進んでは小川を流されて下り、また進んでは流される。その繰り返しで、二日か三日は過ぎただろう。
ふつふつと静かに感じる怒りは、負けを喫するような自分の能力の不足に対してか、それとも先を行くものから伝わって来る情報を聞いての焦り故か。
だがそれ以上の疑問が、確かに胸の内にある。

「ねえ」

虚空に問えば声は返る。例え耳が塞がろうとその声ならば聞こえるだろうと、妙な確信がある。

『なんだ』
「僕さあ、なんで動けてるの？」

仮にも動けなくなるほどの重傷を負って、一日かそこら休むだけで済んでいるのは異常な事態だ。
寝て起きれば傷も痛みも消えている。寝るまでもなく、気を失って目覚めたらその原因がなくなっていることもある。
おそらくその理由は、今話しているこの存在にあるのだろうと察しはついているのだけど。

『私が力を貸したものが、その程度でどうにかなるものか。何度倒れようと、こうして話せる程度の繋がりを保ったままなら、おまえは何度でも立ち上がれるよ』
「ふうん」

まるで化け物だね。
そう足してやったら、あちらは、はは、と短く笑った。それほどの短さでも、僕はこれが声を上げて笑うのを聞いた事がなかった。

「そうとも。おまえも今はバケモノの端くれだよ。それをやめたら、誰とも分からん死体がひとつメルンテーゼに転がるだけだろうさ」
「おお。怖い怖い」

しかしそれは分岐のすぐ先にある未来なのだ。
ふとした拍子に僕が転がり込んでしまうかもしれない未来なのだ。
それを免れる権利は僕の手の内になく、ただこの存在がそれを握っている。
我ながらなかなか馬鹿な契約をしたものだと、表情には出さず呆れる。
だがそれによって開けたのは、通常なら渡るどころか話を聞くことさえできない異世界への扉だ。
どちらがよかったか、と僅かに逡巡して。

「まあ、そうならないために、せいぜいお力添えを頼みますよ。なんちゃって」
『調子の良い奴だ。……もっとも、見込んだのはそういうところだがね』

結論は、今そうなっている以上、IFには意味がない、ということそれだけだった。

使えそうなものと見るや、素早く取って懐へ入れてしまう。

歩いて行く最中暫し風に吹かれている。頭上に座ったドールが左右に首を傾げる。機嫌があるなら、機嫌がよさそうに。