エルは閉ざされた空間、鏡の牢獄の中で魔法のパズルを解いていた。鍵がひとつ、またひとつ解かれていく。
　彼自身は胡坐をかいて座っているだけだ。だが、彼の周りにいくつもの錠前が浮かび、いくつもの流星が楕円の軌道を描いて回っていた。
　流星が錠前に触れると、火花を散らして錠前が砕け散っていく。ひとつ、またひとつ……。

***

　デビルはエルを追いかけていた。手には黄色いびっくり箱。先程エルが落としたものだ。彼はそれをもういらないと言った。
　しかし、デビルは何かが気になったのだ。デビルも魔法を使える。デビルの魔法の力が、エルの存在を捉えた。だが、彼には何かが欠けている。心が空虚なのだ。代わりにあるのは、渦巻く混沌。
　デビルは、エルに話しかけた。

「ご主人様、少し我の魔法を試してみてくださいな」

　エルは立ち止り、表情の無い顔で振り返った。デビルは直感した。何かが起こっている。魔法の呪いだ。魔法の呪いは、魔法の力によってしか解決できない。

「我も随分力をつけてきました。我の力、見てもらいたいのです」

　そう言ってデビルは、黄色いびっくり箱をエルの目の前に差し出した。

***

　鏡の空間の中で、エルはミズリィの影を捉えた。

「悪霊さんは、自分の声を失っていた。ミズリィという影を使って、僕に語りかけていたんだ」

「物語…誰かの考えた物語は、いずれ忘れ去られる。その物語が、悪霊という仮初の存在を手に入れ、ミズリィという声を得て、シュルケーという形になって現れた」

　鍵が一つ、砕け散った。

「作者はきっともう忘れているだろう。でも、この物語はどうしても他のひとに自分の物語を見せたかったんだ。気付いてほしかったんだ。だからいたずらなんかして、気を引こうとしていた……でも声がなかったから、伝えられるわけなかったんだ」

　ミズリィの後ろに見える、悪霊の影。その向こうに、悪霊の真の姿が見える……。それは、一冊の本だった。

——『しゅるけーのぼうけん』

　それは、画用紙を折って作った、子供じみた鉛筆書きの本だった。

「混沌の神は、本に命を与えた」


——鍵が、また一つ砕け散った。

　　　　　　　背負った竹を肩越しに抜いた