[ 自動書記“文箭”の記録より ]

黴臭い、と思った。黴臭いのも当然で、ここは地下牢である。
地下というと、物を保存する場所であったり、秘匿したいものを管理する場所だ。このどちらかが使用例としては多い。
地下の牢屋となると、断然、後者になる。
誰かを繋ぎ止めておくもので、およそ人道的ではなかろう。

己は袖で鼻を覆い周りを見渡した。黴臭さに鉄のにおい。
地下牢の廊下は一直線になっており、両側に、今はもぬけの殻となった牢屋が放置されている。
新王とやらは領民からネクターの略奪を繰り返しているようだが、地下牢を使用する事は無いようだ。
黴臭さと鉄のにおいで、人獣が居ないのはなんとなく察していた。人がここに繋ぎとめられていれば、このように易々と入る事はできないだろうし、それ以上に、異臭がするはずなのだ。
幕府のあった頃の小伝馬町よりは衛生面に配慮しているだろうが、それでも、繋がれたままの生物の体臭は隠し切れないはずである。
ここは放棄された地下牢なのだろうか。もっと、他に、人々を隔離するための場所があるかもしれない。

どちらにせよ、長居したい場所ではない。
視界の端、牢屋の隅に乾いた血がこびりついているのを見て、己はそっと息を吐いた。