ぬるい。 透明な、けれど波の規則で視界が揺らめく不思議な風景。 警戒心というものがまったくみられない小魚が、足元を通り抜けていく。 男がほ、と息をつくと、いくつかの泡となって光の彼方へときらきらと昇っていった。 穏やかな海《セルリアン》と名付けられたこの海域は、不自然なほどに凪いだ海が拡がっている。 温かな空気というのか、海水なのだが、海水でないような。 じわりと身体にまとわりついている気配がなんともむずがゆく、心地よくも怖気のはしる、奇妙な感覚を覚える。 "濡れているのに、濡れていない" この違和感に慣れるのにどれくらいの時間がかかるだろう。 濡れた身体は体温を奪われていくし、水着が水分を吸って重さを増している。 水をかかなければならない、と思うのに、言うほど進行に抵抗を感じない。 「……どうしたの？」 小さな女性が胡乱な目をして男を見上げる。 言わない——もしくは言えないだけで、早く行こう、という促しの意図を感じさせる。 髪の毛はぺしゃんこ。地上ではふわふわとしてきらめいていたドレスも身体にまとわりついて見る影もないと言うか、なんというか。 滑稽だ。 それを口に出さない分別は、男にも一応あったようだ。 ……いや、違う。 彼は口に出さないことを選んだのだ。 「海の底を歩くのはこういうものかと思ってね。君はこういうことに慣れてるのかな？」 「……華美装剣士(ドレスナイト)は戦場を選ばない」 男の誤魔化しに返されるつっけんどんな声。 問答ひとつにもやや時間がかかる。彼女は話すことが苦手なのかもしれない。 なんでも彼女、他の星（！）からやってきた華美装剣士(ドレスナイト)という戦闘集団の一員らしい。 同行者に奇縁を求めてみたのは良いものの、集まった人数に溺れて声も出せず。 正しい名前を呼ばれることもないまま余ってしまったところを、愉快なものを見る目で残っていたおじさんに拾われた。 なんだよ華美装剣士（ドレスナイト）って。 読めねえよ。 みんな「はなびそーけんし」とか「かびそーけんし」のイレブンさんだと思ってたはずだよ。きっとそうだよ。 先の男の疑問には、体の違和感を感じていないのか、という意図も含んでいたのだが……やせ我慢なのか、それとも感じていないのか。 しかし、スキルストーンの恩恵は偉大である。 声なんてどうやって届かせているんだろう。 「……！　敵」 男も彼女が他の星から来た、ということには未だに半信半疑だ。 しかし、動きを見ても何やら戦いに一家言あるのは事実のようだ。 探索にも慣れた様子で進んでいくので、男としては非常に楽をさせてもらっている。 「……なにあれ」 「マイケル」 「みたことない」 「さすがのマイケルも宇宙は超えられなかったかな？」 マイケルはこの世界の色んな場所にいる動物と亜人種の中間のような生き物だ。 棒のような細い体で、喋る。道具も使い、世界の色んな所に生息している。 そして、他の生物に敵対的なことが多い。 マイケルに人権を認めるかどうかは議論の余地があるが、今はそれはいい。 「探索の邪魔になるならしょうがない……なっ」 「……」 始まってみれば女——シーナ・ミュートの動きは見事なものだった。 受けをメインにした戦い方らしい。 男がまだ違和感を覚えているのにも関わらず、体捌きで器用に敵の攻撃を受け流し、避けている。 そこらのおじさんとは動きが比べ物にならない。 その戦う様子はさぞかし美しいものであったろう。 地上であったなら、なお。 男も未だに半信半疑ではあるが、他の星から来たドレスナイト、というのも本当かもしれない。 「いや、助かったね。さすが強い」 「……貴様もよくやった」 「それはどうも」 お互いを称え合う。 ひと通り周辺を探索し終えると、おじさんは少し気を抜いた様子の女に声をかけた。 「ところで　あれもってきてるの？」 「……あれってなんだ」 「地上（うえ）で自慢気に見せてくれたやつさ。あれで星や船と連絡取るんだろう」 「ああ……　置いておく訳にはいかないし」 協会本部に流石に貴重品は置けまい。 見たいのか、とでも言うように男を見上げるが、彼がいいたいのはそうではなかった。 「スキルストーンには服や荷物が濡れなくなる特殊なものもあるらしいね」 「……？　……？？　そう、らしいな」 「大丈夫？」 「言いたいことがあるならはっきり頼む」 もったいぶったおじさんに少し苛立った様子で目を細める。 男はにこやかに続きを告げた。 「君、それ使ってるように見えないけど」 「そうだ、な？　……。……。！！！！」 激変する表情。 だらだらと冷や汗を流しながら、凍りついた表情で女は呟いた。 「ぼ、防水だから……」 「海でも平気なんだ？」 「……」 涙目で荷物を漁るシーナに、男はゲラゲラと遠慮のない笑い声を上げた。 今更自分の格好や荷物がどうなっているのかに気が行ったらしい。 遭難してからこっち、余裕などなかったのだろう。 シーナ女史（アラサー）の今後をただただお祈りするまでである。 なお、ちゃんと防水防塵だったことをここに記しておく。チッ。

おじさんはアイテムNo.3 焼き魚 を使用した。

敏捷が3上がった！

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

おじさんは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。