——お休み。　

水鏡。水面。隔ての面を、ゆたりと軽く圧して、撓ませてみる。足の指先と手の指先は、白魚のような、骨身のよう白い。
嫋やかな指先はそれだけで折れてしまいそう。
唇は、音無しにて音を紡げない。そぅ、と、くちづけを交わすように優しい愛撫を。
愛らしい《私》の私がノーライフキング——不死の欠片と契約をしたその夜に、朝になるまでお眠りなさい。

そうしたら、後は、目を瞑るだけだから。

目覚めるために、夢を眠らせよ。
















　——突然放り出された深淵の闇。水の中で揺蕩いでいた頭を上げれば、足元は水に浸されていたらしい。清涼な冷たい水が、とても心地良い。
　血の様にぬめりも無ければ、鉄くさいものもなく。縞瑪瑙の紋を刻む波状はキラキラと輝いている事がかろうじて見えた。

「Congratulations, my "lord"」

　鼓膜に震え、脳髄に響くような、耳障りなその言葉。
　誰ぞその言葉を紡いだのは、ノイズ交じりの、かろうじて人型であると分かるカタチ。

「……今代と先代の影響で大陸の言語は、苦手……なんです。何　を——私は　いつあなたの駒になったのか、覚え　　　が、ございません」

　《私》が水に濡れる素足を上げる、ぴちょんと水が波紋を広げて御身に向かって伸びていく。

「用は　何でしょう」

　『最後に出逢った』時と、それは変わりがなかった。彼女自身の主に、何度か出会ったものと変わりない姿。
　《王》の側近、指先である奴隷。《私》が——リリスが古来より見てきた姿。

「——貴女は私の言葉を理解しています。明日も繰り返せば昨日と変わらないのです。0から24までを今日と数える人は、”何時”という言葉を多用し、それを求めます。私は人ですが、それは望みません。私は貴女に望みません。何故なら貴女は私の望みだからです」

　仰々しく、羅列された言葉に《私》は眉を顰めた。

「……意味が分かりません」
「貴女は0の欠片を手中に納めました」

　なおも滔々と彼は言葉を紡ぐ。

「なので貴女は私の望みになりました」

　それは終焉の言葉に非ず、始まりの言葉にも非ず。

「おめでとう、そして　ありがとう。九つ目の妖婦……私の絶対君主」
「……わかった、わかった、から」

　意味が分からない。

「少し、話、聞いてください。意味が、わからない。此処は何処で——」
「——貴女は私の言葉を理解しています」
「……だから、意味が、っ！」

　《私》は植物を伸ばそうとした。今代の手に入れた異能で、茨で縛り上げてやろうと思った。
　永遠に眠る眠り姫のようにしてやろうと——

「……此処はMarmeh Im　いつわりの海。今代たる仮初の名を持つ海。奇しくも私が求めていた世界」
「《私》……の？」
「それを貴女は開きました。一つの可能性を開きました。私はそれを望んでおりました。しかし私が集める事は出来ませんでした。私は貴女達が持つものに直接触れられません。——貴女達は私の絶対君主だからです」

　息もつかず一言で伝われる言葉は耳が痛くなる。

「《私》が望みを集めたから、《私》はご褒美が貰えると。……否、正確には彼等への制限、制約でしょうか？」

　広げた枠を狭める為の。自由度を制限して行動を制御し、《指》たる彼らをまさしく駒にする為の。

「彼女らに恩典というものを与える事によって静かに首を締め、この存在を気付かせる。それがどう捉えられようとも構わない……気付いてさえ貰えれば構わない、要はあなたと《王》の望むモノを率先して集めてさえくれれば、それで構わない——」

　《私》は一頻ごちて、自嘲するように嗤ってから、

「ふざけないでください。《私》はそんな事の為に、あの子に名前を譲ったわけではありません」
「貴女は一つの世界を開きました。貴女は一つの世界を生み出したので、貴女は貴女はありません。
「何、を……！」
「貴女は理解出来ない真実を妄想と発言している。貴女は私の言葉を理解している」

　何を嘘と嘆き、何を本当だと名付けるのか。それすら、不毛なもの。

「………」

「——私の絶対君主」

これは誰にも紡がれない端書。ただ言葉を交わしただけの、下らない三文の言。

「——恩典を決定してください」

その指先で、道を示したまえ。





システムメッセージ
制約によりノーライフキングが固定エンブリオと化しました。
ブリキッドのエンブリオが固定エンブリオと化しました。
恩典は決定停滞状態なりました

　種族がらどうしても寒さに弱いのであった

　また訪れた時。その言葉に、はっとした様に顔を上げ、

　万が一。帰ってきたら10年後という状況だったなら、当惑するどころでは済まないだろう。

　少し曖昧とも取れる言葉と共に、僅かに貴女から視線を逸らす。
互いに感謝し合える。そう言ってはいたものの。深い感謝の言葉には、らしくもなく、照れているのかもしれない。

心なしか幸せそうな顔をする偽を見つつ、尋ねる。

なんか燃えていた

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ノーライフから数日後
そこにはあの時と同じ彼女がいた。
しかし、あの黒き炎は彼女から消え去ったように見える。

あの時と同じ笑顔を浮かべる彼女。

それすらもわからないというように、
茫洋とした声音。

何も変わりはしないのだと、
吐き滲ますような渇ききった声をしていた。

（※コミュNo.204）

焦りすぎて、後半は思ったことがダダ漏れになっているようだ。

炎の結晶がふわりふわりと冷気を発し燃え続けている