封蝋の刻印が放つ威圧感ごと、引き剥がすように文を開けた。
　中身を取り出して、おおよそ予測していた文章を改める。
　読み終わる前に屑籠を引き寄せ、文末に辿り着くと同時に捨てた。


　あまりにも馬鹿馬鹿しくて欠伸が出る。

　返せと言われると返したくはなくなるし、犬自身が自分に懐いているのだから仕方がない。
　何の気はなしに拾ったものでも、長く手元にあると愛着というものが湧いてくるではないか。今更としか言えない。本当にあれが大切ならば、消えてしまう前に死ぬ気で引き止めれば良かったのだ。
　今もそうだ。ここを仮宿だと思っているのなら、直接迎えに来てもいいだろう。引きずってでも帰ればいい。
　嫌がる相手を連れて、贖罪の場へ。



　想像してみた。涙目になりながら歩く、惨めなフロレンス・リリーアンを。
　男の服を着て、俯き加減であの女の後をついていく。
　もう、縋るような眼でこちらを伺うような事はしない。きっと必死で考えている。許して貰うための言葉ではなく、理不尽に抗議するための言葉でもない、ただ一つの台詞を。




　ふと思い直して、屑籠の中に落とした、あの女からの手紙を拾い上げた。
　蝋燭の火に触れさせて端を焦がす。フロレンスに気づかれるのは、さすがに面白くない。
　徐々に燃えながら捻じれていく紙の動きに、いつも見る夢の影を思い出した。そういえば当時は、あの墓地での衝撃を誰にも教える事はないと、そう思っていたような気がする。あれからもう5年も経ったのだ。一生忘れる事はないだろうが、自分の心も時が経つにつれ、少しずつ変わっているのかもしれなかった。


　他人を慈しむという気持ちは、未だによく分からない。
　それでも、フロレンスを他人に渡すのは惜しいと思う。

　近いうちに、あの女の手の届かない場所へ、少しの間隠しておこう。

お姉さんも素敵だね、と指差されれば
数瞬の間、何を褒められたものか判ずることが出来ず、きょとんと。

ようやく理解に至ると、己の髪を一掴みし、目前へと手繰り寄せる。
自らの髪色へと視線を遣りつつ、再び口を開いた。

己の種については答えず、静かに言葉を重ねて行く。
しかし、その時間も僅か。
素頓狂な声を聞いたことで、再び視線はフローラへと移った。

アゴに指を当て、フローラの立ち姿を入念に観察する。

小さな溜め息を一つ吐きながら、手の平を軽く握る。
その右手は、流れる所作でフローラの腿の付け根へと伸び行き。
在るモノの有無を確かめるべく、ぐいと右手を押し込んで見せた。