海底探索協会中央ロビー─── 「…やれやれ、参ったな」 この世界で探索していく力があるのかというテストの名目で一戦交えたマグノリアだったが、身体の方は既にいくらかの疲労を訴えていた。 マグノリアは戦いに関しては決して素人ではないが、それは地上での話。 ここテリメインの殆どは水に沈んでおり、今後の探索も水中が殆どで敵性存在が現れた場合も同様の対応が求められる。 そういう意味では、今回のテストは自分の戦いが水の中でも通用するのかという点を確認する上で有意義なものだったのだが─── ▼ その一時間程前、海底探索協会外にて── 「さぁお前の力を見せてもらおう」 「実力を見せればいいのだろう？」 水中へと身を投じたマグノリアと、マリンオークと呼ばれる種族のオーク・M・シュナイダー。 マリンオークというのもこの地で初めて見かけた種族だが、屈強な体に人魚の尾ひれが付いている。見るからに肉弾戦が得意そうだという事だけは判る。 マグノリアが胸の宝石に手を当てる。念じるとそこから光が生まれる。 その光を掴みゆっくりと引き抜くと光は質量を持って形を成し、やがてその手には一本のダガーが姿を表す。 碧色の刀身を持つ魔法短剣"ローランド"を逆手に構え、シュナイダーへと泳ぎ接近を試みる。 「ふっ…はぁッ！」 間合いに捉え一つ目を横薙ぎ、二つ目は更に距離を詰めての返し。 スキルストーンの力で水中でも難なく呼吸は出来るものの、体に掛かる水の抵抗により本来の振りを出せずもどかしさを感じる。 シュナイダーはその巨躯に似合わず素早く攻撃を避ける。やはり水中では素早く動くか──自由に動かけるのを厄介と見たマグノリア更に追撃を試みた。 (事前に仕込んでおいたこのスキルストーン、試してみるか…！) 直後、体内に巡る魔力が水着、胸元の宝石へと通じ、そしてその力が握っていた刀身へと伝達される。 魔力を縫ったローランドの一閃が蒼い軌跡を伴い、今度こそシュナイダーを捉えた！ 「隙を見せたなッ！」 「ぬうっ！フハハ、なかなかやりおる！」 体に一つ傷を作る。しかし怯むことなくすかさず攻勢に出たシュナイダーは尾ひれを強く動かし水を掻いた！ 「今度はこちらからゆくぞ！鍛え抜かれた我が肉体の一撃！！」 シュナイダーの大きな体をそのまま武器とし、勢いよくマグノリアに向けての体当たり。 それに気付いた頃には既に遅く、不慣れな水中もあって回避行動もままならない彼女に激しい水流を伴った一撃が突き刺さった！ 「が…っぐぅ…！」 苦しみに顔を歪ませ、その際にいくらか酸素を吐き出してしまった。数多の泡が登っていく。 攻撃の際もそうだが回避に関してもやはり水中がネックだなと痛感する。 「甘い、そんな動きではこの世界でやっていけんぞ！」 地上であったらここまで遅れは取らなかったであろうに。しかし彼の言葉通りだ。ここを出れば水の中に生きる生物と嫌という程退治しなければならないのだから。 本当に、目的でもなければすぐにでもやめてやる所だ。 しかしそれでは自分が必要としているものに辿り着けないだろうし、試験という場で早々に匙を投げるのは冒険者としてのプライドが許さない。 「何、少し油断しただけだ。この通りまだ戦える…さ、続きをしようじゃないか」 この試験も通らないようであれば話にならない。ローランドを強く握り直し、再びシュナイダーへと立ち向かうマグリノア。 しかし、その試験もロザリアネットの仕掛けた罠(？)によって数十分と立たないうちに終わりを迎えるのだった───。 ▼ 「先が思いやられるな…」 アイスを頬張りながら戦いをそう振り返る。 もう一人の協会関係者であるロザリアネットは名ばかりの審査とは言っていたが、一先ずの許可を得たとはいえ気分はスッキリしない。 唯一その食べているアイスで気分を紛らわせているような、そんな状況だ。 「はぁ、協力者を探すか…」 マグノリアは普段冒険者依頼を一人でこなす。一人が好きだとか他人が苦手と言われるとそうではなく、それは一人の方が何かと都合がいいからだ。 動きやすいのは勿論の事、依頼の殆どに自身の望むデータの収集を副次的に行っている為だ。 テリメインという世界は独自の魔力の影響なのか、既存の魔術の大半は無効化されてしまう。 そんな特殊な環境下で実験が出来れば今までにないデータが得られる…そんな目論見もあったのだが、どうやら状況は想像していたよりも厳しいもののようで。 自身の数々の魔術が使えないようでは足手まとい、ひいては自分の命すらも危うい。 幸い今の時期はテリメインでの探索が解禁されたばかりで、周囲にはパーティーを募る冒険者の姿が多い。 当然の事ながらシュナイダーもその審査で休む暇もない様子。 ロザリアネットはそんな事も見越してあんな真似を仕込んだのかどうかは本人のみぞ知る所か。 今もその扉から審査を終えた探索希望者が次々に戻ってくるのだが─── そんなマグノリアの目に留まったのは銀髪の少女、歳は２０に近い位だろうか？ 自分と同じく片目を覆う眼帯に親近感を持ったのもそうなのだが、なんと言っても目を引いたのが左手の義手だった。 いや、義手というよりは何か兵器かそれに近いものの印象を受ける。 丁度食べていたアイスも空になった。ゴミ箱にそれを捨てるとここはひとつ声を掛けてみる事にした。 「やぁ、そこのキミ。──そう、キミだ」 二つ声を掛けた所で銀髪の少女は振り向いた。自分に向けて、とは思わなかったのだろう。 「いや何、なんだか似たような姿をしているものだからさ。良かったら私の作っているヤツでもどうかなと思って」 「はぁ。…いえ、そういうのは間に合っている」 と微妙な返事をされてしまったが目はこちら──マグノリアの眼帯の方を見ているのを見ると、もしかしたら同じ事を考えたのかもしれない。 「…っと。すまない、別に押し売りをしにきた訳じゃあないんだ」 そうじゃない、と申し訳なさそうに手を振った。まぁ、それ以外の意味…データ収集という意味では少しあったが。 「実は協力者を探しているんだ。こう見えて腕に自信はある…と言いたい所だが水中じゃかなり手間取ってしまってね。見た所キミも同じ目的のようだが？」 「……。軍務だ、詳しくは言えない。協力者なら…私もこれから探す所だった。一応審査を終えてからのつもりだったから」 「なるほど。それで、どうかな？私も審査自体は一応済んだし、キミが良ければ是非お願いしたいのだが」 「共に行動してくれるなら助かる。戦闘訓練は受けているので役に立てると思う」 例の二人が認めているのであれば戦闘面は問題ないだろう。恐らく、シュナイダーはまた図られたのだと思うが。 …しかししまった、彼女は軍人だった。…いや、別に不都合はないのだが軍と聞くとどうも面倒事が付きまといそうなイメージがある。偏見だろうか。 「十分だよ、是非お願いしたい。目的に関しては事情もあろう、それ以上深入りはしないよ。ただ、探索するという意味では共通の目的だからな。 　私はマグノリア・ジーニアスだ、宜しく」 「ルグリーゼ・レーベンラント。リーゼでいい。少なくとも、君の事を傷つける事はないと言う事は祖国に誓おう」 忠を尽くすタイプだったか。しかし、あんな姿をしてまで軍に尽くすとは余程の事かと思うが…詮索はしないと自分が言ったのだし心に秘めておく事にする。 「所で、他には何が出来る？」 「料理を少し」 「ほう、そのうちキミの料理にありつけるという事かな？それは楽しみだ。私も多少心得はあるが、そのうち腕を奮ってくれたら嬉しいよ。食は心を豊かにするからな」 探索の楽しみがひとつ出来た。楽が出来る、とも言う。毎日缶詰や保存食は楽ではあるが飽きるのも早いから。 それからはこれからの事について少し話したり、翌日はここで待ち合わせをしてこの場は別れた。 あの義手も仕組みが判ればメンテナンスも出来るし──本音は何か面白い機構でも備わってないのか見てみたいという好奇心があるのだが。 ▼ 夕日が見え始め海が赤く染まり始める頃。 マグノリアは今夜の宿へと向かうべく浜辺を歩いていた。 ほぼ３６０度、見渡す限りの水平線。立派な島と呼べるのはこの辺位のものだろうか？ 海底探索協会に掲載されてあった地図も殆どが水だった。バカンス目的だったら良いロケーションだったかもしれない。 「殆どが水の中、か…。…ん？」 浜辺で鮫が体育座りをして海を眺めている。…いや、よく見るとそれはフードだ。 背中がなんとも哀愁を漂わせている。 なんとなく地元の子供達を思い出してしまったマグノリアは放ってもおけず、声を掛けた。 「こんな所に一人でどうした？」 声を掛けると鮫フードの少女は驚いたのかギュン！とこちらの方に顔を向けた。 海を見てた、と少女は言う。それはまぁそうだろうなと心の中で思った。 「なんだ、悩みがあるなら聞くぞ？」 「……ともだち、できるといいなって」 友達作り──。てっきりこの辺りに着た人間は七つの海の財宝ばかり探しているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。 「そうかそうか、じゃあ私で良ければその友達になってあげようか。 　私はマグノリア。暫くこの辺りの調査をするから話相手にはなれると思うよ。不定期になるとは思うがね」 「ほんと！？やったっ……おねーさんも海の中に行くの？じゃあー私も行く！」 「いや、遊びに行く訳ではないのだが……」 海の中がどうなっているのかは自分にも全く判らないのだ。審査がある位だから当然危険だってあるだろう。そんな所に友達が欲しいと言う子を連れて行くのは如何なものか。 「大丈夫！あたしにはサメちゃん一号とサメちゃん二号がいるからね！」 そう言って少女は立ち上がると両方の腕をぶんぶんと振って見せた。 ──驚いた。手に付けているそれも鮫の形を象っていてなんとも彼女らしいのだが、その質量は音からして思いの外大きいようだ。 それを重さを感じさせずいとも容易く振っている。何か特殊な力を使っているのか、それとも。 …とすれば、以外と戦力になってくれるのかもしれない。いややはりと一瞬考えるが、こうゆうタイプの娘は言い出したら聞かないものだ。 「判った判った。友達と言ったからには私も友達を守る義務があるからな。但しついてくるなら協会の審査は受けて貰うぞ。怪我をされては困るからな」 リーゼの事が頭に浮かぶ。…案外、一番の足手まといは自分ではないだろうか。…万が一にも、あるかもしれない。 「はーい！…あ、忘れてた。あたしスクロア！よろしくねー！」 その後、探索協会に連れて行ってシュナイダーとスクロアの審査を見ていたが、自分よりはマシに打ち合っていたように見えた。 無邪気ながらもその内の戦闘力の高さを垣間見た。 流石にこれは自分も負けてられないな…と思い、探索しない間は泳ぎの訓練でもしようかと思うマグノリアだった。 くコ:彡guestくコ:彡 PNo.937 ルグリーゼ・レーベンラント PNo.972 THS・スクロア

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。