今日も今日とて適当にシオンのお守りをしつつ、馬鹿女にボコボコにされる日々だ。
まぁこういう相手と戦った方が力も付くだろうから、それ自体は別に悪いことじゃねーんだが…。
もう少し打開したいってのもまた事実なんだよな。今んところ、殆どまともな攻撃すら入れられてねぇし。

左腕を見る。
そこに意識を集中させると、仄かに赤く染まってきているのが見て取れる。
やっぱり、徐々にではあるが確実に自分の意思で力を引き出せるようにはなってきてるらしい。
…実際戦う時に使おうとすると、ライターで熾したような火と僅かな煙しか出てこねーんだが。

何故かあの女と戦った時はそれすらできなくなる。
それだけじゃなく、その時は全体的に俺の身体の動きが鈍くなってる気さえする。どういうことなんだ？

なんてシオンの奴が言ってたことを思い出す。
異能者…ねぇ。俺はそいつらのことは、それぞれが何かしら独自の能力を持っていることぐらいしか知らねーんだよな。
シオンの球体共みたいに分かりやすい特徴がありゃあ、まだ見分けも付くのによ。

つーわけで、今回のテーマは『あの馬鹿女の異能の正体を掴む』だ。
意識して戦えば何とかなると信じるぜ。つーか何とかなりやがれ。

うるせーよ馬鹿。こっちだってそうありてぇもんだぜ。
ま、手加減抜きで相手してもらえる分だけマシってもんか。
…したら矛先がシオンに行くからかもしれねーけど。

おもむろに振り回してみせる。
硬そうな棒状のものが2つ、鎖を通して繋がれている。それが2組。
確か…ヌンチャクっていうんだったか？これは。

いつも通り、悠長に構えてこっちの出方を窺ってやがる。
普段ならとりあえずナイフ構えて突っ込むところだが…。
今回は『見る』こと、『感じる』ことに集中しねぇとな。
…さっき買ってきたこいつを使ってみるか。

小手先の投擲はせず、普段より慎重に間合いを詰めて攻撃の射程を測る。
…とりあえず、身体の動きに問題はないみてぇだ。

刃先で振り回された棒状部分を受け止めると、僅かに重い衝撃が走って足元が地面に食い込む。
どうも、この棒状部分での攻撃は重い一撃になってるらしい。勢いの付いた鈍器みてーなもんか。

続けざまに飛んできた棒状部分を後退して躱す。
鎖の分リーチが長めな上に、2組ありやがるから…一発を受け止めるだけじゃ根本的な解決にならねーっぽいな。

僅かな時間を使い、目線を左腕に送る。
…熱を纏っているためか、仄かに陽炎が発生してる。
つまり、正常に動いてるってことだ。

左腕を突き出し、眼前を覆う程度の炎を放つ。
俺の気分の問題なのか、いつもよりも調子がいいようだ。
この威力は想定してなかったのか、ラルクゥは腕でガードして目線をこっちから逸らしやがった。
ざまぁみやがれ。一気に攻撃を叩き込んでやるぜ！

右腕にマナを纏わせ、全力で短刀を振り下ろす。
…が、イマイチ手応えがない。何かをぶった切る音はしたんだが…。

直後、腹部に鈍痛が走り後方に吹っ飛ばされた。
…どうやら蹴り飛ばされたらしい。身体を捻って回転させるあいつの姿が一瞬だけ目に映った。
その直後、鎖の切れた1組のヌンチャクが俺の頭部を直撃した。ガツンと重い衝撃が頭全体に響く。
……あのクソアマ、こいつを捨てて俺の攻撃を強引に逸らしやがったか？
出血で前がよく見えねぇ…。
頭も痛くて仕方ねぇが…今は本来の目的に集中だ。もう少しだけ気張れや。

吹っ飛ばされて地に足が付かねぇまま左腕を見る。
…殆ど反応がないようだ。炎はおろか、煙すら出てこねぇ。
頭がぐらついてるせいだって言っちまえばそれまでなんだが…一応、仮説はないわけじゃねぇ。
ただ、まだ確信には至らない。もう少しだけ情報が要る。
地面を数度転がったものの、何とか体勢を立て直す。

頭から流れ続ける血を無視して強引に駆ける。そんな最中でも、1点だけに意識を集中させることで気付けた。
異変が起きてんのは左腕だけじゃねぇ。右腕にもさっきまでのような多量のマナを宿せない。
というよりも、俺自身が発するマナの量が激減してるってのが正確なところなのかもしれない。
体力はまだ殆ど落ちていないにもかかわらず、だ。
ってことは…こいつの攻撃は…

大振りの斬撃は余裕で躱された。まぁ、当たり前だわな。
こいつにゃ生半可な攻撃は掠りもしねぇってことはもう充分に分かってる。
問題は…この次だ。

ヌンチャクの連撃を短刀で何度も捌く。時折繰り出される蹴りも、ギリギリの足捌きで紙一重で躱す。
暫くそれを繰り返すと、痺れを切らしたのか急に攻撃の勢いを早めやがった。
短刀がヌンチャクと共に思いっきり弾かれ、吹き飛ぶ。
この状態の時に来るもんは……。

やっぱりな。
僅かに作り出された腹部の隙に掌低をぶち込まれた。重い衝撃と電撃のように痺れる痛みが全身に走る。
ていうか蹴りの時以上に吹っ飛んでるわけなんだが。どんな力してんだよこいつ。

腕を見、脚を見、身体を見る。
そして変にもがこうとせず、ただ身体の状態を探ることに専念する。
………………………………。

疑念は確信に変わった。
正確な表現じゃねーかもしれねぇが…ま、んなことはどうでもいい。
ラルクゥ。奴の異能は…。
攻撃した相手の特殊能力を抑止することか。
通りで、思うように身体が動かなくなるわけだぜ。

…得るもんは得た。このまま暫く寝るとするか。
そう考えたのと、俺の身体が地面と戯れ始めたのは、ほぼ同時だった。

★

……かなり色々な場所に大きな攻撃を叩き込まれたせいか、まだ身体が思うように動かねぇ。
休憩も兼ねて暫く休んでたら、ぐにぐにとした触感の何かが肌に触れてきやがった。
肌を撫でるような、血を掬い取るようなこの感覚。前にも覚えがある。
あれは確か…賞金首の連中と遊んでボロボロになった時だったか。
つまり…。

ぼんやりとした視界で、その姿を捉える。
ほたるは首を傾げようとでもしたんだろうか。そのままゴキッとあらぬ方向に上半身が折れ曲がる。
そして、それを無表情のまま時間を掛けて立て直す。
まるで軟体生物だぜ。気味悪いったらありゃしねぇ。

こいつの名前はほたる…なのかどうかは知らねぇ。
ただ、持ち歩いてる物品の中にそういう名前らしきものが刻まれてたものがあったってだけの話だ。
にしても…こいつは何がしたいのかサッパリ分からん。

そう、この女…だったモンは、俺がこの世界に来る前に出会った女。
どういうわけか、その当時と全く変わらない風貌でいやがる。
…あん時は、無性にイライラしてたんだったか？もう覚えてねぇけど。
とりあえず目に付いたこいつをメチャクチャにして、そのまま捨ててやった。
…その後の話も、ある程度は耳に入ってきた。それだけのことだ。
最初は誰だか全然分からなかったが…時間を経ていくにつれ、ふと思い出した。
ま、それだけ思い入れが薄かったってことだわな。
それに…理由は分からねぇが、こいつからは『柳』と似た雰囲気を感じる。
そっちの印象のが強いせいか、どうしても危険人物に見えちまう。

こいつは喋らない。つーか、普通には喋れないんだろう。
ある程度観察してきて分かったことだが…こいつは人としての機能は既に死んでやがる。
人の身体の周囲に纏わり付く、触手のようなモンが本体っぽい。歩く時もそいつを使って這うように動いてるしな。
これで平然と人と同じ行動を取り始めたら、むしろそっちのが不気味だろうよ。

ほたるはただひたすら俺の身体を触手っぽいモンで撫で回してくる。
どこかぬるぬるしてて、どこかザラザラしてる、変な触感だ。お世辞にも気分のいいもんじゃねぇ。
…かといって、下手に抵抗するのもな。まだ充分に動き回るのは無理そうだし。
その上こいつを怒らせるだけかもしれねぇとなると…大人しくしてた方が利口だわな。

傷口は既に塞がってるにもかかわらず、身体全体に走る鈍い痛みは抜け切ってねぇ。
…あいつの異能の影響か？それとも、単純にあいつの一撃一撃が重いだけなのか。
どちらにせよ、ろくなもんじゃねぇ。
…と。んなことを考えてるうちに、ほたるが俺の血液を処理し終えたようだ。
果たしてこれは拭いてんのか舐め取ってんのか……ま、考えねぇようにしとくか。

どうやら身体の機能も復活したようで、急に左腕が熱く赤く燃え上がる。
ほたるが一瞬怯んだようにも見えたが、気のせいかもしれない。
ったく…そういうのはあいつと戦う時に頼みてぇもんだぜ。

そうだ。俺はこんな所で躓いてるわけにゃいかねーんだ。
紆余曲折を経たが、一応目標らしいもんはできた。
『柳』……。
あの人外を力でねじ伏せるためにも。俺の力を認めさせるためにも。
同程度の相手にボコボコにされてちゃ話になんねーわな。

シオンの優しい笑みを見て尻尾をぱたんぱたんと不安げに振る。

物凄くわざとらしい口調でそう言うと、手を離しそのまま勢い良く後ろに倒れこんだ。
結果、シオンがロッテに覆いかぶさるような体勢に…。

人外だらけの世界での普通の人間…。
あくまでその世界では普通というだけあって
強大な力を持つ人外にも対応できる力を得ているのかもしれない。
エシャロットの見てきた人間というものは、きっとそうだったのだろう。

とか言ってエシャロットと張り合っていると
そのままトガノに頭を撫でられてしまう。

顔は笑顔だけどちょっと怒ってるようにも見えます。

少し頭を撫でられると、撫でられない位置にまで高度をあげるように飛びました。
その身長で子供扱いするなというのも難しいが…