アマリアの声と想いに呼応し、お守りとして母親から渡されたペンダントが、蓄えられていた魔力を一気に放出し始めた。
その魔力は閃光となり、ペンダントを中心として、水面に波紋が広がるように瞬時に周囲に広がってゆく。

……やがて眩い光が収まると、アマリアの目の前の空間には、ぐるぐると渦巻く白色の銀河のようなものが出現していた。

今まで一緒に戦いを共にしてきた仲間達と、タンポポ荘の住人達への別れの挨拶は済んだ。
忘れ物も無い。迎えに来てくれた姉とも無事に合流できた。
あとは、元の、自分の世界に帰るだけだ。

傍に立ったアルセリアは黙ったまま、温かな表情でアマリアを見守っている。

そう言うなりなんなり、アポルは本当に何の躊躇いもなく、渦巻きの中へと飛び込んでいった。
その後姿を見遣ってから、アマリアは、傍に控えたエンブリオ達の方を向く。
元の世界に戻る、ということで解約は既に済ませたのだが、エンブリオ自ら、アマリア達の見送りに来てくれたのである。

エンブリオ達が口々に言葉を返す。その様子に、アマリアは嬉しそうに笑った。

小さくガッツポーズを作って見せてから、アマリアは手を振る。
——そうしてエンブリオ達に見送られながら、アマリアはアルセリアに手を引かれ、光の粒子の中へと消えていった。

「ここは……遺跡？」
「…ん、だね」

アマリアが降り立ったのは、島の港がある居住地とは正反対側の、古代の遺跡群が残っている高台だった。
頭上に広がる高い空に、風を受けて回る何台かの風車。
そして居住地へと繋がっているであろう緑の森が、視界に広がっている。

「…ブルルゥ」

聞き慣れた声、とは言え、決して人のものではない鳴き声に前を向くと、そこには、『元の姿』となったアポルが居た。

「わー！ ちっちゃかったのがでっかくなってる！」

その姿を見て、アルセリアは目を輝かせる。

「…あれ、待っててくれたんだ？」
「ヴルゥ」

鹿のような体躯と角を備えた生き物は、アマリアの言葉に頷きを返した。

「そう言えばアポルは、元々は人語は話せないのだものね。メルンテーゼに居た時が、特別だっただけ…」

アマリアとアルセリア、二人が追い付くのを待って、アポルも歩き出す。
彼女たちの歩調は、いつの間にか揃っていた。


森の途中でアポルとは別れ、迷うこともなく森を抜け、アマリアとアルセリアは居住地へと出てきた。
眼前に広がるのは、突き抜けるような空と、その青色とはまた違った色を湛える海。
青々とした木々や草花が、ざぁっと吹いた南風に穏やかに揺れている。

…久し振りに見る懐かしい風景に、気持ちがじわじわと昂ってくる。
その気持ちに突き動かされるがまま、アマリアは自分の家がある方角へと駆け出した。


「——マリー！」

村の広場を通りかかった時だった。
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、わたしは立ち止まる。
視線を遣った先には……大勢の、と言うか、おそらく島の住民全員、と言っていいほどの人だかりが出来ていた。

「マリー！ おかえりー！」
「おかえり！」
「……！ たっ、ただいま！！」

呆然としているうちにそのうちの数人がわたしの方に向かって駆け出していたらしく、
相手の顔を確認して名前を呼ぼうとする前に、思いきり飛びつかれた。
反動でやや後退しながらも、反射的にその相手の身体に手を回す。

「待っていたのよ〜」
「小父さまからアマリアちゃんが帰って来るって聞いてなあ。島のみんなで待っていたんだ」
「家に帰るならきっとこの広場を通るだろう、ってね！」

仲のよい友達や村の人に頭を撫でられ、口々に迎えの言葉を掛けられる。


「——おかえり、アマリア」


一人一人の声を聞き取るのが難しいような、ガヤガヤとした賑やかな話し声の中。
“それ”は、はっきりと、確かにわたしの耳に届いた。
……ずっと、わたしが聴きたかった声。会いたかった、声。

「——母さま！ …と、父さま！ それにリト！」

目尻に微かな熱さを覚えながらも、わたしはその声と姿の元へと走り出す。

「——ただいま帰りました！！」

それから思いきり、母さまの腕の中へと飛び込んだ。

「…嗚呼、母さまだけずるいぞ。私もだ、私も」
「父さんは帰ってからでもいいんじゃないの」
「そうだよ。島の皆が見ているのだから、父さんはシャキッとしてなきゃ。ほらシャキッと」

後から追い付いたリセが、からかうように父さまに叱咤を飛ばす。
周囲から温かな笑い声が漏れる中、わたしは柔らかな腕の中で静かに泣いていた。


『……ヴォ————………』


「………？」
「…あれは——！」

突如空から降ってきた、船の汽笛のような低い音に頭上を見上げる。と、其処には、空を悠々と泳ぐ、一頭のクジラが居た。
クジラの姿をした、風と水を司る、島の守り神。
そう教わったことがあるし、実際にこの島では、彼（彼女かも知れない）を祀っている。

「——さまだ……！」

島民の一人が感激したように、そのクジラ神の名を叫ぶ。


『——………————……』


やがてそのクジラの声は、上下様々に音を変え始めた。
その歌声はただただ穏やかで、心に優しく響いてくる。
その声は、まるでわたしが無事に帰ってきたことを祝福してくれているようにも思えた。


メルンテーゼでは本当にたくさんの、色々な出来事があった。
それはとても1日や2日で話し終えられるようなものじゃない。
……母さまや父さま、リトやルセに、まずは何から話そう。
尾ひれを動かし、晴天の空を優雅に旋回してゆくクジラを見詰めながら、わたしは思った。

今までの旅のお礼を述べ、この先に待つ者へ向けて心構えをしようとした時に、声がかけられる。

声を掛けられた方—アマリアの方を見ながら、尋ねる。

と、そこまで言って、アマリアは思い出したように、不意に立ち止まる。

差し出したのは、シンプルな花のブーケと、小さな焼き菓子の包み。

姉と思しき女性に手を引かれて、アマリアはタンポポ荘を旅立っていった。

玄関で手を振りながら、一人の少女と一羽の兎は、二人の後ろ姿を見つめていた。

　　離れていても　二人の約束は褪せない

　　だから必ず戻るよ　キミの近くへ

　　数えきれない「ありがとう」へと続いていく

　　キミと出逢った　あの日が始まりのストーリー……