(Eno.200　ユパックの日記の後の時系列で繋がっています。あとたぶん今回のPTMと日記がリンクしてる気がします。後半部分はユパックの日記と合わせてお読み下さい)

「……で、俺たちが残ったって訳か」

やれやれとため息をついて、残された三人の表情をそれぞれ見やる。
森、城、そして山。それぞれの調査を終えた面々は一度中間地点へと戻り、情報の交換を行っていた。
曰く、メィレーは森の奥に怪しげな研究員の噂を聞いたらしく、索敵の行える者を連れて調査をしたいのだという。
研究員は王の手の者であり、珍しいエンブリオを操っているらしい。時を操るエンブリオを捜し求めている彼女にとっては、その噂は大きく興味をそそられるものであったようだ。
そんなわけで、彼女はキャンプで情報を交換してすぐに、ユパを確保して旅立っていってしまった。
ゲオルグの方はというと、森で手に入る素材、そしてエンブリオたちの研究価値に心惹かれたようで、同じく何か思うところのあったらしいソルトを連れてメィレーたちとは別方向へ向かっていってしまった。
つまるところ、キャンプには俺と冬花、それにクローシェとルドが残された訳なのである。

クローシェも俺と同じ様にくるりと見渡して、それから小さく手をあげて、声を発した。

「あの。皆さんは何処か行かれる場所は、ありますか？」

集まってすぐに言わなかったのは、彼女なりに他の皆の希望を優先したということだろうか。
他者を優先できるところが彼女の美徳だが、時折本当にそれで満足出来るのかと心配になることもある。
きっと、彼女にとってはそれが当然で、杞憂なのだろうけれど。

「……もし、どなたも無いようでしたら、私は、城の方に行きたいなと思っておりますわ」

つまりは、護衛を頼みたい、ということらしい。
様子を伺うように向けられた視線に先に応えたのはルドだった。

「……俺は、特には無いかな。あぶれるようならどこかついていくか、先進むかのどっちかと思ってるけど」

そこまで言って、再び場に沈黙が訪れる。
それから、おずおずと冬花が口を開いた。

「……私は」

こいつもこいつで、遠慮をしているらしい。
逡巡する様子が見え、助け舟を出そうかと思っていたが、そこで漸く口を開いた。

「私も、城に行きたい。契約を結びたいエンブリオが、いる」

前に会えなかったのだと付け足して、言葉を締めくくる。
彼女が自らの意思で契約したいエンブリオというのは珍しい。
であればそれを否定する理由も無く——

「——エンブリオ、か」

クローシェの提案、そして添えられた冬花の言葉に少し考えるような素振りを見せて。

「なら、俺たち四人で城へ行こう。クローシェと冬花の二人だけを危険なところへ向かわせるわけにもいかないし、ルドもそれで構わないか？」

彼は俺の言葉に頷いて、それから他の者を見やる。

「そうするか。城、だな」

「あんたも来てくれるなら百人力だ」

「よかった、有難うございます。私もエンブリオに会いたくて。では、どうぞ宜しくお願い致しますわ」

その様子に、クローシェは安堵の溜息をついた。それから、すぐに表情に喜色を湛えて笑いかけてくる。

「この４人で行くのは初めて、ですわね。ふふ、嬉しいです」

「最近トウカさんをマコトさんにとられてしまいましたし。……あら、そういえば、マコトさんとご一緒するのは私、初めてですわ」

彼女の軽口を聞いたのは、案外これが初めてだったのかもしれない。
確かに、このメンバーでの旅は珍しいなと思った。

「ありがとう」

「と、……、ごめんなさい？」

冬花がルドとクローシェの二人に小さく頭を下げてから、ちらりとルドを見、ぽつりと付け足した。

「とられる。取られる……」

それから、クローシェの言葉に首を傾げて、尋ねるようにその首はこちらへと向いた。

ルドの様子の変化には気付いたものの、何があったかは分からず。
そうこうしているうちに、悪戯めいた微笑を浮かべるクローシェと不思議そうに自分を見上げる冬花の姿にやれやれと肩を竦めて。

「——って、クローシェ。俺は別に取ったつもりは無いぞ。冬花も真に受けるなよ」

「しばらく別行動が多かったけど、これからはその必要も少なくなる筈だ。あんた達と一緒に肩を並べて戦えることを嬉しく思う」

「クローシェ……それにルドも。改めて、冬花を守っていてくれてありがとう。俺たちが無事に再会出来たのも、あんた達のお陰だ。俺たちは冒険者としては未熟だし、これからも迷惑を掛けると思うけど、その……今後とも、宜しく」

「……私からも、ありがとう。色々と、気に掛けてくれていたから」

「俺は好きでやってた事でもあるしな。迷惑かけんのは俺もそうかもしれないし、お互い様だろ。こっちこそ宜しくな、少年」

「お礼を言われる事は何もしていませんわ。だって、友達ですもの、当たり前です。旅や、守る事は私も不慣れですから、そういった処はルドさんに助けて貰ってばかりで」

「私こそ、未熟ですけれど。改めてどうぞ、宜しくお願い致します。こうやって皆さんと一緒に居れて、本当に嬉しいんですの」

そう言って笑うクローシェに、少し気恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。
それから問うか問うまいか迷ったところで、結局好奇心には勝てず、振り返って疑問を零す。

「……そういや、城で何かあったのか？」

そういえば、ルドの行方が分からなくなってから、城で見つかったんだったかと記憶を思い起こしながら。

「……うん、まあ、ちょっとあったか。大した事じゃないけど」

何か言いよどむような様子で、それから視線を逸らされてしまう。
ルドの言葉に頷くように、冬花が続ける。

「……うん。問題は、なかったよう」

座ったまま、靴に包まれた足を揉み解す様な仕草。それから俺たちを見回して。

「……行く？」

と、いつものように首を傾げる。

「……？　特に大事に至らなかったのなら、別にいいか」

頭上に疑問符を浮かべつつも、大したことは無いという面々に俺は詮索を諦めた。
言葉を紡いだきり、冬花の言葉に合わせて視線を丘の向こうへとうつしたまま。

「そうだな、行き先も決まったし、早速出発しよう。城には一体何が待っているのやら——」











情報交換から、皆が旅立つまでの時間。
ユパに声を掛けられて、俺は少しの間彼女と言葉をかわしていた。

「このまま複数に分かれてお城への道を探すのは、確かにこの戦いを終わらせる近道だとおもうんですけど……マコトさんの目的には遠回りになっちゃうんじゃないかなって。トウカさんと元の世界に戻る方法、探さなきゃですよね？」

俺の旅の始まりは、彼女との出会いだった。
メルンテーゼに辿り着き、あてもなく彷徨い倒れていた俺を介抱してくれたのが彼女だ。
その恩に報いる為に、俺は彼女と共に一揆に参加すると決めた。
だというのに、彼女は寂しそうな瞳で俺や冬花を案じるような言葉を紡ぐ。
……まるで、自分は一人でも大丈夫だからと言わんばかりに。

「そんなこと気にするなよ。……確かに、最終的に帰るつもりではあるけどさ。でも、乗りかかった舟だろ、今更投げ出そうなんて思っちゃいないよ。この戦いは終わらせるし、その後で元の世界にも帰る。それが俺の目的だ」

冬花を無事に元の世界へ帰し、俺自身も元の世界に帰ってカノッサ機関と決着をつける。
それが俺の最終目標であることは間違いない。
けれど、だからといってそれを優先するばかりに、他を蔑ろにすることなんて出来ない。
仲間であり恩人の彼女を半ばで見捨てたり、困窮するメルンテーゼの民を見限ったりしたら、俺は多分一生後悔するだろうから。
それと同時に、彼女やメィレー、ゲオルグを始めとした仲間たちをもしも傷つけたらという不安が過ぎって——

「一人で抱え込んでないですか？　短い付き合いだけどそういう人っていうのは何となくわかっちゃってますよ」

彼女の言葉に我に返る。
無邪気な顔でそう言ってみせる彼女の表情には、恐怖の色はない。

「君は、俺のことが怖くないのか？」

「怖くないですよ。まだ少ししか一緒に過ごしてないけど、でも、どういう人かくらい私でも分かります。それに、怖かったら一緒に居てないですよ。私も、みんなも……またなにかあったんですか？」

その言葉に、胸が張り裂けそうになる。
彼女は俺を信頼してくれている。だからこそ、彼女は俺に恐怖せずに言葉を紡いでくれているんだ。
だというのに、俺は。翡翠に混じる菫の話も、瞼の裏の茨の話も、ずっと黙ったままで。
——分からないんだ。そもそも、俺の力がどういうものなのか。最近の起こっている現象が、何の兆候なのか。
この力がまたあの日のように暴走して、裏切ってしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。
ただ、漠然とした不安だけが大きくなって、そうして。言葉も纏まらぬまま、それは口から溢れ出てしまう。

「……こんなことを言っても、しょうがないのにな。ごめん、ユパ」

隣に座って俯きながら俺の言葉を黙って聞いていた彼女は、唐突に顔をこちらへ向けて柔らかな微笑みを浮かべる。

「私ができる事は少ないし、こんな事でその不安が軽くなるかはわかんないけど」

「私がそのとき傍に居たら、私だけじゃなくて多分皆が、マコトさんを助けようとするし、助けると思いますよ。私じゃ頼りないかもですけど、今は……今は一人じゃないから大丈夫ですよ。私だって、マコトさんたちが居るから今は大丈夫です」

……違う。違うんだ、ユパ。
俺にとって、皆は大切な仲間だから……。
だから、傷つけてしまうことが、怖いんだ。
信じてくれた皆を、裏切ってしまうことが、怖くて仕方がないんだ。

「あれですよ、マコトさん。私がもし間違って後ろから弓をマコトさんに当ててしまったら、それはあーやっちゃったと思うし、その後の怪我の手当てとかめちゃくちゃ頑張ったり、すごく謝ったりしますけど、でもそれは裏切りじゃなくて……その、あんまり上手く言えないけど、大切なのは裏切ろうと思わないことだと思うんです。もちろん怪我とか嫌だし、ちょっと顔の横とか攻撃が飛んできたら怖いと思っちゃいますけど、でもだからって、その、謝れば許してくれます……よね？」

矢継ぎ早に紡がれる言葉は、少女の年相応に拙くて、だからこそ、彼女の気持ちが伝わるようだった。

「俺は許せるよ。でも——。確かに、危険に晒すだけなら謝れば許して貰えるかもしれない。でも、それ以上の事態になる可能性だってある。……命に関わることにだって、なるかもしれない」

「そうならないために居るのが仲間ですよ。私はあまり何もできませんけど、守る人も癒す人も、私たちは結構恵まれてる方ですよ？　マコトさん一人で崩れる仲じゃありませんよ」

ユパの言葉に、泣きそうになってしまう。
ああ、俺は、なんて愚かで——

「……そうか。そうだよな。悪い、ユパたちの強さは良く知っている筈なのに、こんな事を言っちまって……」

「やっぱり、全部一人でやろうとする癖があるみたいでさ。この力があれば皆を守れるとか、この力があったら皆を傷つけてしまうかもしれないとか、そんな風に考えてしまうんだ」

「花凪にいた頃は、一緒に戦う仲間なんていなかった。俺が全部やらなきゃいけなかったし、巻き込んだ人を傷つけてしまうこともあった」

「でも、こっちでも同じ風に考えるのって、凄く失礼なことなんだよな」

「ユパ。君の弓の腕も、その眼の良さも、……そして、仲間を想う心も。全部信じたいし、同じだけ返したい。……ごめんな、弱音を吐くつもりはなかったんだけど」

懺悔にも似た俺の言葉に、彼女はそれを癒すように俺の手を取って微笑みかける。

「——はい、一緒にがんばりましょうね」



俺は、変わりたいと思った。
変えたいと思った。
変わらなければいけないと、そう、思った。

そう言って、X-13は魔異に平たい円柱が半分埋め込まれた鉄の箱を差し出した。

X-13はムセンキと呼ばれた箱をもう一つ取り出すと、埋め込まれた円柱を弄りだした。
そして距離を取った後に箱を口元に持ってくると

魔異のムセンキから声が聞こえてくる。
向こうの文化の事など知らないのだが、だから当然の反応という訳でもなく。

アクエリオンはマコトにヒールをかけた！

『良くないことだ、ってのは分かってる』

このエルフの言うことは半分くらい聞き流したほうがよさそうだぞ！

勝手に好感度を上げられた！

おもしろそうなので誤解を招くようなことを言ってみるエシャロット氏。

あなたの訝しげな視線に、エリファス・レヴィ・ベートと名乗った青年は慌てたように弁解を始める。が、その口調はどうにもおぼつかない。

その一方で、少女の姿をした人形はじっとあなたを見つめている。いや、その視線は最早、観察といっていいかもしれない。

そこまでいったところで、エリファスの言葉が止まる。
青年の目は———あなたの瞳を見て、動揺していた。
懐にある魔術書をぎゅっと握りしめて、唾を飲みこみ。どうすればいいのかわからないとでもいうように、硬直してしまっている。

誰かが優しいのも、久しぶりだったし。
感じる安心感に、思わず気が緩んでしまいそうになる。

「急ぐもんじゃない」というマコトの言葉に、ネビュラは声を荒らげる。

水筒を受け取ると、大きく傾けて水を飲む。

盛大にむせた。水がかかったかもしれない。

にこにこと穏やかに笑ってブラウニーの方を見つめる、が。

明らかにいつもと違う様子に、思わず声をかけた。

およそこの場所には似合わない妖精の姿に瞳を瞬かせ、

多頭の蛇へと視線を移せば、小さく息を吐き、風を引き寄せる。

えと、と悩むように言葉を区切りながら、少女なりの不器用な気遣いを。