お姉さまは変わってしまったわ。

　昔はあんな人ではなかったのよ。
　優しくて、穏やかで、清らかな……、天使が間違ってこの世に生まれたような、そんな人だったのに。
　今はもう、見る影もないけれど。

　何？

　それはお前が、以前のお姉さまの事を何も知らないからよ。

　きっと、そうに違いないわ。

　"あの人"の夢を見た。
　夢の中でまた夢を見る……という不可思議な体験を幾度か繰り返して、メルンテーゼというこの世界の、7度目の朝日を浴びたフローラは、静かに土の上へと座り込んでいた。

　エメラには敵が多かった。
　それは彼女の置かれている立場によるものが大部分だったが、ごく稀に、彼女の隠された高圧的な部分に敏感になり、それを嫌っている者も少しはいたように思う。
　代表的な名を上げるとすれば、フローラの"旦那様"などは典型だった。馬が合わないというやつだ。あるいは考え方が似すぎていて、不気味だったのかもしれない。あの二人は顔を合わせる度に嫌味の応酬で忙しかった。
　けれども、"旦那様"はエメラの事を、曲がった目では見ていなかったはずだ。彼女が「そういう」人間だという事を認めた上で、ものを言っていた。彼女の持つ醜い部分を否定はしなかったし、人には何かしらの暗部があって当たり前だと、そう考えている男だった。

　それが"あの人"だった。
　幼くも気高い、孤独な少女。エメラの妹。フローラの小さな生徒。
　彼女は美しいものを愛していた。混じりけのない、綺麗なものが好きだった。彼女にとって、かつて理想だった「美しい姉」が、今は濁り水の中にいる事を密かに憎んでいた。
　そんな、切ない人だったのに。かなしくて、寂しい人だったのに。フローラは彼女の事を、きっと大事に守ってみせると、そう思っていたというのに。

　フローラはようやく、気付き始めていた。
　自らの身体を支える地面が、陽炎というには冷たすぎるという事を。耳に聞こえるせせらぎの音が、あまりに現実的である事も。
　そしてその事を認めるだけの心の余裕が、まだ自分にはないという事実を。

　何に向けてでもなく、笑顔をつくる。
　ふらつきながら立ち上がると、フローラは水音のする方へ、頼りなく歩いて行った。

お前は何を言っているんだ。

お前は何を言っているんだ。

それから改めて、フローラの姿を見遣って。