高かったり、逆に安くてもデザインがウケ狙いなとんでもないやつだったり。 正直なところ、選ぶのに難儀しているわね。

「動きやすそうなもので、安いのは無いのかしら？　もっと普通のでいいんだけど……」

ひとり小さくつぶやきながら物色していると、ノナがあたしのことをじっと見ていた。 何なのかしら、気持ち悪いわね。 まさかさっきのこと根に持ってるの？あんたが悪いんだからね？あたしが悪い要素は一つもない。 そう心のなかで喋っていると、初めて会った時のような冷たい表情で口を開いた。

「ユディナは、ノナのこと嫌いですか？」

「えっ」

突然の問いに、言葉に詰まる。 ノナとは憎まれ口を叩き合う仲ではあるけれど、別に嫌いというほどではない。 いつものやり取りなら軽く嫌いと答えてやるところだけど…… こんな表情で言われたら……もう。これだから苦手だわ……。

「ユディナは、ユディナが思ってる以上に狙われてるです。　周囲の視線を感じませんです？」

「……！」

驚き、咄嗟に辺りを伺う。 周囲は人もまばらで、居るのも観光客か地元民程度…… でも、言われてみると確かに誰かに見られているような……？ 狙われる心当たりなんてないから、考えても見なかったけど……。 つまり、ノナは。少なからずあたしのことを守ってくれてたってこと？ それなのにあたしは……

「こ、こんな時になんの冗談かしら？ 　脅そうとしたって別に……」

口から出た言葉はいつも通りの憎まれ口。 そう言いながら視線を左右に振れば、とっさに目をそらす奴が数人。 ……やはり、見られている？ ノナを信じてないわけじゃないけど…… でもなぜかうまく言えなくて……

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「ぞぇ～」

空気読みなさいよ！？

「冗談かどうかは自分の目で確認するです。 　でもノナはユディナのためにひとつ贈り物をするです」

改まった物言いで包みを差し出してくるノナ。 断る理由も思い浮かばず、あたしはその包みを受け取った。

「あ、ありがと。アンタがこんなことするなんて明日世界が滅ぶんじゃないかしら？ 　あたしはもう死んでるけど」

これ、開けてもいいのかしら？ ノナに視線を送ってみると、口元だけ微笑んでこくりと頷いてくれた。 がさごそ、と開封する。 中には布……いや、一着の服……これは、Tシャツ？ 『ドッキリ大成功！』

「……！？」

広げてみると、デカデカとプリントされた文字が目に入った。 これってまさか……そういう、こと？ さらに裏返してみると背面には『気分海草！』の文字。 気分爽快とかけてるの！？　なんでワカメがサーフィンしてるのよ！ 表の文字と関連性もないし！ ええい、ツッコミどころが多すぎて追いつかないわ！ っていうか！

「…………」

みるみると。

「…………ノナ？」

自分の形相が変わっていくのがわかる。 鋭い顔でノナの方を睨みつける。が。

（ぶいぶい）

でもそこには嬉しそうに、カフェで見た時と同じピースサインをしているノナがいた。 あぁ、もう。怒りを通り越して何だか気が抜けてきた。

「はぁ、一杯食わされたわね……。 　いいわよ、あたしの負けで……。これも、折角だからありがたく貰っておくわ」

「デザインもハイレベルだと思うです。 　ユディナもタダなら着てくれると思ったです」

実際、服が足りていないのは事実だ。背に腹は代えられない状態。 部屋着程度なら、これでも…… なんとか活かす方法を考えていたら、ノナが近づいてきて耳元で囁いた。

「それと。狙われてるというのは本当のことですよ。 　だからダサくしようと思ったです」

「ノナ…」

ますますこの子のことがわからなくなってきた。 どこまでが本当でどこまでが嘘なんだか……。 結局あたしはどうすればいいのよ。警戒すればいいの？どうなの？

「ま、気を取り直して服を選ぶわよ」

「はいです！」

分からないことをいつまでも気にしてもしょうがない。 この後幾つか安い服——結局全部クソTだった——を見繕って購入した。 此処での生活も少しは快適になるでしょう。見た目はともかく。 そうして店を出る頃には日も沈み始めていた。 同じ目線まで降りてきた太陽が眩しい。 結構な時間、店を回っていたみたいね。 うちの何割かは益体のないやりとりに費やした気もするけど。

「もう晩ごはんの時間なのです。　今日はワカメクアドラプルグランデにするです」

「…頼むならアンタだけにしなさいよ？」

「見くびらないで欲しいです、それくらいの量なら数の子さいさいなやつです。　……それと」

数の子……海風な言い回し……？

「あによ、奢らないわよ？こっそりあたしにツケておくのも禁止」

「まだ答えを聞いてなかったです。　ノナが嫌いかどうかの」

その質問、まだ続いてたの。 ……答えなきゃならないの、それ？

「あんたねぇ……」

今日幾度目とも知れない溜息をつく。

「そんなの、今更いわｎ」

「ぞぇ～！　ぞぇあぞっ！」

うるさいわね！！！ 空気読みなさいったら！！

「では身がほぐれたところでレストランに急ぐです。　トロトロするなです」

ああもう、結局言いそびれちゃったじゃない。 まぁいいわ。ノナもどうやら気にしてないみたいだし。 こうして二人と一匹は夕日に染まるテリメインの街へ潜っていった。 ＊つづく＊

ユディナはアイテムNo.8 TGシェルボックス（低） を使用した。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
ユディナ達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。