「……ふぅ」

自然と溜め息が漏れ、私は傍にあった手ごろな岩に腰掛けた。

此処に来てから数日が経ったが、思っていた以上にハードだ。
そもそもこの世界で紛争が起こっているなんて知らなかったし、それに参加するという事は戦闘にも介入するという事。
アーネと兄さんは私に任せるし、こっちは勝手の違う力の行使で結構制御に気を使う。
昔と違い、魔力の暴走に怯える事はなくなった、とはいえ内包している魔力量は暴発すると自分だけではなく、周囲にも迷惑を掛けかねないのでやはり調節が必要になってくる。

環境も違う、連戦、アセナたちは大丈夫かな、など色々な要素が重なってちょっと疲れ気味だ。

「お疲れさん」

声を掛けられそちらを向くと兄さんが立っていた。

「はい、疲れました」

「じゃあこれでも飲め」

兄さんが紙コップを差し出す。

「ありがとう」

それを受け取り中を覗き見る。柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐり、オレンジ色の液体が揺れている。
オレンジジュースだ。

「いただきます」

口に入れると、甘さとほんの少しの酸味が広がる。疲れた体には丁度良いし、なにより少し幸せな気分になる。

ふと、兄さんを見るとこちらをじーっと見ている事に気づいた。
な、何か凄い恥ずかしい。

「何をじっとこっち見てるんです？」

「ああ、いや。その容姿でジュースをおいしそうに飲んでたら本当に子供だなぁ……あ、いや、思っただけでうん、それだけそれだけ」

睨み付けると兄さんがしどろもどろになって言い訳を始めた。
私だってこうなりたくてなってるわけじゃないというのに。

「でも確かにそう見えても仕方ないんですよね」

溜め息を吐きながらうな垂れると、左右で髪が揺れる。
この髪型が更に子供っぽさを助長しているような気がしてきてならない。

リボンを引っ張ると髪は背中の方へとバラバラと流れていく。やはりこの方が個人的には楽だけど。

「変装……って意味があるのかな」

「さてなぁ」

見る人が見れば私だってばれると思うんだけど。

「アーネがお前を守る手段だ、っていてるわけだし。無用な争いに巻き込まれないに越した事ないだろ」

「そーなんですけどね」

「そうやってぶーたれてると更に子供っぽいな」

「兄さんは面白いかもしれないですけど、私は子供子供って言われて良い気分じゃないのですよ？」

「そうだよな、すまんすまん」

そう言いながら頭を撫でてくる。
いや、だからそれがですね……、と言い掛けてふと思い出す。

「昔にもこんな事があったような気がします」

「何がだ？」

きょとんとする兄さんに私は頭上、私の頭に乗っている兄さんの手を指差す。
それだけで察したらしく、兄さんも懐かしそうな声を上げる。

「あったなー。ちょうどお前が今の姿くらいの年齢になった時だな。段々俺にべったりはしなくなったけど、何かあると俺のところに来てな。むくれながらぽつぽつ文句言うお前の頭、こうやって撫でながら宥めたよな」

「そ、そうでしたっけ」

……記憶にない。こんな事があった気がするだけで、内容までは全然覚えてない。というかなんか凄い恥ずかしいんですが！

「兄離れを嬉しくも思い、少しさびしかったあの頃の俺は、それでも俺に頼ってくれる事に関しては何か嬉しかったもんさ」

「す、すとっぷ！兄さんやめて！恥ずかしいからやめてください！」

距離を置いたのはそりゃあ思春期特有のあれで、別に兄さんが嫌いになったりしたわけでもなくて、あの頃は身内でも色々あったりして、あー……いろんなことが芋づる式に思い出してきた。
どおりで記憶にないはずだ。あの頃の事、意図的に思い出さないようにしてたんだ。
嫌な事も多かったし、何よりさっきの兄さんの言うとおり、そうした後、自室に戻り自分の行動と出来事を思い出して強烈に恥ずかしくなって————、

「はい！おしまいです、この話はおしまい！」

思考を強制遮断。これ以上は恥ずかしさのあまり憤死してしまう。

「お前が言い出したんだろうに」

「そうですけど！なんですか、兄さんは私をいじめて楽しいんですか！？」

「いや、いじめては無いぞ」

うー、と威嚇すると兄さんは苦笑を浮かべる。
その余裕のある態度が、何だか少し許せなくて悔しくて。

「休憩終わりです。行きますよ、兄さん」

「はいはい」

複雑な心境を見破られないよう、そっぽを向くしかない私なのだ。