目の前に存在するそれをただ眺めていた。 魔物なのか、現地の動物なのか。 その判断ができない。 まさか、ここにきてすぐこんな厄介事に出会うとは。 こいつを、どうすればいい？ 目の前のモノに対する知識が、圧倒的に不足している。

「まずいわね……」

唯一分かることは、目の前のイキモノは衰弱しているということだ。 助ける？ 誰か人を呼ぶべき？ それとも、見て見ぬふりをするべき？ 手持ちに治療をできるようなものはない。

「み、水飲むかしら……？」

ひとまず、干からびているとするならまずは水だ。 銛を構え警戒しながら、鞄から水筒を取り出し中身をコップに移し差し出す。 すると、今にも干物になりそうなそれは弱々しく頭を上げ反応を示してくれた。 おそるおそるコップをそばに置いてあげると、それはゆっくりと起き上がり嘴を中に突っ込み水を飲み始めた。 … …… ………

「はぁ……結局全部飲まれたわね。　あたしの分が無くなったわ」

逆さにしても、もはや何も流れ出てこない水筒を鞄にしまいながら呟く。 今後の喉の乾きと引き換えに、それはだいぶ元気を取り戻したようで、楽しそうに宙を飛び回っていた。 そう、飛んでいた。 水を全て飲み干したそれは突然水の球体を纏うとふわふわと浮き始めたのだ。 何このイキモノ。本当まったく意味がわからない。

「ぞぇ～ぞぇぞぇあぞっ♪」

こちらに向かってかけられる鳴き声は明るい。 感謝されている……？ 言語は通じないが、どうやら敵対心はなさそうだ。 一安心し、銛を下ろした。 しかし、えらく道草を食ってしまった。一息ついたら、今夜の宿を探しに…… ん？ ここに何しに来たんだっけ？

「あー……そういえばそうだったわ」

改めて自分の格好を見直し、この“水着と言われた布切れ”を試すつもりだったことを思い出す。 ただ着替えただけでそのまま宿に直行してどうしようというのか。 まだ日暮れまでには時間もある。 予定より少し遅くなってしまったけれど、当初の目的を果たそう。

「足を取られて土左衛門になったりしてね。 　……そんな漫画じゃあるまいし、ふひっ」

……もう死んでるけど、そう心で喋りながら、横目で先程のイキモノを確認。 元気になったみたいだし、このまま放っておいてもどこか巣にでも帰るでしょ…… そんなことを思いながら海岸に近づいていくと、人影を見つけた。 先程の独り言が聞こえる距離ではないだろうけれど、何だか恥ずかしくなり目を逸らす…… ………ズッ。　　………ズッ。 が、すぐに異音に気づく。 なにかとてつもなく重いものを引きずる音。 ………ズッ。　　………ズッ。 気のせいか、異音はゆっくりとこっちに近づいてきているような。 いや、こっちに近付いてきている、まっすぐまっすぐこっちに—— 音のした方……海の人影へと視線を戻す。

「…………」

よく見ればそれは、身なりの良い少女だ。 海辺には似つかわしくない、気品すら感じられる。 その足元に引きずられているモノを別にすれば。 無骨な巨大鉄球、それも棘付き。 処女と鉄球。そのアンバランスさにしばし目を奪われてしまう。 ………ズッ。　　………ズッ。 少女はなおも近付いてくる。 気圧されそうになりながらも、ぐっと息を呑み話しかけた。

「あ、あによ……あたしに何か用？」

するとその少女はピタリと足を止め、こちらに向けて指を差した。

「いえ、貴方ではなくそちらに用があるです」

表情をあまり変えず淡々と口を開く。静かで抑揚のあまりない声。 彼女の指は先ほど助けた生物に向けられていた。 知り合い？ 飼主？

「ぞぇ？」

その割にはこいつの反応が薄い。 あれは武器？あたしと同じ冒険者の類だろうか？ いや、今回は仕事とか抜きにして来たはず…… 違う、そうじゃなくて…… やっぱりこのヘンテコなのは魔物かなにか？

「あんたが誰か知らないけど、こいつは今あたしが…」

「いいから早くどいてくれるです？」

遮って、やや強い言葉を浴びせてくる少女。 あたしのことなんて目に入っていない。 ここで脳裏に一つの可能性が浮かんできた。 この生物が大なり小なり希少で、この少女はそれを捕りに来た人物という可能性。 あるいは、何か危険な生物の幼生で、退治しに来た。 あたしを無視してえらく固執するところなんかが怪しい。 でも、折角助けた奴にまた何かされたんじゃ、たまったものじゃない。 少しだけ……ほんの少しだけ過去を思い出す。 荒れ果てた家。変わり果てた両親。そして命を失くしたあたし。 もはやおぼろげではっきりしないが、ただひとつ確かなこと。 あたしは、あたしの家族は、誰かの勝手で命を奪われた。 ヘンテコなイキモノを再度見る。 きょとんとして、何も分かっていないような顔。 間違いなく先程、助かったばかりの命。

『今生きている命を、誰かの勝手で、そう簡単に奪わせてたまるもんですか——！』

深い考えなんてない。どうなるかも分からない。 だけど、気がついたら。 あたしの腕はヘンテコを掴み、 あたしの脚は駆け出していた。 雑木林をくぐり、 砂浜を駆け抜け、 岩場を登り—— 初めての土地で地図なんてわからない。 ただ、あいつの手の届かないところに——こいつを。 … …… ………

はぁ……はぁ……

どれだけ走っただろうか。 気がついたらそこは崖っぷちだった。 岩場の上、波が打ち付ける断崖絶壁。 ここまで来れば、と振り返る。 しかし、視線の先には……人影。 それでもあいつは追いかけてきた。 少女は嘆息すると、呆れたような……いや、疲れている？ そんな様子で、しかし先程と同じ声音でこちらに声を投げかける。

「あまり、上に登らないで、欲しいのですが…… 　貴方の抱えてる……」

「来ないで！」

ヘンテコを抱えたまま、指先を少女に向ける。 しまった、銛はさっきの場所に置いてきてしまった。 背後は海、目の前には少女。 このまま迎撃する？ だめ、それではあいつと同じになる。 牽制くらいなら……いや、したところで袋小路だ。逃げ場はない。 胸元に抱きかかえたヘンテコは水を纏ったままだ。 密着したTシャツが水を吸っているが、そんなことを気にしている余裕はない。 少女を見る。変わらずゆっくりと、確実にこちらに向かっている。 後ろを見る。こちらも変わらず断崖絶壁。 ヘンテコを見る。何も分かっていないような顔をしてる。イラッとくる。 小さく溜め息をついて、後ろを振り返った。

「こんな形で、水着を試すことになるなんてね……不幸だわ」

ぎゅっとヘンテコを抱く手に力を込め、あたしは海に飛び込んだ。 この子はどうやら水棲のイキモノ。水の中は平気なはず。 あたしの身体？そんなものは気にする必要はない。 だって。 ………あたしはもう死んでるもの。 … …… ……… ざざん、ざざん—— 波の音。気がつけば、あたしの身体は波打ち際、日に照らされ暖かくなった砂の上。 重い瞼を開くと目の前には見慣れたヘンテコ。気を失っているようだ。

「……死に損ねたわね。もう死んでるけど」

安心したような後悔したような気分のまま起き上がる。 ……身体が重い、脚が上がらない。挫いたか。 五体は揃っているが、ダメージは結構なものだ。 修復には時間がかかりそうだけど、でも歩けないこともない。 ヘンテコも程なく目を覚まし、ぞぇぞぇという変な鳴き声を上げながら寄ってきた。 近くにあったちょうど良さそうな大岩に寄りかかりしばらく休む。 日差しがきつい、麦わら帽子を求め周囲を見回すが見当たらない。 飛び込んだ時になくしたらしい。 喉がカラカラだけど……水はこいつにあげたんだっけ。 直ぐ側に大量の水があるのに、これは飲めないし。 ついてない……。 そう考えていると、ふっと頭に何かを被せられた。 顔に落ちる影。手で感触を確かめると、それはなくしたはずの麦わら帽子。 一体どこから？ 頭上を見上げると、見知った顔。

「ひっ！？」

出会った時と変わらぬ表情で、あいつがいた。 ここまでしたのに、追いつかれてしまった…… まずい、今は戦える状態じゃない。 逃げようにも、足が動かない……

「……直射日光は体に悪いですよ？　それに忘れ物です」

すっ、と差し出されたのは、逃げる時置いてきた鞄や荷物一式。 彼女はそれを片手でゆうゆうと持ち上げていた。 え？　どういうこと？

「え？　どういうこと？」

思わず思ったままが口に出た。

「あの辺は海流が一定してるです。　全部ここに流れ着きますよ」

「そうじゃなくて、なんで」

「その子は私と同じ海の香りがしたです。　貴方がなんで走りだしたか知らないですけど…得るものはありました？」

————勘違い？ 言葉がでてこない。 恥ずかしいから？いやそんなものじゃなく混乱とかそういう。 動揺で視線が泳ぐ……海だけに？ 違う、だからそうじゃない。

「私はここで、探索者になるにあたり仲間を探してたです。　ココは興味深いものが多いです……ちなみに貴方には今のとこ興味ないです」

イラッ。 ともかく、鞄を奪い取るように受け取り、中を確認する。 生活用品よし。 衣類よし。 財布よｓ……ん？

「ちょっと！　財布の中身がなくなってるじゃない！！」

「それは分かりかねます。　俗に言う置き引きというものではないです？」

少女が盗ったのでは、と一瞬疑ったが、ならばわざわざ持ってくるのもおかしいか。 しかし——困った！！！ 財布を引っくり返し振る。申し訳程度の硬貨が数枚落ちてくる。 しばらく遊ぶために結構なお金を持ってきたはず……なのに、今は数日過ごせるかも怪しい残金。 もちろん、ここから戻る旅費にもなり得ない。 どうしよう……

「お金が入用なら貴方も探索者になればいいかと。 　今ならどんなゴミクズでも雇ってくれるです」

「冒険者みたいなものかしら？ 　なにか言葉が引っかかるけど考えてみるわ」

こいつ、いちいち一言多い。

「それはそうと、その子をこちらに渡してください。 　これから登録に行きますです」

あたしの膝に乗っているヘンテコに向かって手を伸ばした。 こいつは別段怖がっている様子はない、むしろ好意的な反応をしている気もする。 あたしの苦労はなんだったの…… 今日は厄日だわ。 そう思っていると、

「ぞぇ～♪」

ヘンテコが私に擦り寄ってきた。 なんだか少し可愛げがあるような気がしてきた、よくわかんないけど。 少女は無表情にこちらを見ている。それを見て、少し仕返ししてやろうと思った。

「どうやらこの子、あたしに懐いてるようね。残念だけど、あんたには預けられないわね。 　あたしがこの子と探索者になろうかしら～？」

ちらりと視線を送る。 表情は変わらないようだがその心情はどうだろう？

「……じゃあ、貴方も一緒でいいですよ別に。 　私は許すです」

イラァッ☆ やけに言葉が刺々しい奴だった。 その棘付き鉄球が本体なんじゃなかろうか。 鎖もじゃらじゃら鳴らして威嚇してきている気がしてくる。

「あによ、不満？　あんたみたいなのに任せてたら、この子の命がいくつあっても足りないな、と思ったんだけど」

「ご心配なく、私は勘違いで足をくじいたりはしないです」

「あによ、この……」

「ぞぇぞぇ～！　ぞぇぞあぞぇあ！！」

火花が散らすあたしたちの間に、ヘンテコが飛び込んできた。 お互いの顔を交互に見つめる。まさか、仲裁してるつもり？

「……」

「……」

「……」

はぁ。 何だか毒気を抜かれてしまった。 しょうがない、癪だけどひとまずの同行者として認めよう。 溜め息をついて、改めて自己紹介。

「騒がせて悪かったわね。　あたしはユディナよ。　あなたは？」

「私はノナです。　よろしくおねがいしますです」

かくして不思議な一団がここに生まれたのであった？ ……やっぱり厄日だわ。

「ところで、この子名前はなんていうのかしら？」

「わかりかねます」

「ぞぇ？」

つづく

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。

——辺りは穏やかな潮の流れと、ちらほら入る光で暖かい。
まだまだ遺跡は先へ続いている……。

ユディナは周辺を探索…………。

シェルボックス（低）を手に入れた！

ユディナはSSシェルボックス(低)を購入した。

ユディナはSSシェルボックス(低)を購入した。

ユディナは魔力を訓練した。
ユディナは魔力を訓練した。
ユディナは魔力を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。
ユディナは魔力を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。
ユディナは魔力を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。

魔導石 に 魔導力強化 を実行！
魔導石 の 魔導攻撃力 を 1回強化した。
装備名を 銛ロッド に変更！

クソTとマイクロビキニ に 命中力強化 を実行！
クソTとマイクロビキニ の 物理命中、魔導命中 を 1回強化した。

リング に 強化なし を実行！
装備名を 麦わら帽子 に変更！

目的の決定