川べりに腰を下ろし、青みがかった水流を覗き込む。
　水底の砂が頭上の光に反応して、時折煌めいていた。宝石を砕いたような細かい粒の、乱反射する輝きに目が眩む。
　フローラはフリルとリボンに飾られた服の袖を捲り上げ、緩やかな流れの中へそっと手を差し入れた。細い指には燐光を放つ石が握られている。冷たい水の中にその石を沈めると、砂と太陽の照り返しで、もはや光はどこから洩れているのか分からなくなってしまった。
　曖昧になった石の輪郭を、触覚のみで探り当てる。落とさないように慎重な手つきで、汚れてしまったそれを磨く。指の腹と石の表面に土色の濁りが浮き出たが、水に運ばれて直ぐに下流へと流れていった。充分に濯いで取り出し、乾いた地面に並べる。身体を挟んで反対側に積み上げた石を、また洗う。何度か繰り返して、全てを納得いくまで綺麗にすると、フローラはようやく袖を元に戻した。

　地面の上には、この世界の通貨である魔力を帯びた石が整列している。いち、に、たくさん。つい先日の兵士が落としていったものを拾ったのだ。水辺の側で散らばったせいか、湿った土で汚れている事が気になっていた。どうせなら洗ってしまおう。その為の水は大量にあるのだし……というわけで、川で洗濯ならぬ川で魔石磨きに一生懸命になっていたのだった。

　そう言って顔を上げたところで、周囲の静けさ——自分は一人きりなのだという事に気付いて、フローラは項垂れた。見るからにしょんぼりして、小さな荷物袋に魔石を集める。もしも"旦那様"が傍にいてくれたら、きっと労ってくれたのに。そんなどうにもならない事を思って、袋の口を締めた。
　"旦那様"は周囲の人間によく、非道な奴だとか、クソのような奴だとか、そんな評価をされる人ではあったけれども、フローラにとってはそうではなかった。何故なら"旦那様"は、フローラがちゃんと「お仕事」をこなした時はきちんと褒めてくれたからだ。例えば"旦那様"の爪を見栄え良く整える事ができた時などは、頭を撫でるのとは別にご褒美をくれたりした。
　フローラを呼び寄せて、"旦那様"が文机の引き出しを開ける。小さい箱、中くらいの箱、大きい箱を取り出してフローラの目の前に並べるのだ。そして3つのうち好きな箱を選ばせてくれる。中身はその時々で違っていて、良い匂いのする石鹸や、装飾の細かな櫛を引き当てた時などはとても嬉しい。中でもフローラは美味しい焼き菓子を貰えるのが好きで、箱の外から匂いを嗅いでみたりするのだった。
『お菓子！お菓子だぁ……！』
『旦那様と一緒に、お茶しながら食べたい！』
　箱を抱えながら我儘を言うと、"旦那様"は渋々ながら応じてくれたものだ。フローラはそれがとても心地良かった。彼の機嫌が悪い時には殴られ、蹴られ……機嫌が良くとも殴られ、蹴られと散々な奴隷生活だったのに、フローラが"旦那様"に懐いたのは、こういう絶妙な飴の使い方のせいだったかもしれない。

　もう一度、"旦那様"と一緒にお茶を飲みたい。
　それが何時の事になるのか、フローラには分からなかった。

どうやら食べる気まんまんのようだ。

手の内に触れた感触に得心した直後、呻く声を耳にする。
ふと顔を上げて見れば、局部を掴まれ涙目のフローラがそこに。

怯んだフィンの手に、引き剥がそうとするフローラの手が重なる。
腕から力を抜き、その手は容易に少年の体を離れた。
同時に手首を捻り、彼の腕の上に己が手を重ねるようにして掴もうと。
成功したならば、今度は少年の腕をフィンの胸の前へと引き寄せようと試みた。

首を傾いで見せた。