初葉が『依頼』で惑星ファーラッドに赴いたのは1年前のことである。 『依頼』達成のために色々動くこと半年、そのさなかに出会ったのがハティだった。彼女はある組織から追われており、『依頼』がその組織の一端に関わることであったため初葉は彼女と共闘した。 最終的に組織は壊滅し、彼女も平穏な日々に戻っていった。 その組織が国家規模で根を張っており国との全面対決にまで至ったために、その渦中にいた彼女は今も微妙な立場に置かれているそうだが、それでも彼女が望む道を選べるようになったことを祝福したいと初葉は思う。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「やあ、久しぶり」 どことなく眠そうな、穏やかな声。 応接室で出された茶をすすっているハティの姿は、数ヶ月前と変わらないように見えた。 肩のあたりまで伸ばした水色の髪。左のもみあげだけやや長く伸ばして三つ編みにしている。茶色の双眸はいつもどおりどこか眠たそうだ。顔つきは14,5歳と言ったところだが実年齢は見かけとはかなり乖離しているという。体つきは華奢で余計な肉はついていない。こちらに来て手に入れたのだろう、服装はこの新東京市であれば奇異の目で見られないであろう無難なものであった。 「ご無沙汰しております、ハティさん。お元気そうで何よりです」 挨拶を返しながら、初葉はハティの対面のソファに座る。制約があって20世紀の建物という外観に固定されたこのビルだが、客の目に触れる部分だけは自由にしていいという抜け道があった。そのためこの部屋だけは今風で備品に金がかけられ、ソファの座り心地もいい。 「あれから隠居して悠々自適の毎日でな。規則正しい生活のお陰で風邪一つ引かずこのとおり元気さ」 「え、そうなんですか？　ハティさんのことだから世界を巡って問題解決をして回る冒険者をやっているのかと」 一緒に旅をしていた頃も、ハティは自分が可能な範囲で他者の問題解決をしようとする性格であった。自身が抱える問題がなくなったあとはそういう道に進むのかと初葉は考えていた。 「一時はそう考えたこともあったし、宰相殿にも強く勧められたよ。邪神討伐の名声を持つ者が国家の後押しで諸州を巡り人助けをすれば、国の印象も上がるという考えがあったのだろう。だが……断った」 ため息をつき、茶をすする。 「その時はもう、何かを現役で行う気になれなかったのでな。宰相殿は渋ったが、わたしの魔術武器を術研に寄付するということで話をつけたよ。あれは魔王時代の遺産ということでそれなりに研究価値がある」 「たしか、それがなければ魔術使えないんですよね？　良かったんですか？」 「日常生活に不自由しない程度には使えるので問題ないさ。で、ヤウダの片田舎に土地と研究室をもらって魔法学の研究の真似事なんかをやっているのだが……ここで本題だ」 そう言ってハティは一枚のノートのページを取り出した。そこにはファーラッドの学術語で何らかの内容が書かれているが、今は《文字理解》の装飾を身に着けていないので初葉には理解できなかった。ただ、花の挿絵と文字の段組から図鑑のページの写しであろうことだけはなんとなくわかった。 「これはカリハルムスといってロンギットの海底に咲くという珍しい花だ。今ではもう絶滅してしまったのだが、ある霊薬を作るのに必要になる」 「海底に？　珍しい花ですね。でも、絶滅していたらどうしようもないのでは？」 「ところが、ある場所でこの花がまだ生息しているという話を聞いたのだ。だが、そこは別世界の上に危険度が高いらしい。今のわたしではそこまで行けそうにないし、別世界まで護衛してくれそうな人物は君以外に知らない」 一旦言葉を切り、ハティは初葉を真剣な表情で見つめた。 「君に『依頼』をしたい。カリハルムスのある場所までわたしを護衛してほしい」 ハティの言葉に初葉は頷いた。 「わかりました、わたしの力の及ぶ範囲であればご協力しましょう。そこの名前を教えていただけますか？　わたしでは対処できないところであれば、他の人をご紹介する形になりますが……」 初葉の返事にハティは顔を輝かせた。 「本当か、ありがとう！　なに、初葉なら大丈夫さ。ええと……」 バッグからメモを取り出し、その世界の名前を読み上げる。 「海洋世界《テリメイン》だ」

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。