【回想：240年7月8日】

私たちを載せた船は、大陸を離れるように外へ、外へと進んでいた。
普段見る陸の上での光景とは全く違い、一面青い海。
足場もなんだかグラグラと揺れて、なんだか少し気持ち悪い。
もうちょっとこう、魔法とか使って、安定してほしいもんですけど。
速度を出すためらしい。

「アツィルトのお嬢さん方。
　こんなに遠くまで来て、何を探しているんです？」
「さぁ？私には分からないわ。
　エルリア様の考える事だし、きっと何かあるんでしょうけど」
「同感だ。私はそれ以上を考えるべきではないしな」
「二人とも盲信すぎやしねーですかね……まあ、あのエルリア様ですけど」
「……ひとまず、このまま直進ですね？」

何故私は船に乗ってるかと言えば、昔お世話になった隊長（今は英雄だ）にどうしてもと言われて。
訳も分からない間に乗らされた訳ですけど。
……しかも、同乗してるのはその頃の精鋭二人。
片方はエストという魔法使いで、もう片方はファイファーという暗殺者。
この面子の欠点は、どーしても話が弾まない事ですかね。
二人とも暗いんですよ……



「……？ちょっと待て」
大陸を離れて、半日が過ぎた当たり。
ファイファーが、何かに気がついた。
「どうしたの、ファイファー？」
「何か違和感を感じないか、二人とも、あるいは船長も」
「……言われてみりゃ、何かがおかしい気はするんですが」
「そうね、具体的に何と言える訳でもないのだけれど……」

「こりゃ、『境界』じゃねーかな」
船長の言葉に、全員が振り向く。
「強欲な奴らが遠くまで出て魚を取ろうとして、先に進めなくなったっていう馬鹿みてぇな噂だよ。
　しっかし、実在するたぁな。帰って喋っても信じて貰えねーだろうなぁ、こんなん」
がりがりと頭をかく船長をよそ目に、私たちは船の先を見る。
船は『進んでいるのに止まって』いて。
じっとその先を眺めて、……まず最初に口を開いたのは、エストだった。
「存在をギリギリ感知することしか出来ないけれど。
　相当高度な結界魔術と、幻覚魔術が掛かっているわ。
　少なくとも、私で解除するのは無理。恐らく、大陸の誰もが解除できないと思うわ」
そして後をファイファーが次いで。
「幻覚魔術というのは、どうやら本当のようだ。
　見ろ、あの波を」
指差す先を見つめる。
「分かるか？『こちらから来た波があの位置で途絶えている』のが」
……言われてみると、その通りだった。
やや大きな波が船体を揺らし、そしてその位置で何もなかったかのように。
「……かと思えば、『あっちから来た波もここに来ない』ですね」

それは、言われないと気づかない程度の些細な違和感。
「エスト、もうちょっと詳しく分からねーですか？」
「……駄目。異質ね、アレは。マトモに調べることすら出来ないわ」
「ファイファーは……」
「厳しい。実際に触れてみないと分からない事しかないだろうな」
「……じゃあ。私が行きますよ？」
「「エステル？」」
「何かあった時にゃ二人のが心強いですからね。
　ま、ちゃんと探ってきますよ」

着ていた服を脱いで水着になる。そして船から降りて、海の中へ。
左手のリストバンドはそのまま。コレがないとイザという時どうにもならねーですから。
夏の海って、暖かくて気持ちいいもんですね。初めて知りましたよ。

ざぶざぶと泳いで、先に進むと……何かに優しくぶつかる感触があった。
その地点は丁度、先ほどから違和感を感じている場所。
しかし、私の身体はそれをするりと抜けて。
「ん、んん？どうなってんですかね、これは」

「エステル！」
エストの叫ぶ声が聞こえる。ざぶんと飛び込む音がした。
そしてファイファーがこちらに近づいてきて……『先に進めない』。
「な……一体、どうなってると」
初めて見る、ファイファーの驚きの表情。
「んん？進めねーんですか？でも、私はこうして」
その地点を戻る。そしてファイファーに触れる。
「……何が起きてると」
「通れるのは、私だけなんですかね？」
その近くを、浮遊しながらエストが進もうとして……やはり進めない。
「エステル、ちょっと、何をどうやってるの？」
「いや、ふつーにこう、何かにぶつかるというか、包まれてる感じはしますけど。
　進めるじゃねーですか、これ」
そして私だけが、すいとその向こうへ。
「……ちょっと、この先も探して……」
『その必要はありません』

上から聞こえてくるその声は、透き通って心を穿つようなそんな。
困ったような表情を浮かべる、金髪の女性。

「……貴方達は何故このような所にいるのですか。
　この場所がどういう所だか、わかっているのですか？」
「分からねーから探しに来てるんですよ。
　……それより、貴方は誰なんですか。急に現れて偉そうに」
「……下には姿を表しませんからね。
　リューナ・クレセント。弧月の世界クレセントの、この世界の、女神。
　ここは、世界を分かつための境界です。誰もの出入りを禁じています。
　早急に—」

「や、私、越えてますけど」

「なんでですかー！？
　あ、ちょっと、その左手……リストバンド……なるほど。
　……えい♪」
ばさりと翼で抱えられ、急上昇。
「うわ、ちょっ……」
「貴方だけには、話さないといけないみたいです。
　この先に何があるか」
「さっき自分で世界を分かつためって言ったじゃねーですか。
　他の世界……ってもんに繋がってんですよね？」
「……あー！？」
「女神様って意外と間が抜けてるんですね」
「うぅー……」
「……ま、私はこの先に興味があるんですよ。
　戻って進んで、探索してきていいですかね」
「どうしても、ですか……？」
「どーしてもですよ。
　冒険家として、これ以上ない楽しみじゃねーですか、別世界なんて」
「う、うぅ……分かり、ました……」

力なく私を手放すと、空中から自由落下。
「ち、ちょっと！？この高さじゃ、衝撃で……」
「あー！？」
急降下するけど、私が落ちる方が早くて。

結局、落ちる寸前でエストの魔法で助けてもらった。
駄目な女神なんじゃねーですかね、こいつ。


「エスト、ファイファー。
　私は、この先を探索してきますよ。
　私しかこの先には進めないみたいですし」
「そうか。気をつけて進め」
「ちょっと、ファイファー……」
「恐らく、それすら見越してエルリア様はここにエステルを呼んだんだろう。
　であれば、私達はそれを報告しに戻らねばならん」
「……そうだけれど、こんな急に」
「荷を準備しろって、そーいう事だったんですね。
　船の中にある宝石箱、持ってきてもらえます？それだけで十分ですから、私」
「エステル……」
「ま、ちょっと冒険するのが他の世界になっただけですよ？
　不安はありますけど、楽しそうじゃねーですか」
「……分かった。無理はしないで」
「ん。行ってきますよ、エスト、ファイファー」
「土産話でも楽しみにしてるか」
「お気をつけて」

ざばざばと進んでいく。
……やがて、眩しい光に視界を奪われて。






私は、別世界の海辺にいた。

　ジャックはなにやらメモ書きを確認しなおしている。

エステルの持つ宝石のそれぞれに視線を移してから、
何か思い出したのか、首を傾いで。

などと、少し要領を得ない問いを投げかけた。

宝石の力を扱うというのがまたレアな気がした。
まあ、確かに宝石の魔女とかそういうのの存在は聞いたこともあるが。
それとはまた別物なんだろうか？
そんな事を思いつつも、物珍しい物を見る様な視線である。

いや、気軽に言うべきことじゃないのかもだが、と頬を掻きつつ。

はあ、と大きくため息。