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暗転。

同じ場所だけど時間が違う。空気が違う、満月の夜。
人も違……いや、同じだけど服装が違う。
男の人は髪を赤く染めている。喉元の傷と左手の細いブレスレットでなんとかわかった。
カミサマは夜空と同じ色のローブを纏っている。布が揺れると小さな空星がきらめく。

そしてその地面には、大きな魔方陣。
こんなに細かく書き込まれたものは見たことがない。
解読しようとするとめまいがした。ああ、これは人には届かない領域のものだ。
青年が最後の一文を書き上げる。
カミサマが魔方陣の中心へと歩いていく。

魔方陣が、発動する——
カミサマの姿が消える。私の視点も、変わる——


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「ここは……？」

のんびりとした昼間の農村。
ああ、キズナが育ったあの村だ。焼け落ちてもいない。

迷うことなくカミサマは歩いていく。私はふわふわとついていくしかできない。
一つの家の窓があいている。カーテンが揺れている。
——帰ってきた。
間違いない。ここがわたしの家だ。涙があふれて止まらない。
きっとこの中にはお母さんがいて、お父さんは仕事に出ているのだろう。
知らないのに知っている、いや知っている懐かしさに立ち止まっていると、
カミサマは窓から堂々と中に侵入（はい）っていく。

「？」

十数秒も経っていないだろう。入ったときと同じく、音もなく堂々と窓から出てくるカミサマ。
その腕にはジャージに包まれた赤子。そよぐ産毛はわたしと同じ色



——というかわたしだった。



「ちょ、ちょっと」

声に出しても無駄だと分かっていても、カミサマを追いかける。
魔方陣がないのにカミサマの姿が消える。
きっと私の姿も同じように消えているのだろう。

視界が黒く染まる。



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自分が作られていく触覚、おぼろげな聴覚。
最後に聴覚が整えられて、私はそこにいた。

この空気を知っている。
正確に言うなら、この空を知っている。

真昼にもかかわらず星が瞬いている。その並びは

——間違いなく、クヴェレネヒテだった。

でもその場所には見覚えがない。
いつか来たことがあったかな、と考える前におへそから引っ張られる感覚。
そして私はフェードアウトする。

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何度かの移転を繰り返して。
終着点は小さな家の前。
カミサマは左右を確認している。
いや、その場所であっているよと、伝えたい。


——『私』の家の前だから。


表札にあるフライハイトの文字を確認すると、ようやくカミサマは動き出した。
ドアの前に立ち——止まる。
赤ちゃんのわたしを器用に片腕で支えると、空いた腕で首にかけていた十字架を外す。
それをおくるみ（ジャージだけど）の胸元に添えると、ドアノッカーに手をかけた。

「はい」

出てきたのは鮮やかな緑の髪をした……なんて言うけどなんてことはない。
私のお父さんだ。ちょっと若い。
その眼もとは少し疲れているようだった。

「この度は子どもが流れたと聞いて」

カミサマがこともなげに言う。え？
お父さんも何を言っているのかわからないというようにカミサマを見ている。

「この子を」

差し出されるわたし。
受け取るお父さん。



ちょっと待って、どういうこと？


「ぅえ、ええ」

と、『わたし』が泣きだした。
カミサマも、お父さんもどうしたらいいのかわからないようだ。立ち尽くしている。



　　　　　　　シセ
「ああ、『わたしたちの子』！」


よろり、覚束ない足取りで女の人が出てくる。
お父さん以上に疲れた、何よりやつれた顔をしていた。
それでも、その眼はその場の誰よりも輝いていた。

「ヒサギ！寝ていないと！」

止めるお父さんの声なんか聞こえていない。お母さんが『わたし』を抱き上げる。

「お腹が空いたのかしら？おしめ？」

よしよし、そう言いながら家の中に戻っていくお母さん。
お父さんが止めようと続こうとして——カミサマを振り返る。


そこにはもう、誰もいない


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気が付けば最初の場所、魔法陣のところにいた。
私の方が少し早かったのか、陣が光ると中央にカミサマが現れる。

そして男の人とカミサマと、同時に倒れた。

私の意識も引きずられる。『終わり』なのだ。

この世界から『キズナ』が消えたことで、カミサマは『生まれない』。
言ってしまえばこの世界自体が消えてしまう。
でもカミサマが消えてしまえば『わたし』を動かす人はいないから『キズナ』は消えない。

タイムパラドックス。
時空の歪み。
それをこの二人——正確にはほとんどカミサマ——が受け止めているのだ。
私に『見せている』余裕なんて、無い——


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「——っ！！」



目を覚ます。確認しなくても分かる。ここはメルンテーゼ。
わたしはシセ＝フライハイト


世界を渡った、別のキズナ

しゅるしゅると鞭のように蔦がしなり、偽自身の指先に絡まる。

言い淀む。
すがるようなそれに、応えられずにいる。

子供っぽい笑顔で君に話しかける。

そう言うと、君に手渡そうとする。