「ただいま帰ったわよー！トーリー！お母さんー！」

玄関から聞こえてきた声に、トーリは「えっ」と素っ頓狂な声をあげて、読んでいた本から顔を上げる。
しまった、母さんだ。いつもだと、あと数カ月は戻ってこないのに！
慌てて本をたたみ、玄関へと急ぐ。
転がりそうな勢いで廊下に飛び出したトーリの目に、玄関ポーチで荷物を紐解きながらニコニコと祖母に土産を手渡す母の姿。

「お、おかえり母さん。今回は帰って来るの早かったね・・・」
「ええ、ちょっと探し物があってね」

山を離れ、領内でもっとも大きな街で学校の先生をしている母は、年に１度程度にしか帰ってこない。
メルメルが一揆に参戦しに行っていることは、母には言ってないのだ。
姉の不在をどう誤魔化そうか、目を泳がせているトーリに、母・ルールーは溜息をついて言った。

「知ってるわ、メルメルは今王都なんでしょ」
「へっ！？なんでそれっ」
「本人に聞いたから。
やるってあの子がちゃんと覚悟持って決めたんなら、頑張りなさいっていうわよ、私。」

ルールーによると、メルメルは村を出てまず母のいる街を尋ねたらしい。
母にきちっと参戦することを伝え、領主へ挨拶をしてから王都へと向かったという。
そういえば、ツィノーバーロートとクラインロートを結ぶ回線を強化する式を作るのに数日かかっていたので、姉と連絡が取れたのはもうすぐそこまで王都が見えてきたころだった。
あのねぇ、とあきれたようにルールーが続ける。

「遠くにいる私に心配かけないようにって思ってくれたのはわかるわ。
でもね、知らないうちに娘が危険な目にあってるなんて、そっちの方がずっと怖いのよ。
それにね・・・」

片手を頬に手をあてて首をかしげるのは、母の困ってるときの癖だ。

「こういうときに立ち上がらなきゃって思うのは、やっぱりモートリットの血なのかしらね」
「えっ？」

それはどういうことなのだろう。

「その話をするのと探し物のために、休みとって帰ってきたのよ。
お母さん、本は見つかった？」
「ああ、いま持ってくるから、ゆっくりお茶でも飲みながら話そうかね」

こんなところで長話するなんて、わたしゃゴメンだよ。と奥へ引っ込む祖母と、荷物を抱えて自室へ歩き出す母。
しばし呆然としてその背中を見まもっていたトーリは、祖母のお茶を入れておくれ！という声で慌ててキッチンへと向かった。