はっきり言って、落ち込んでいた。
　ヴィオンヌ姫に渾身の贈り物を受け取って貰えなかったからだ。
　気合いを籠めてラッピングした箱も、今となってはその浮かれ具合が恨めしい。
　フロレンスは胸に無用のものと化したプレゼントを抱え、長い廊下を力なく退き返していた。
「やっぱり、いきなり手作りは重かったかな……」
「女の子に石鹸を贈るのは、でりかしーがなかったかも……？」
「姫さまがルピナスの花をお好きだって聞いたから、材料にしてみたけど……その情報が間違いだった可能性も……」
「ううん、そもそもお風呂でリラックスするひとじゃないのかもしれなかった！ぼく、自分がお風呂を好きだから……ばか！ばか！」
　独り言を言いながら自分の頭を殴っていると、そこへ人が通りかかる。
　流れる金の髪が眩しく、フロレンスは目を細めて立ち止まった。
「エメラさま……」
　名前を呼ぶと、主は微笑んでフロレンスの手を取る。そのためにフロレンスは、愚かな自分を罰するために殴る事ができなくなってしまった。
「どうだった？わたくしの妹は」
　尋ねられ、言葉に詰まる。思わず、取られた手と逆の方へ抱えた箱を、己の胸にぎゅうと押し付けた。
「苛められたようね、フロレンス」
「あっ……あのあの、ぼく……」
「それは？あの子への贈り物？」
「そ、そうです……でも、受け取って頂けなくて。あっ、でもそれは、ぼくの気がきかないからで！妹姫さまは悪くなくて……えっと」
　話しながら、どんどんフロレンスの表情は落ち込んでいく。
　初めて会う、肝心な日だったのに、自分がしっかりしていないから、ヴィオンヌ姫を呆れさせてしまった。プレゼントも受け取ってもらえなかった。
　頑張ったつもりでいたけれど、頑張っても自分程度では及ばない事がこの世にはあるのだ。どうしてだろう。山ほどもある書庫の詩集や歴史書を、全部暗唱する事は簡単なのに、たった一人の女の子を喜ばせる事ができない……。
「エメラさま……ぼく、明日からの授業、うまくやれるでしょうか……」
　明らかに萎びているフロレンスの言葉に、エメラは意外そうな顔をした。
「あら、どうして自信を無くしているの？」
「あぅ……だって、ヴィオンヌさまに、嫌われてしまったかもしれないです」
「嫌われていたって授業はできるわ」
「で、でも……」
　俯いて、恐る恐るフロレンスが言葉を紡ぐ。
「ぼく、ヴィオンヌさまと、楽しく授業がしたいです。だから仲良くなれたらなって……。でも、今日は上手くいかなかったので、明日も上手くいかなかったら……明後日も、この先ずっと……」
　もしも、嫌われたままだったらと思うと、辛くて悲しくて、どうしようもなくなる。
「だから、ぼく不安で……。エメラさま、どうしたらいいでしょうか……！？」
　言葉の勢いづくと同時に顔を上げると、フロレンスの主人は変わらず微笑んでいた。何も心配はしていないというような表情に、安心するというよりは困惑してしまう。
「ぼくの言ってること、何か変でしょうか……エメラさま」
「ああ、別におかしくてこんな顔になってしまったわけじゃないわ。……いえ、半分くらいはそうかもしれないけれど」
「…………」
「そんな目をしないで頂戴、フロレンス。謝るから」
　絹の手袋をした指が、フロレンスの頭を撫でる。あたたかい気持ちが胸に湧き上がるが、もうそれだけで誤魔化されるほどフロレンスは子供ではなかった。明確な言葉をエメラ姫に向かって求めると、この国で最も貴い女性である彼女は、まるで悪戯を企んでいる時の子供によく似た顔をした。
「この先、ずっと……。あの子との未来を考えてくれているお前が、上手くいかないはずはない」
「わたくしは……そう思うわ」

差し出されたリボンを受け取る。
まじまじと眺める。

笠に当ててみようとして、いや違うだろ、と首を振る。

それから、フローラの元の世界での暮らしぶりを聞いて、

そう一つ溜め息。

スズメがそわそわ鳴いている。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた