ハルシオンだったものが、禍々しい漆黒のオーラを放ちながらトガノ達へと近付いてくる。
最初に放っていた轟雷は段々とプラズマのようなものへと変化していき…。
バチバチと音を立てながら彼の周囲に纏わり付いている。

ラルクゥが自身の負傷度合いを確認した後、最後の一本となった脇差を構え直す。
その表情は…哀愁と覚悟が混在しているように見える。
一方のトガノはニヤリと笑う。事態の深刻さを微塵も感じさせないのはいかにも彼らしい。

トガノの目の色が変わり、左腕が熱を放ち始めた。陽炎が発生し、視界が歪む。
どうやらそこに眠る魂…エリィも、同じ気持ちなようだ。
ツヅミはその様子を見て呵々と笑う。

トガノが高らかに笑い、やや長めのナイフを右手に構えた。
その全身からは、ラルクゥとはまた異なる質の白いオーラが溢れ出ている。

プラズマは徐々に弾ける範囲が広がり、気が付けば周囲一帯を檻のように包み込んでしまっている。
…見逃すつもりなど、欠片もないらしい。

トガノが恐るべき速度で地を蹴り、ハルシオンに飛び掛かるような形で攻撃を仕掛ける。
まずは直線的に、正面からの力比べ。

身体に纏わり付いていたプラズマが形を変え、武器のようにうねりながらトガノに迫る。
トガノは気にする素振りも見せず、それに向けてナイフを一振り。
一瞬、火花のような閃光が散り…直後、放たれた光が切り裂かれ離散する。
トガノのナイフは欠けることもなく健在だ。

その一撃に加減の二文字は存在しない。
完全に命を摘み取る勢いで、ハルシオンの首筋目掛けナイフを突き下ろす。
それはガキッ…と鈍い音がして彼の肌に突き刺さった。

が、ダメージを受けている様子は全くない。
それどころか…突き刺さったはずのナイフにヒビが入っただけで出血すらしていない。
直後、ハルシオンは指先一本でナイフを素早く…まるで鋏で紙を切るかのように容易くナイフを切り裂いた。
その鋭い斬撃はそのままトガノの胴体へと向けられる。
トガノの身体は…一瞬にして腰から胸に掛けて深々と切り裂かれ、紅白の液体が周囲へと飛び散った。
一方、ハルシオンに突き刺さったままだった刃は音もなく塵と消えてしまう。
首を軽快に動かすその様子からして…負傷すらしていないのは明らかだ。

ラルクゥが力を振り絞り、二人の傍へ赴こうとした…が、ツヅミがそれを制止する。

ツヅミが「主をこちら側に引き寄せてくりゃれ」とラルクゥに伝えると…
自身の尾を四方八方へと開き、両手を前方に添えながら何かの詠唱を始めた。
すると、先程までは微塵も感じられなかった独特な妖力が露になり始める。
ラルクゥは小さく頷き、トガノの下へと駆けた。

ラルクゥの身体が弱々しく光り、反響音のようなものが外に漏れる。
どうやら…それはハルの声のようだ。

ラルクゥが迫り来るプラズマを器用に避けたり受け流したりしながら、二人の外周を回るような動きでトガノの服を強引に掴む。

トガノが急いでツヅミのいる方向を確認し…頷く。
その間の猛攻も、身体が引っ張られる動きを器用に利用して避け。

そのままハルシオンから離れようとしたが…直後、それを遮らんとばかりにハルシオンの纏う闇が猛烈な勢いで二人に迫る。

闇は軌道上に存在する全てを喰らうように削り取っていく。
トガノがオーラを纏ったナイフをハルシオン目掛けて投擲してみたが、闇に呑まれただけで全く効果がない。
最初に伸びてきた一撃は既の所で避けられたが、次撃は更に深く深く迫ってきており…とても避けられそうにない。

トガノ自身それを察したのか…ラルクゥの身体に足を付け、踏み込む要領で思いっ切り蹴り飛ばした。
二人は完全に分断され、ラルクゥは次撃の射程外へ。逆にトガノは次撃へと更に近付いてしまう。
その間にも…数本の指が闇へと呑み込まれ、喰われた。
更に迫り来る次撃は、気が付けば周囲一帯の空間を丸ごと呑み込んでしまうであろう大きさと化している。

トガノは答えず…代わりに、左腕をその闇に向けて突き出し笑う。

突如。左腕が激しく炎上を始め…そこから切り離された炎の渦が迫り来る闇目掛け突進する。
渦は闇を真っ二つに分断し、トガノの身体を避けるように散り散りとなっていく。

トガノにさえ届かぬその声は、左腕の紅い輝きとして示される。
すると今度は、残った闇が誘導されるかの如く左腕へと吸い寄せられ…完全に闇へと喰われた。

トガノが左腕を失ったことにより、身体のバランスを崩した。
直後…闇の内部から無数の紅い光が漏れ…大爆発を起こす。

爆発はハルシオンの身体全体を巻き込み、炎上させる。
表情や立ち振る舞いからして、大きなダメージは受けていないようだが…闇は完全に消失してしまう。

その隙を突き、トガノは大きく後方へとステップを踏み皆と合流する。
彼が腕を失うことはもう幾度となく体験済み。今更驚くようなことでもないようだ。
それは他の者からしても同じらしい。各々が冷静に現状を分析していく。

ラルクゥが詠唱中のツヅミに目線を投げ掛け。

先程まで用いていた、最後の脇差を鞘ごとトガノに差し出した。
トガノはただ黙って受け取り、それを眺める。

ラルクゥが要領の説明をしながら鞘をトガノの腰に巻き付け、固定させる。
それが済んだ後も、双方の真剣さは途切れる気配がない。

ラルクゥが僅かに前進し、苦無を投擲してハルシオンの誘導を始めた。

ただそれだけを投げ掛け、ツヅミの表情の微細な変化を窺う。
彼もまた、それだけである程度彼女の考えることは理解できるようになったらしい。

限られた時間で、トガノは居合の練習を行うが…数度が限界だろう。

ラルクゥから後退の合図があったのは、トガノが居合の感覚を掴んだ直後だった。
……失敗は許されない。全員が息を呑む。

闇が消え失せたハルシオンの姿は…まるで光の塊。
放射されるプラズマの勢いと威力は増す一方で、脇差を預けたラルクゥには紙一重で避けるのが精一杯のようだ。
だがそれでも、弱味は見せない。
彼女が長年培った経験の中から、自身に対する最適解を導いていく。

プラズマの一撃を身体に掠めながら、ラルクゥが叫ぶ。
最初に動いたのはツヅミだった。
何の言葉とも分からぬ無数の音を発し、ハルシオンの身体に霧を纏わせる。

プラズマの放出が明後日の方向へと切り替わる。
それを見計らったかのように、ツヅミの下から無色透明な球体がハルシオンへと吸い込まれていった。
それはトガノが事前に彼女に預けたツヅミの魂。
魂は数度バチバチと弾けた後に離散し…直後、プラズマは完全に消失してしまった。

ツヅミの目を見たトガノが、一切の躊躇がない居合をハルシオン目掛け放つ。
パキン、と乾いた音と共に…脇差とハルシオンを包んでいた結界が砕け散る。

間髪入れず。
ラルクゥは強く輝く右掌をハルシオンの腹部へと全力で叩き込んだ。
その輝きは彼の体内へと流れ込み…。

全ての光がハルシオンに収束し、離散する。
それはまるで…一つの始まりと、終わり。

少年は音もなく倒れる。
ラルクゥは彼を抱き上げ、二人の方へと…。

　瞑想の内に居る狐は、瞳を閉じたまま、軽い驚きに口角を釣り上げた。
　気付かれぬよう細心の注意を払っていたつもりだが、やはりこの"異能者"は格が違うらしい。

　独り身だったなら、すぐにも飛んでいって誘いかけるところだ。例えそれが勘気を招き死に近づく距離だとしても。
　されど今の自分は、主殿の可愛い狐であることを良しとしている。
　彼が楽しもうとしているものを横取りするなど、全く考えられなかった。

　代わりに、雀蜂を主の肩に留まらせる。バレてしまっては隠すこともないとばかりに、堂々と。

　——そして、ラルクゥが現れる。
　顔付きが違っていた。先日、主に突きつけられた言葉が大分堪えたのだろうか。
　正面切って話し合いから入ろうとは、随分行儀の良いことだ。莫迦とは思うが、嫌いではない。

　主殿が透明な球体を抱えて退いたのに合わせ、式蜂と位置を交換した。
　ふわりと地面に降り立つと、一目散に主の首筋に抱きついて「んー！」と嬉しそうに深く息を吸う。
　呼応して撫でてくれる彼の手が、とても愛おしくて心地よい。

　…………。

　女将軍もやるのう。と感心しつつ、主の疑問に言葉を返す。
　残念ながら、自分に魂を操る手札はない。そういうのは火車や猫又の領分だ。
　首を傾げつつ記憶を掘り返す。が、戦況の変化を促されて目線を飛ばした。

　千載一遇のチャンスだろう。これを凌がれれば、彼女に後は無い。
　さあどうなる？　身を乗り出して見入る、が——、

　気配が乱れた。シオン少年に似た、より研ぎ澄まされし神刀のような空気が荒れるを感じ。
　警告を飛ばす前に、主は動いていた。
　一歩遅れて駆けつける。ラルクゥに姿を曝す形となったが、今更偽る理由もないだろう。

　女将軍の口惜しげな呟きを耳にして、眉根を顰め。

　誰だおまえ。