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朝っぱらから轟音である。

ナノはリブラのエンブリオである。もともとこの屋敷で彷徨っていた魂を、リブラが人形に取り憑かせることで生み出された、
いわば人工エンブリオというべき存在だ。

ナノはリブラの元気があまり無いことに気づいた。寝起きだから、といえばそれまでだが、どうも様子がおかしい、気がする。

そう言うと、リブラはにへら、と笑う。

ナノは先ほどの声色とは違う、少しだけ真剣な口調で呟いた。

リブラは、ナノの頭を撫でながら、静かに、穏やかに、どこか悲しそうに呟いた。

ナノは会話を打ち切るように、明るい声で言った。そして、その綿の詰まった手を、ポンポン、と打ち鳴らした。

すると、リブラが今まで寝ていた布団の毛布が浮かび上がり、枕が浮かび上がり、最後にシーツが浮かび上がった。

ナノの立場であった「メイド長」を魔力で具現化することで、不可視のメイドを大量に作り出しているらしい。

ナノ曰く、「メイド長としては当然なの！」とのことだが。

今日のご飯は、近所に住む獣人の青年から貰った木の実で作ったジャム、それとパンとミルクである。

パンは近くの町のパン屋で、ナノが朝一で買ってきたものだ。エンブリオでも買える店があるのは驚きだった。

リブラはあらかた食べ終わった後、皿を台所に置き、またリビングに戻ってきた。

その目の前には、少し大きめの絵。神秘的な雰囲気を醸し出しているものの、どこか底冷えするような感覚を覚える。

リブラは、その絵に話しかける。正確には、その絵の中央、巨大な怪物の絵。

すると、絵から声が聞こえてきた。青年のような、老人のような。よく分からない男性の声である。

リブラがそう言うと、

絵の中の怪物は、大笑いをした。

リブラは、それを実に冷めた目で聞いている。といっても、相変わらずローブに隠れ、表情はうかがい知れないが。

リブラは、普段の彼からは想像も出来ないほど凛とした声で言い放った。

その声は冷たく鋭く、人を空気だけで刺し殺せるのではないかというほど、明確な殺意に満ちていた。

しばらく、無言が続く。お互いに、何も言わない。一切の音が、この世から失われたようにすら思える。

すると、リブラが口を開けた。

それに答え、悪魔も口を繋ぐ。

きぃ　ぱたん


ナノが出て行ってから、リブラは手の甲を見る。正確には、手袋の甲の部分。

そこには、絵の中の悪魔と、全く同じ絵が書かれていた。

リブラは、ため息を付きながら、絵に背を向け、部屋を後にした。

その絵は相変わらずやや大きく、神秘的だった。

ただし、底冷えするような感覚は全く消え去り、それと同時に、絵の中央に描かれていた、巨大な怪物の絵も消え去っていた。

2日目　絵の中の狂気