リュコ、と呼ばれた羊飼いの少女は、傍目に見る限りでは非常に活発な少女のように見えた。
　

「あ、じぃじ！　どこ行ってたの、もう羊達に草を食ませる時間だよ。」
「おお、すまんのう。ちと用事があってな。
　まあ羊達も散り散りに逃げてしまったし、この頭数ならお主でも導けるじゃろ、はっは。」
「用事って誤魔化しても駄目。笑い事じゃないよじぃじ、何とかしないと！」
「そうさなぁ、はっはっは。」

　少女はグレイ老を見つけるやいなや、わっと色々を捲し立てつつ詰め寄っていく。
　不満そうに口を尖らせているが、目は笑っているし嫌そうな所が少しもない。グレイ老の事を心底から好いている事が見て取れる態度で、尻尾があるのであればぶんぶんと振っている事だろう。
　グレイも、そんな孫娘の事を本当に信頼しているようにも見える。
　羊飼いとしての腕前も、外でのんびりと主人を待っている羊達の様子を見る限りでは上々と行ったところか、とラトはぼんやりと考える。彼らは全幅の信頼を主人に向けているように、ラトの目には映った。


　ラトは、十数頭位いる彼らにまずは挨拶をする事にする。
『メェメェ（はじめまして、私はラトと言います。皆さんと御一緒することになるかと思いますが、よろしくお願いいたしますね。）』
『めえ？（あれ、クロヤギさんは珍しいですね？　ラトさんって言うんだ、よろしくー）』
『めーぇ（よろしくよろしくー）』

　羊たちは突如現れた黒山羊にも大して動じず、口々に挨拶の言葉(？)を返してくれる。人(？)懐っこい羊達だと、ラトは彼らと、彼らを育て上げている羊飼い達の手腕に改めて感心した。
　
『メェ、メェメェメェ（グレイ殿に誘われてこちらに来たのです。これから一揆というイベントに参加しようと思いまして）』
『めーえ？（そうなんだ。この辺りも最近物騒だから気をつけた方が良いですよ、ラトさん。あと、一揆ってなんです？）』
『メェエ、メェメェ（多分ですが、その物騒な事の原因だと思います。王様に対しての内戦をしようという話のようで）』
『めぇぇ（へぇぇ。じゃあ、僕たちも参加するのかな？　ご主人たちと一緒だったら結構僕たちも強いんですよ。本当はもっといっぱいいたんで、他の羊達を見つけに行こうかってじぃじさんが言ってましたし）』

　ねー、と羊達は顔を見合わせ、頷きあう。
　元々、グレイとしても羊たちを再度集めないとと言う話をしていたのは聞いていたが、それを彼らも理解している事には若干の驚きがあった。

　また、ラトは己がこの世界でいうエンブリオに近いモノとして召喚された事を自覚していたが、今、目の前にいる彼らからもそれと同じような力を感じる。純粋なエンブリオと言う訳でもないだろうが、何がしかの方法でその力を持たせているのだろうとラトは判断した。まさか、この世界で非常に希少価値の高いネクターをむしゃむしゃ食べさせている、などという方法には思いもよっていないが。


　と、そんな世間話をしているところに羊飼いの少女と老人が天幕から出てきた。ラトはすっと羊の群れから離れ、引き続き彼らの様子を見る事にする。　
　少女・リュコの方は大きい牧人用の杖を持ち、「はいはーい、草食べに行くよー」と羊達を的確に導いていく。そのあとをグレイは悠然と見守り、何かあった時だけ手を出すような様子であった。
　

　グレイ老はさっと辺りを見回したのち、ラトにこっそりと近づいてくる。

「待たせたのう、どうじゃったかな？」
『メェメェ（腕前としてはお孫さんも十分だと思われます、羊達の評判も上々でした。グレイ殿に懐き過ぎている所を除けば、まあ問題は無いかと）』
「ふうむ、確かに孫娘だからと甘やかせ過ぎはしたかのぅ。うむ、羊飼いとしての腕は儂が保証するぞ、荒事の解決も羊達が何とかしてくれるじゃろうし。」

　老人は、にこやかな顔でうむうむと頷いている。

「では、決まりかの。この放牧の終わりくらいに話をしてみる事にするかのう。」
『メェメェ（よろしくお願いします）』


　グレイ老は再度頷くと、再び羊達を誘導している少女の元へと戻っていった。

祖父から預かっている旅の細々したことが書かれた手紙の束を、軽くかかげて見せる。

じぃじからせっかく"困った事があったら読むように"と、貰った手紙だし、と、小声で呟いて、手紙に目を通してみた。

【親愛なるリュコへ

旅立ちの日から幾夜かを越えたと思うが、元気にしてるだろうか？
こちらはまあ、多分いつも通りにやっているだろうから、心配は万に一つもいらんよ。しっかりと羊探しに精を出すと良い。
さて、客人ラト殿の食事で、そろそろ困る頃だと思うので、一筆書きしたためておく事にする。
ラト殿は手紙や、それに類するものを好んで食べる傾向がある。
儂の持たせた手紙の殆どは、お前宛ではなくて、ラト殿に充てたもんである理由はそこだ。
ラト殿の食欲が無さそうだったりする時は、これらの手紙を優先的に与えるようにすると良い。

グレイより】

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不敵な悪い笑みに、ものすごーく不安をあおられたようだ！