視界が明るい。赤に緑に黄色に、きらきら、ぐねぐねとしている。
まるで水の中にいるような音が聞こえて、自分の考えていることも遠くなる。
それでも、気分は悪くない。いや、むしろすがすがしいと言っても良い。
野営地へと戻るために歩く私の足が止まらないのは、ひとえに気分が良いからだ。

「あ、う……あ、はは、はははっ」

　自然と笑い声が口から漏れ出る。今の私は、久々に愉快な気分だ。
あのにんじんを食べてからと言うもの、ひどく鷹揚な心持ちになっている。
今なら、なんだってできる。きっと、どんなことだって言える。
そう思うと、歪んだ視界と聴覚さえも、心地よくて仕方が無いのだ。

「えへへっ、ふふふ、待っててね、みんな……ふ、あはは、っ」

　時折足がもつれそうになりながら、私は記憶の中のキャンプへ向かう。
今なら、心の底から皆と一緒になって笑えるような、そんな気がして。
きっとヘイアンのあの暖かい手や笑顔にも、答えられるように思えたから。

　そんな事を考えていた私の前に、ふと、何人かの人影が現れた。
私はそれを見たとたんに、自分の目を疑った。だって、それは。

「……ナコリ……、おとうさん、おかあさん」
「それに、先生やパトリシアまで……」

　それは私が『むこうの世界』に置いてきた、大事な人々だったから。
まさか。みんなみんな、生きてメルンテーゼまで来ていたっていうのか。
私が間違っていたというのは、ただの思い込みでしかなかったのか。

　気づけば、私はみんなの方へと駆け出していた。
瞳から、これまで溜めこんでいた分の涙を溢れさせながら。

　——それが、私の記憶の中にある最後のシーンだった。

そう言って示す先には。

額を抑えながら、深いため息を溢してフィアに視線を送る。

　そう言いながら、棒を器用にくるくると回してみせる

視線に気づくと、にへっと笑って、ひらひらと手を振ってきた。

２度目の『ありがとう』を紡いだ表情には、爽やかな風が吹いていた。

不意に、少女の口から溢れた笑声。
その漏れた息遣いに合わせ、フィンヴェナハの眉は強張った。

次いで出た声は、滔滔と流れ出るミモザの言葉に掻き消え。
さながら、水の流れに巻かれるように。
少女を真っ直ぐ見据えながら、その声に耳を傾けた。

ミモザの唇が動きを止めたのを見、フィンヴェナハが口を開く。
無愛想な表情に変わりは無いが、眉間に漲った力は、既に失せていた。

赤子で在れば、何かを差し出す道理は無い。
己の意の向くままに、常に周辺を探り得て行くモノだ。

無垢の赤子を警戒しても、仕様があるまい。

＊＊＊＊＊練習試合後＊＊＊＊＊

当然と言う言葉にすこうし、眼を瞠った。
可笑しげな様子も又隠すつもりなさげに、面に出しながら
彼女の名前を口の中で繰り返す。

　

　

　

紛れも無く、などと付け加える辺り、
多少の状況への苛立ちが透けて見える様子。

私は周囲をきょろきょろと見渡す。
ただ赤と緑と黄色の歪んだ空間があるばかり。
私の周りには、だれもいない。

困惑する視線の先には、混乱の真っ只中たる少女が一人。

快活な、いや狂ったような笑みを浮かべる少女。
先日食べたにんじんの効果によるものなのだろうか——。

そう言う彼女の隣には、青年と女性、バイクの姿だけがあった。

太もものホルスターから、呪いのこもった短剣を抜き放ち。
それで軽く左腕に傷をつけると、少女は凶暴に微笑んだ。

件の少女の視線。その先にある、喋るにんじんを見て押し黙り。

さんざん叫んだ。