静かに無事に暮れた夜。腰を下ろしゆったりと胡座をかくアオイさん。彼女は眠ることがない。ゴレムの一種、むつかしい技術で作られた機械の人形だという。触れた心地はお母さんに似ているような、お父さんに近いような、とりあえずヒトのそれと同じように感じられるものではあった。
　毛布にくるまって横たわる私を、アオイさんは微笑みながら見つめている。穏やかに目を細め、くちびるからは今にも子守唄が漏れ出てきそう。このゴレムはこんな顔をするような性格をしていない、笑うにしてももう少し嫌味に口角を歪めたり下品に大口を開くのが常で、おそらく私はいま夢の中に落ちているのだろう。
　謝らなければいけない、と思い出した。昨日はどうかしていたのだ、自分の中で生まれた焦りから、八つ当たりで暴言を吐いてしまったのだ。と思う。謝らなければいけない。しかし私の全身は眠りの準備に沈みきっており、心地よい重さに抗おうとはしてくれない。
　夢の中でどう振る舞っても、誰にも何も伝わらない。目が覚めたら、そのときは素直にごめんなさいと言う。
　
　白いもふもふをあしらった緋色のマントを誇らしげに翻し、色とりどりの宝飾できらびやかな金の王冠をかぶって踏ん反り返る彼は、名を名乗ろうとしなかったためこちらから「王子様」と呼んでいたが、実際にはちっぽけな成金の息子だそうだ。衣装は趣味で自作したものとのこと。
　「王子様」こと■■■には弟が二人いた。意気地なしで卑屈な次男に、おべっかと自分勝手を使い分ける三男。母は三男の出産で亡くなった。協調性に欠ける三兄弟と、厳格さと横暴を履き違えた父との四人暮らしは、時を重ねるごとに居心地の悪さを強めていく。
　彼の元居た世界では魔術による臨床医学が発達しており、父が営む総合医院でも魔術による医療行為が主に用いられていた。母の血筋により先天的に魔力が強くなるはずの三兄弟は、後継者として父に強い期待を寄せられていたが、能力はあれど素行の悪い長男、魔力を上手く行使できない次男、勉強に打ち込む姿勢のない三男と散々な有様であった。

　そんな調子でしばらく■■■の昔話を聞いていた。昔は不良ヅラして親に反抗していたという男が、私のような頼りない子供に甘えて取りすがってくるのである。頭を撫でてあげる。
　
　クラスの友達が樹脂を融かして動物のミニチュアを作っている。みなが褒めそやすので気を良くして、パステルカラーのボールペンも融かし始めて、かわいらしい鳥のミニチュアを作り、歓声がわき、何かがとけ、何かが形作られる。
　楽しい。作る友達も傍観する友達も融かす友達も、ねこもいぬも、インコもブンチョウも、楽しそうだ。楽しい。学校も校庭も、雲も空も、宇宙も融けて、楽しさと混じって、友達は気を良くして、全てがと けていく。
　
　ザパンさんのことは気に入った。エンブリオとして連れて歩いてみたい、なんて思ったのが知れたら怒られるだろうか。私の知らない呪文をとなえて光を駆るザパンさん。空想や夢のなかで踊る登場人物と同じ心地よさを感じる。
　夢のなかのザパンさんは敬語づかいではあるけれど実際よりくだけた調子で、私の手を引いて川魚についての薀蓄をいくつか教えてくれた。プリズムライトが私達を飾って、いっとき主役にしてくれた。
　
　ジーヴさんがさんにん、ジーヴさんがよにん。まだ足りない、
　黒い影がさえずって、何度もまぶたに光がさして、呼ばれていることはわかるけれど、
　走るジーヴさんと舞い散る白い羽に白い毛玉、
　まだ足りない、
　ジーヴさんがしちにん、ジーヴさんがはちにんで突・貫ッ！！まだ眠り足りない。